第123話 なお、憧れのプレイとする


 近づいては離れ、攻撃を避けては息を整える。私達は順調に時間を稼いでいた。


「避けゲーのプロと呼ばれたこの私を仕留められると思ってるのかな」

「どこで呼ばれてたんだ?」

「私の頭の中」

「……念のため聞くけど、誰が呼んでたんだ?」

「私」


 すごい。初めてのパターンかもしれない。志音が一言もツッコむことなく、視線をバグに戻した。何それ、アレ過ぎて触りにくいってこと? 何気に傷付くんですけど。


 ショックを受けつつも、体は飛んでくるぷるぷるを危なげなく躱していく。慣れてきた私は、どうせ挑発をするならと、言葉でもスライムに絡んでみた。


「ねぇ、それ付いたらどうなるのー? 全然当たらないから、未だに効果分かんないんだけどー?」


 バグの動きは変わらないままだ。分かってはいたが、やはり聞こえていないのだろう。もしくは、聞こえていても意味が理解できていないのかもしれない。

 そこまで考えると、私は基本的なこと気付いた。え、このバグ、目なくない? なんで私達のこと狙えるの? と。


「ねぇ志音!」

「なんだよ!」

「こいつどうやって私達を狙ってんの!?」

「振動とか、そういうのだろ!?」

「じゃあ試しに志音はそこでじっとしてて!」

「はぁ!?」


 相手が振動に反応しているのか、確認したい。もし、目のようなものがあれば、絶対それが弱点だと思わない? 私は思う。

 その為に志音には尊い犠牲になってもらうの。よろしくね。


 私が最終的に何を狙っているのか理解したっぽい志音は、石のようにじっとそこに佇んでいた。私は対称的に、できるだけ走り回って、聞こえてないだろうと思いつつもバグを言葉で茶化しまくる。

 振動で動きを感知しているなら私に、目で動きを感知しているなら志音に攻撃が集中する筈だ。

 すると驚くべきことが起こった。なんと、今まで一かけらずつ飛ばしてきたそれを、バグはマシンガンのように飛ばしたのだ。志音に向かって。止まっているチャンスを絶対に逃さないという強い意思を感じた。


「ぅお!?」


 駆け出した志音の足跡を塗り潰すように、怒濤の勢いで攻撃は繰り替えされる。そして、志音の動きを先読みした攻撃を高く跳んで回避し、なんとか崖の手前で全てを躱しきった。黙って立っている係をアイツにしておいて本当に良かったと思う。私なら詰んでた。

 ほっとしたのもつかの間、私は志音が着地を決めた瞬間、とんでもない光景を目撃してしまった。


「うあああああああ!!!!」


 崖から落下する知恵である。


 いやあいつマジで何しにきたの。

 志音の背中にくっついて、のんべんだらりとして、崖から落ちただけだよね。


「知恵ーーーーーーー!!」


 志音は振り返って、落下する知恵に手を伸ばそうとするが、かなり派手に吹っ飛んでいるため、全然届かない。木に引っかかってたりしないかな……と淡い期待を抱いたが、一枚の岩を切り出したようなこの山に、そんなことを期待しても無駄だろう。

 崖を見つめることしかできなかった私達の目を、強い光が焼いた。ゆっくりと、地上から何かがせり上がってくる。


「ペガ、サス……?」

「いや、ユニコーンじゃない……?」


 どちらにせよ、架空の生き物であることは変わりない。背中から大きな翼を生やした白馬、額から伸びる立派な角。ペガサスとユニコーンの違いは分からないが、”的なもの”がいきなり現れたと思ってもらって間違いない。

 おそらくはここの生き物、つまりアームズだろう。敵か味方か、私達はバグに気を配りながらも空飛ぶ白馬から目を離せなかった。

 威嚇するように大きく羽ばたくと、そいつはようやく口を開いた。よく見たら、背中に知恵を乗せている。助けてくれた、のか……。


「あなたが落としたのはこの愛くるしい知恵?」


 ”きんのおの”のような質問に、私達は固まった。イソップさんに謝って欲しい。そう思いつつも、目の前の光景の意味を、瞬時に理解する。

「あ、これ菜華だ」と。


「それとも、この抱きしめたくなる知恵?」


 そもそも知恵に愛くるしいとか抱きしめたくなるという感情を抱いたことがない、と返答するヤツはまだまだである。そんなことを言ったらディスと取られ、おそらくは後ろ足で蹴り殺される。


「いんや、あたしが落としたのはただの知、いってぇー! 耳を噛むな!」

「バカじゃないの!? そんなこと言ったら殺されるって分かんないの!? 【やはりあなたが落としたのね、正直者には死を】ってなるって想像できないの!?」

「怖ぇ……けど、それ以外思いつかねぇ……」


 私達の間に緊張が走る、どう答えたら良いものか。静止している私達をよそに、あろうことか、バグが菜華に自身の一部を飛ばした。しかし、彼女は全く相手にしていない様子で、片翼でそれを地面に叩きつける。いやそれ触って大丈夫なんかい。


 視界の隅で捉えたバグは、恐れおののくように震え始めた。これではっきりした。奴はやはり、振動ではなく、目となる器官がある。そうでなければ、歯牙にもかけずあしらわれる自身のパーツに気付くはずがない。

 いや、もしかすると、感覚が共有されているのか? それならば、見えなくても自分の一部がどうなったのか、知り得るだろう。

 そんな風に考えながら、何気なく洞穴に目を向けると、コアのようなものが見えた。あれが目か。


「菜華! 知恵をそんな目に合わせたのはあいつ! あのスライム!」


 私は咄嗟に、全てを奴のせいにした。背中に乗ってることを明らかに忘れてた志音が大分派手に動いたとか、そういったものは全て無かったことにして、全責任をヤツに押し付ける。


「……そうなの? 知恵。あのバグらしきものが、知恵を辱めた挙げ句、崖から突き落としたの?」

「はずっ……? いや」


 バカアホ知恵このボケナス。

 今はそんな細かいことはいいんだよ、全てだ。菜華の発言全てを肯定しろ。さもなくば、私と志音はバグと菜華の二人を同時に相手にしなければいけなくなる。

 血走った目で知恵を睨みつけると、そんな目付きのチベットスナギツネは余程不気味だったのか、体をビクつかせて、慌てて発言を修正した。


「あ、あぁ。菜華の言う通りだ」

「そんな……そんな……!!」


 翼と角の生えた白馬は、その見た目に似合わぬドス黒いオーラを身に纏い、バグを真直ぐに睨みつけた。


「私ですら無機物ヌルヌルプレイなんてしたこと無いのに!!」

「あったら怖ぇよ!」

「っていうか怒りの矛先、微妙におかしくない!?」


 ねぇよく考えて、アンタの相方いま動物だよ。動物のそういうの見たい?

 あ、ヤバい。菜華なら一点の曇りも無いまなこで、首を縦に振りそう。


「どうして私は! こんな、ただの馬なの!」

「てめぇメチャクチャ上等な生き物だろ! ただの馬じゃねーよ!」

「スライム、もしくは色んな太さと長さと液を出せる触手生物になりたかった!」

「イヤな予感しかしねぇし! フェレットのあたしをどうするつもりだお前!」


 なんかすごい特殊な痴話喧嘩を見せつけられてる。あ、志音も呆れてる。うん、呆れるよね。

 振り返ると、バグまで自分の体の一部を切り離して、お手玉して遊んでる。いいな、それ。もしスライムになることがあったらやってみよ。


「殺す」

「へ?」


 お手玉をしているバグに、突然白い何かが突進する。菜華だ。隣から「てっ」という声が聞こえた。見ると、知恵が志音の背中に返却されていた。

 プッツンした菜華が、知恵を避難させて突っ込んだんだ。少し遅れて事態を把握すると、私達は慌てて彼女の元へと駆け寄った。


「ちょっと! いきなり何!?」

「あんま深追いすんなって!」


 額から生えた長い角が、バグの目らしき、コアっぽい物体を捕らえていた。串刺しだ、貫通している。菜華がずるりとそれを引き抜くと、コアからはスライムとは別の色の液体が噴出し、半透明の体内を漂っていた。


「菜華、落ち着いて。ね?」

「どうしてここにチベットスナギツネがいるの?」

「どうしてだと思う?」

「その表情は……夢幻」

「せめて声で認識してくんないかな」


 私は菜華に人として当然の抗議をすると、動きが止まったバグを見る。妙だ、普通ならモザイクに包まれて消えるはず。そうならないとすれば、可能性は一つ。

 こいつはまだ生きている。しかし、動き出す気配はない。初めての出来事に、私達は動揺していた。


「にしても……エンジンが来る前にとりあえずどうにかなっちまったな」

「エンジン?」

「あぁ、青い狼みたいなヤツだよ」

「白い仮面の?」

「おう、知ってんのか?」

「知ってるも何も、彼が私にここを教えてくれた」


 なんと。てっきり変態パワーで知恵の臭いを辿ってきたのだとばかり思っていた。思った以上にちゃんとした理由があって少し驚いていると、志音が眉間にシワを寄せていた。ライオンってこんな表情豊かなんだ。


「どうしたの?」

「エンジンってめちゃくちゃ足速いだろ。よく先に着いたな」

「山をイメージしたらワープすることができた」

「チート過ぎるだろ」


 私達が歩いてきたのは何だったの。っていうかさ、なんでアンタだけ架空の生き物なの? おかしくない? なんで軽卒に飛んでるの?

 菜華に視線を送っていると、鳥居の方から妙な気配を察知した。慌てて振り返ると、そこにはエンジンと、彼にくわえられた状態の小鳥が居た。おそらくあれがキキだろう。


「待たせたな!」

「あー……と、ごめん。多分、終わった」

「え……?」


 エンジンは銜えていた小鳥をぽとりと落とすと、首を傾げた。


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