第121話 なお、他力本願とする
私達は山を見上げて間抜けな顔をしていた。岩肌がごつごつとした、無骨な印象のそれは、山というよりも切り立った崖という方が正しいだろう。
「山の周りには、頂上までの道が続いてる。見えるだろ?」
「あぁ、そこの頂上にほこらがあるんだよな?」
エンジンと志音の会話を聞きながら、私は知恵を羨んでいた。あれだけ小さければ、細い道でも難なく歩けるんだろうな。しかし、とうの本人は志音の背中にひっついて離れる様子はない。
山道の入口を目指し、再び歩き出す。しばらくしてから、小さい背中に話しかけた。
「歩けば?」
「いいだろ? 走ったりするワケじゃねーんだし」
「まぁ、あたしは大して重くねーからいいけど」
「は? じゃあ私もおぶって欲しい」
「体格差考えろよ」
嫌だ。もう我慢ならない。ここに来るまでだって、知恵は散々楽をしてきた。私も楽したい。ズルい。子供のようにだだをこねていると、知恵が手を叩いて振り返った。
「ははーん、夢幻は羨ましいんだな?」
「そうだよ、さっきからそう言ってるでしょ。私だって楽し」
「志音にくっついてるあたしが」
……は?
このクソチビは何を言っているのだろうか。私は怒りに震えながら、静かに告げた。少しばかり怒気を孕んだ声になってしまうのは許して欲しい。私は今、かつてない程の殺意を知恵に抱いているのだから。
「分かった。もういい。菜華には”知恵が志音にまたがって胸と股間を押し付けた挙げ句、「お前もうこうしたいんだろ?」と私を挑発してきた”って伝えるから」
「やめろよ!! ごめんって!」
「すげぇな、何一つ嘘ついてねぇ」
私達の会話を聞いて、エンジンは楽しそうに笑った。そして、まぁまぁと言って近付いてくる。動物達の距離感はよく分からないけど、近い気がする。
「みんな、仲良く! な! あとはこれを登りきれば、ほこらだ!」
言い争っていて気付かなかったが、目の前には先ほど見上げた道があった。山に巻き付くようにして頂上に繋がるその道の先に、ほこらがあるという。
「んじゃ、行くか!」
「おー!」
「あんたは志音の背中に乗ってるだけでしょうが」
「夢幻達は、面白いな!」
エンジンを先頭に、私と志音はその後ろを並んで歩く。道幅は思ったよりもあるので、二頭並んでもまだ少し余裕があった。これなら反復横跳びでもしない限り落ちないだろう。まぁそんなこと絶対に有り得ないけど。
獣になっているおかげか、体力も問題なさそうだ。あとは頂上に何が待ち受けているか、だが。
「夢幻、どうしてもいま言っておきたい事がある」
「……どうしたの?」
真剣な表情、ライオンだというのにそれが容易に感じ取れた。余程重要なことなのだろう。私は緊張しながら尋ねた。
「今は衝動的に反復横跳びをしたくなってもやっちゃ駄目だぞ」
「どんな衝動? 何によって感情を突き動かされたらそんな衝動芽生えるの?」
それはさっき私が有り得ないって断言したばかりなんですけど。その上でそんなこと言われたら、私がそれをやりかねない超ヤバい奴みたいな感じになるからやめて。
「にしても、おかしいなぁ」
「どうしたの? エンジン」
「オレ、ほこらがあることは知ってたけど、前は掃除やってたなんて話、聞いたことないんだ」
「エンジンが来る前の話だったんじゃないか?」
「そうかもなぁ。ってことは20年以上前、かぁ」
「そうそう、20年って……はい!?」
私達は異口同音に驚いた。この集落に来たのが、20年以上前……正直、私の想像を遥かに上回っていた。というか、つまりエンジンって私達より年上じゃん。
「20年以上放置されてて、今さら異常が出るなんて……よっぽどのんきなんだな!」
エンジンはあっけらかんと笑っているが、私達は同じように笑えなかった。だって、彼の言う通りすぎるから。
「ねぇ、その通りだよ」
「え? どういうこと?」
「ほこらに出てる異常って、本当に汚れが原因なのかな」
「いや、そもそも、本当にほこらが今回の事件の発端なのか? そこから疑わしくなってきたな」
どちらにせよこの目で確かめなければいけないので、私達は足を止めない。上りながらも、この一連の出来事の違和感について話し合った。
「でも、オレ達が動かなくなったりする原因なんて、他に考えられねーよ!」
「ねぇちょっと待って」
私は重大なことに気付いた。
なんで気付かなかったんだろう。え、私達って大分ヤバくない?
「今回はほこらに別の異常があった方が助かるかもしれない」
「はぁ? 何言ってんだよ、お前」
「そうだぞ。取り返しのつかないような事だったら」
「じゃあ聞くけど、この中で掃除道具持ってきた人。手あげて」
もちろん、手はあがらない。誤摩化すように、エンジンと志音はのしのしと歩く手を止めなかった。志音の背中に乗っている知恵に至っては、志音の毛繕いを始めた。てめぇらコラ。
「あんたらが【行けばなんとかなる】って思ってたのはよく分かった」
「そ、そういうお前だって考えてなかったろ!?」
「そうだけど、私は既に掃除が必要になった場合の対策について考えてある。即座にミスをリカバリー、凡人との違い。おわかり?」
「リカバリーとおわかりで微妙に韻踏んでるの意識した言い方してんじゃねぇ」
志音と知恵はイライラしているようだが、エンジンだけは目を輝かせて尊敬の眼差しを贈ってくれた。なにこいつ可愛い。
「まぁ、一応聞いてやるから言ってみろよ」
「まず、この問題を解決するに当たって、役割について考える必要があるの」
「どーゆーことだ?」
「四足歩行の生き物は掃除には向かない。これは分かるよね?」
うんうんと、エンジンは熱心に頷いている。
優越感を感じながら、私は続きを話した。
「つまり、前足が自由になる生き物が掃除したらいいと思うの」
「なぁ、それあたししか居ねぇよな」
「あら言われてみれば!」
「白々しいんだよ!」
「今まで志音の背中で楽しまくってたんだからそれくらいしなさいよ!」
「あー!?」
私は志音の背中の上の小動物を噛み殺す勢いで睨みつけた。向こうも同じように私に視線を飛ばしてはいるが、勢いは完全に私にある。それもそうだ、こいつが今一人で楽してるのは事実で、私達が掃除に向いていないというのもまた事実。
「……ちっ。わぁーったよ! その代わり、お前らも手伝えよ!?」
「任せとけ、あたしはやれる範囲はやるぞ。あたしはな」
「私はサボろうとしてる、みたいな言い方するのやめて」
「被害妄想だって。そんなこと言ってねーだろ、思ってるけど」
「思ってんじゃない! それが滲み出てるって言ってんの!」
「仲良くしろよー!」
エンジンが呆れたように吠える。
我に返った私達は再び歩き出した。とにかく、お掃除問題も片付いた事だし、何も不安はない。
具体的に、知恵が何をどうやって掃除するかについては何も決まっていないが、見た事もない物について打ち合わせしても無駄だろう。誰が率先して動くか、それさえ決めておけば、案外なんとかなる、気がする。
恐らく、この先を曲がればもう頂上だ。
いっちょ前に鳥居のようなものがちらりと視界に映る。
なるほど、ほこら、ね。
山を登り切った私達を待っていたのは、小さな洞窟と、その穴からブリュブリュとかビチャビチャとか、とにかく水っぽい音を立てて蠢く、紫色の半透明の生物だった。
「これ……スライム……?」
「リアルタッチだと大分キモいな……」
知恵は声を発さなかった。その代わり、志音の背中からブチブチという音が聞こえる。ねぇ、志音、あんた毛抜かれてるよ。気付いて。
「あの穴の奥に、ほこらがあるんだ……」
「うわぁ……」
だとしたら、私達のやることは決まってる。
「まぁ、やるっきゃねーだろ」
「そそ! どっかに弱点とか、あるでしょ!」
「やべぇよなんであたしだけフェレットなんだよおかしいだろ戦闘で1mmも役に立たねぇよ死ぬだろこれマジで」
「気持ちは分かるけど、今は戦う前の決め台詞をそれぞれ言ってく的な流れだったじゃん。なんでネガティブな感情垂れ流しにする? あぁ?」
「ごめんなさい」
そう言いつつ、なんと知恵は志音のたてがみに包まって身を隠してしまった。
しかし、下手に戦闘に参加して怪我をされても困る。私は志音の首周りに巣作りする知恵の、哀愁に満ちた背中を眺めてから、再びスライムに視線を戻した。
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