第124話 なお、寿司食いてぇとする
「マジチョー有り得ないんですけど」
私達は横一列に座らされ、頭を垂れていた。菜華だけは涼しい顔で、キキという小鳥の説教を聞き流している。赤のようなオレンジのような鮮やかな色のそれは、カナリアを彷彿とさせた。黙っていればとても綺麗な小鳥さんである。
「あーしが炎でババー! って殲滅する予定だったじゃん? なんで着いたら終わってんの? ホント、ないわー」
「でもこうして活動停止? してることだし、な?」
エンジンはキキを宥めて、バグを見た。近寄って顔を近付けている。
何? 食べるの? 多分美味しくないから止めた方がいいよ。もっと動物らしいものを食べよ? 例えば、そこで腕を組んで文句言ってる鳥とか。
「こいつ、死んでるな」
「エンジンもそう思う? ……でも、バグはデリートされたらモザイクに囲まれて消えるはず。少なくとも、今までのバグはそうだった」
「あたしらの経験っつーか授業でそう習ってるし、それは間違いないだろ」
私達の会話を聞いて、キキが呆れたように告げた。
それも私の頭の上に乗りながら。失せろ。食うぞ。
「コイツは普通のバグとはちょっと違うんじゃねー? あるっしょ、バーチャル世界のバグ」
「はい?」
「知らないとかウケんだけど」
新しい玩具を見つけたような反応だ。ムカつく。だけど、バーチャル世界のバグという言葉にはピンと来ない。生で食ってやりたい気持ちを抑えて、キキの説明に耳を傾けた。
「バグが倒される時になんでモザイクになるか、知ってる?」
「そういうものだと思ってたしなぁ……志音、お前わかるか?」
「リアルとバーチャル、世界と世界の狭間で生まれたものだからだ。死んだら実体を保つことすらできなくなるっつーこと」
「なんだ、そこのライオンは詳しいジャン?」
「だけど、あたしにもバーチャル世界のバグは分からん」
普段デバッカーが追ってるのは、リアルの世界とバーチャルの世界の狭間で生まれる”何か”、それがバグ。リアルの世界に影響を及ぼす力を持ちつつも、朧気な実体はバーチャルの世界にある。
しかし、稀にバーチャルの世界だけでも、バグのようなものが発生することがあるらしい。キキの主人だった人物はプロのデバッカーで、彼らはそれをビーコンと呼んでいたとか。その場から離れない特性を持つから目印になるという、皮肉を込めた呼び名のようだ。
「なるほど。で、ビーコンはバグと違って死んでもこのままなの?」
「そそ。さっきも言ったように、バグは世界の狭間の存在ね。でも、ビーコンは違う。メカニズムは分からないけど、完全にバーチャルの世界で生まれてるから、死んでも体は消えないってコト」
分からないけど分かった。ビーコンという存在はかなりレアらしい。キキの口ぶりと、志音ですら知らなかったことを踏まえて考えると、相当なものに出会ってしまった気がする。なんか、じわじわ実感が湧いてきた。
だけど、今はそんなことよりも、早急に解決しなければいけない問題がある。そう、つまり。
「それって……つまり……」
「そ、放っといても消えない。これは言わば死骸。掃除しなきゃねー」
「おい嘘だろー」
地面に大の字になって寝転ぶ知恵と、その知恵をまじまじと凝視する菜華。どこ見てんだコイツ、キモ。
多分、私がチベットスナギツネじゃなかったとしても、チベットスナギツネみたいな顔してたと思う。もうつっこむのもダルいからこいつのことは放っとこう。
「じゃあ私達はなんとか運びやすい形にしよう。あとは菜華のチート能力で、邪魔にならない場所に持ってってもらうってことで」
「待ち待ち! 勝手にこんなん捨てたら怒られるって、分っかんないかなぁー」
「じゃあどうすんだよ」
「せっかくあーしがいるんだから、もっと上手く使えってハナシ!」
キキは得意げにそう言うと、胸を張った。
なるほど、そこまで言うなら協力してもらおう。
「じゃあキキが運びやすいようにしてあげよ。見かけに寄らず力持ちなんだね」
「誰が飛んで運ぶっつったよ! 燃やすって意味だよ! アホ!」
アホみたいな色をした鳥にアホと言われてしまった。なんだかすごく屈辱。しかし、この場で移動せずに処理できるなら、それが最も手っ取り早いだろう。
「なるほどね、じゃあ運ぶ必要ないんだ?」
「そゆこと。んじゃ、いくよー?」
キキはスライムの前に立つと、大きく息を吸い込み、止める。そして、羽ばたいて、真下に叩き付けるように炎を吐いた。その炎はキキの身体も何倍も大きく、この中で一番大柄な菜華ですら一飲みにしてしまいそうである。
「すご」
「言うだけあるな」
炎が当たったところは蒸発して消えた。私達はもちろん、キキ本人もほっとしているように見える。そうだよね、あそこまで言っといて火力不足とか恥ずかし過ぎるよね。
しかし、これで私達のすべき事がはっきりとした。キキには火炎放射に集中してもらう為、みんなでスライムを運んでくる。特に、洞穴の中はほこらがあるので、慎重に対処する必要がある。
なんとか私達で外に運び出してから処理してもらうのがいいだろう。話し合いの最中、菜華が現れた時に感じた違和感について思い出す。
「気になってたんだけど、どうしてエンジンは菜華にここを教えたの?」
「え?」
エンジンは不思議そうな顔をして、どこかから拾ってきた木の実を頬張っていた。
あのときはスルーしてしまったが、よく考えたらおかしいのだ。エンジンは菜華の容姿を知らないはず。私達だって知らなかったんだから。
「結果オーライなんだけどね。でも、よく菜華が私達の仲間だって分かったなって」
「エンジンは、よそ者にはほとんど会ったことがないって言ってたろ。だからすぐ分かったんだろ?」
「え……オレ、菜華? には何も言ってないけど」
「えっ」
「菜華っていうんだな! よろしくな!」
「よろしく」
元気ハツラツの少年のようなアームズと、”陰の者”という言葉すら生温いような女の邂逅。なんか見てるだけで失明しそう。
しかし、お互いマイペースという共通があるようだ。話がそれる前に、私は横から口を出した。
「菜華はエンジンに知恵の居場所を聞いたって言ってたよね?」
「オレはキキと、一緒に居たアーノルドにしか話してないぞ」
「菜華、どういうこと?」
「? 話し声が聞こえたと思ったら、その狼が知恵という単語を発したから飛んできた」
「めちゃくちゃだなお前」
ライオンの志音がドン引きする表情もいい加減見慣れてきた。
あのさ、さっきエンジンに教えてもらったって言ってたよね。そういうのね、教えてもらった言わないの。盗み聞きしたっていうの。分かるかな。
しかし、彼女に何を言っても暖簾に腕押しである。菜華にぶつけたい言葉をぐっと飲み込んで、先に声を発したのは志音だった。
「そんじゃ、あたしら身体がデカい組は、外に散らばったヤツを集めるから」
「そう。私は、もちろん知恵とほこらを掘り出す」
「てめぇも来るんだよ! 一番デカいヤツが何言ってんだ!」
「くっ……!!」
あんな悔しそうな顔をしてる馬、初めて見た。私は二人の後ろ姿を見送ると、やっと洞穴に向き合う。知恵はぐーっと伸びをすると、手を叩く。気合い十分ということだろうか。
「おっしゃ! んじゃ、あたしらはこっちな」
「はいはい」
「そんなやる気無さそうな顔すんなよ」
「喧嘩売ってんのかクソ小動物」
「クソ小動物ってなんだよ」
こういう顔の生物なんだっつーの。
私は八つ当たりするように、こんにゃくゼリーみたいな触り心地のそれをかき出す。しばらくやってみて気付いたが、この作業は結構得意かもしれない。この調子なら、ほこらまであっという間だろう。私がかき出して、知恵が運ぶ。なかなかのコンビネーションだ。
しかし、近くでキキのアシストをしていたエンジンが、作業が順調だったにも関わらず、思いつきでとんでもないことを言い出した。
「ちょっとだけ洞穴の中を炙ってもらったらどうだ?」
「エンガワやトロじゃないんだよ」
「? なんだ? それ」
「まぁまぁ、ちょっとくらいならいいんじゃねーの? な、夢幻」
「うーん……ちょっとなら」
私はこの時のこと、きっとしばらく後悔する。さっき志音は体が大きい組なんて言ってたけど、この組み分けには、もう一つだけ言える事があった。
それは、知能が高い組と低い組である、私は知恵ほど低くないんだけどね。でも、菜華か志音のどちらかが居れば、ここでストップをかけてくれてたんじゃないかって。そんな気がしてる。
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