第122話 なお、最初からついてこいとする
「で、弱点分かるか?」
「そんなのすぐ分かると思う?」
アームズの呼び出しすらままならない私達であったが、ここまで散々体を動かしてきたお陰だろうか、身のこなしはその辺の動物と比べても遜色ない程に成長していた。
この姿で思い通りに体を動かせるというのは、かなり大きい。山を登ってきたところだというのに、私達の体はまだまだ余力を残している。
時間稼ぎは出来そうだ。しかし決定打となる弱点が見つからなかった。骨も関節もないスライムは、私達の体を取り込もうと体をうねらせている。
「こんなことなら、キキにも来てもらえば良かったな!」
びゃっと飛ばされた、スライムの一部を屈んで避ける。バグが次の攻撃に転じないのを確認しながら、私はエンジンに尋ねた。
「なんで!?」
「キキは火を吹けるんだ! 叩いたり噛み付くよりもマシだろ!?」
「気になってたけど、キキって何者なの!?」
「イイヤツだよ! インコって生き物に似てるらしいな!」
「すぐに連れてきてくれ!」
志音がエンジンにそう言うと、エンジンは目を見開いた。かなり長い道のりになる。きっと、それまで二人でしのぐつもりかよ、と驚いたに違いない。
しかし、私は全く別のポイントに驚いていた。ねぇ、元々キキってここまでの道も知ってたんでしょ? 火吹けるんでしょ? なんでソイツついて来なかったの?
アームズの命よりも重要な用事なんてある? ないよね?
「夢幻、何が言いたいかは分かる、が、そんなもんは結果論だ。とりあえず、エンジンに任せようぜ。あたしらはエンジンが安心して走れるように気を引くんだ」
「まぁ……そうせざるを得ないんだけどさ」
私は覚悟を決めて、スライムを睨みつける。後ろからエンジンの声が聞こえるけど、バグからは視線を逸らさず、攻撃を警戒したまま応対した。
「ま、待ってくれ! 往復して戻ってくるなんて、どれだけ掛かると思ってるんだ!」
「頼んだぜ、エンジン」
「えっ!?」
「えっ、じゃないっての。アンタがぱっとキキのところまで走って、連れて戻ってくる」
簡単でしょーが。全部アンタの足に掛かってる。
スライムの攻撃を受ける度に少しずつ後退をしていた私達は、遂に鳥居のところまで押し戻されてしまった。
「オレが遅くなったら……二人とも……」
「エンジン。アンタ、その名前に泥を塗るつもり?」
「悩んでる暇があるなら口じゃなくて足動かせ。分かんだろ。あたしらが心配なら、その分走れ」
「二人ってなんだよ、お前らあたしのこと完全に忘れてるだろ、ちょっと役に立たないだけでここに」
「……わかった、急ぐよ!」
「無視すんなやコラ!!」
エンジンは目にも留まらないスピードで駆け出した。とんでもないスピードで音が遠ざかっていく。完全に存在を無視された知恵はかなり凹んでいたものの、正直クソの役にも立ってないし、そのままでいいと思う。下手にバグに目をつけられて狙われたら、さすがに志音が可哀想だ。
「しっかし、妙だな」
「アンタの首に寄生してるヤツ?」
「おい! あたしのこと寄生虫みたいに言うな!」
「被害妄想だろ、あたしはちょっとパラサイトされてるなって思ってただけだ」
「英語にしただけじゃねーーか!」
「パラサイトレズは置いといて、何が妙なの?」
「パラサイトイブみたいに言うなよ! そっちのが妙だろ!」
小動物がうるさい。
私は知恵の顔面に肉球を押し付けて黙らせると、志音の話に耳を傾けた。
「あのバグだ。もしかして、質量と拠点が決まってるんじゃねぇのか?」
「どういうこと?」
「洞穴から生えるように、外に体を出している。もう少し這い出せば、あたしらを仕留められるはずなのにって」
「なるほどね。それで?」
「恐らく、ヤツはエンジンが言ってたほこらから、何らかのパワーを得てるんじゃねーかな。それに触れていないと力が発動できない、とか」
志音の話は実に現実的だった。
言われてみれば、スライムは洞穴に縫い付けられているような挙動をしている。
なるほど、分かった。私達の役割は、あくまでキキがやってくるまでの時間稼ぎだ。時間を稼ぐ必要がないなら、これ以上幸運なことは無い。
「じゃあ、少し離れればなんとかなりそうじゃない? 私達も少し戻ろうよ」
「山を降りるのは得策じゃねーな」
「なんでよ」
「志音の言う事がわかんねーのかよ」
志音のタテガミからひょっこりと顔を出して、知恵は得意げにそう言った。うるせぇ、著作権で怒られそうなBGM流すぞ。
「この山の道は、山をぐるっと囲うようにして作られている。下手に山を降りようとすると、上からスライムが降ってくるんじゃねーか?」
そんなバカな。そう言いたかったが、あのバグは自身の体の一部を切り離して射出することができる。幸い、まだ一度もアレには触れてないけど、毒だったり体が溶けたり、考えられる作用はどれも最低だ。
「つまり、ここでヤツの注意を引く役として、やっぱあたしらは残らないと駄目なんだよ。エンジン達が戻ってくるときになんかあっても嫌だろ?」
「時間稼ぎしつつ、動向を見守るってことね」
「あぁ。やるっきゃねぇんだよ」
「じゃあお前もあたしのタテガミから出てきて動けよ」
「じゃ!」
「オイ!」
知恵は言いたいことだけ言うと、さっと毛の中に隠れてしまった。まぁいいけど。居ても邪魔だし。
私達が言い争いをしていると、バグが握り拳くらいのかけらをこちらに飛ばしてきた。やる気の無さそうな顔とはいえ、腐ってもキツネだ。瞬発力は人間の時の比ではない。私はさっとそれを躱し、志音に提案してみる。
「たとえばさ、あいつ全体の質量が1000だとするじゃん」
「おう」
「いま飛ばしたことで、999になってたり、しないかな」
志音は少し黙り込んで、考えている。
元々拠点や質量が決まってると言ったのはあいつだ。ヤツが熱に弱ければ問題無いが、効かなかった場合のことを考えると、恐らくできる限りバグ本体の体を小さくしておいた方がいい。
「夢幻にしてはいい目の付けどころだ」
「”にしては”って何? 歌のテストで音外していたたまれない気持ちになれ」
「ガチで逃げ出したくなるヤツはやめろ」
言い合いつつも、今後の私達の方針は決まった。少しでもバグに自分の体を千切らせる。そして小さくする。もちろん、こんなことをしても雀の涙ほどの効果しかない。いや、効果があれば万々歳だろう。完全に無意味な可能性だってある。
例えば、1000の質量まで実体化できるようになっていて、そこまでは無尽蔵である、とか。徒労に終わるパターンはいくらでも考えられるのだ。
だけど、ただ待っているだけでは、時間がもったいない。私達は重ならないように位置取り、それぞれバグを誘導した。
直線上に居なかったのは、志音が攻撃を避けて、その後ろにいる私に直撃するのを避ける為である。
「アームズが呼び出せたら……!」
気付くと私は呟いていた。アームズに頼り、慣れ過ぎた。今更無しで戦えなんて。
しかし、志音は同調するでもなく、私の発言に呆れていた。
「お前のアームズ呼び出しても意味ねーだろ。相性最悪にも程があるっつの」
「ちんちんついてないだけの状態のオスは黙ってろ」
「反論できねーわ」
お互いにディスり合って妙に暗い気持ちになったものの、バグは待ってはくれない。
さぁ、避けゲーの始まりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます