第151話 なお、乙女チックとプラスチックとする

 ゲームは菜華がマジになり過ぎるからいけないということで、トランプで遊ぶことにした。というかウノね。個人戦にすると、絶対に菜華が知恵に有利なカードを渡そうとするので、この二人はペアで参加させた。

 ね。いい作戦だと思うでしょ? でも、結果から言うとダメだった。私達には知恵の手札が見えていないから、何をどうやらかしたのかは分からないけど、菜華が「ここでそれを出すなんて……知恵……馬鹿……好き……」と、両手で顔を覆ってしまったのだ。段々と菜華の目が据わってきたので、大事になる前に適当に切り上げた。

 今日は二人とも泊まっていくらしい。のけ者みたいになるのも嫌なので、私もそうすることにしている。志音のご両親は例によって出張らしい。どんだけ忙しい売れっ子デバッガーなんだろうね。


 で、現在。私は知恵と台所に立っていた。「何も出来ないけど」と言い、夕飯の支度をどうにかして手伝ってくれるつもりらしい。

 菜華と二人で残された志音に少し同情したが、ギターを弾かせてずっと耳を傾けていれば、とりあえずは場が持つ。急いで作業する必要はないだろう。

 そんなことを考えつつ、野菜の皮をむいていると、知恵がいたずらっぽく尋ねてきた。


「で。お前ら、どうやって付き合ったんだよ」

「知恵ちょっと手伝ってくれる? そこの包丁取って」

「おい、話逸らすなよー。まぁいいけど。ほら」

「それで自分の手首刺しといてくれる?」

「怖っ!?」


 知恵は肩をびくつくかせて、おそるおそる私を見ている。目が合うと、私は知恵に優しく微笑んでこう言った。


「あんまり詮索しないでくれる?」

「いや、その、言いたくないなら、いいんだけど……」

「まぁ……言いたくないっていうか……なんていうか……恥ずかしいじゃん」


 言ってから後悔した。恥ずかしいって言う方が恥ずかしい。声にしたことを悔いていると、危うく指の皮を切り離しそうになってしまった。あっぶな。

 私が一人であわあわしている隣で、知恵は黙っていた。なんか言えよと思いながら彼女を見ると、ペットショップの子犬を見るような目でこちらを見ていた。え、何? それ。どういう感情?


「お前、可愛いな」

「はぁー?! ちょっと!! なに!? わたし恨まれるようなことした?!」


 知恵の一言を聞いて、脳が意味を理解した瞬間、私は奇声を発した。

 馬鹿だ。こいつやっぱり馬鹿なんだ。

 どういうつもりかは分からないけど、こんなの、冗談では済まされない。


「うっさ。んだよ」

「こっちの台詞だよ! なんでそんなこと言うの!?」

「え。だって、可愛かったから」

「あー! 死ぬ!!」

「んでだよ! うっせーな!」


 どうやら、知恵は菜華に私を襲わせようというつもりはないらしい。無意識でこんなことをするなんて……こいつには菜華と付き合っているという自覚があまりにも足りない。

 私は声を顰めて、極力小さな声で発狂した理由を話した。


「あんたが誰かに可愛いなんて言ってたら、菜華はどう思う?」

「まぁー……あいつのことだから、怒るかな」

「しかも二人きりの時にだよ? こっそり伝えたって思われたら?」

「浮気とか言って、お前もあたしも殺されそうだな」

「私の反応が決して大袈裟じゃないこと、わかった?」


 知恵はおうと頷くと、じゃがいもを剥き始める。ちなみに包丁ではなく、ピーラーを使わせた。ビジュアル的にこっちの方が似合うから。

 何もできないと言っていたので、知恵でも手伝えそうなカレーを夕飯にしたが、この様子だと想像していたよりはマシなようだ。


「じゃあ、もう可愛いって思っても言わねーよ」

「だからその発言がヤバいって言ってるの。分かんないの? どこ行ったら分かるようになる? 学校? 役所? 地獄?」

「地獄!?」


 そもそも何がそんなに彼女のツボにハマったというのだ。問いただしてみると、知恵はぽかんと口を開けながら答えた。


「え? 恥ずかしがってるのってなんか可愛くないか?」

「あ。あー……」


 分からなくはない。言わんとしてることは分かる。だけど、私が恥ずかしがったという事実はもう忘れてほしい。恥ずかしいから。


「ま、お前らもお前らで色々あったんだよな? マジでおめでとうな。あたしらは応援してっかんな」

「色々あったっていうかなんていうか、お母さんが志音を男だと勘違いしてたり彼氏だと勘違いしてたり、誤解を解こうと思ったんだけど今度は彼女ってことになっちゃって、否定するほど嫌でもないしもうスルーすることになったんだよ」

「盛りだくさんだな」


 鍋に火をかけて食材を炒めると、香ばしい香りがふわっと鼻腔をくすぐる。そこで初めて「あぁお腹減ってるかも」と感じた。なんとなく始めた夕飯の支度だったけど、タイミングとしてベストだったのかもしれない。


「まー……でも、恥ずかしがるってことは、お前もそれなりにあいつのこと好きなんだろ?」

「さぁ」

「夢幻ってホント素直じゃねーよな」

「どこでもイチャつけるあんたらと同じにしないでよね」


 知恵は顔を真っ赤にして、不満そうに何やらぶつぶつ言っている。そしてしばらくすると、何かを思い付いたようで「あ!」と声を発した。


「なぁ、いいこと考えたんだけど」

「なに?」

「野菜にハートマーク彫って志音に食わせようぜ」

「それ、知恵が作ったものだって菜華が勘違いしたら?」

「あたしと志音が死ぬな」

「アンタの彼女どうにかならないの? マジで」


 しかし、アイディアとしては面白い。別にそんなことをして気持ちを伝えたいとは思わないけど、そういうことをした時のアイツのリアクションには興味がある。

 でもわざわざハートを彫るって。図工の時間じゃないんだし。


「わざわざ手で彫らなくても……クッキーの型とかないのかな? それでくり抜いたら良くない?」

「おぉ! それなら楽ちんだしな!」

「あ、ちょっと待って」

「なんだよ」


 私はすぐに思い直した。志音の家に、クッキーの型があったらショックじゃないか、と。まず志音はビビるくらい料理ができないし、ご両親も出張に行きっぱなしの状態である。この状況で誰がクッキー等という浮かれポンチなものを焼くのだ。可愛いフリフリのエプロンをして、笑顔でクッキーを作る志音を想像する。やはり些か無理。


「型探すのやめよ」

「えー、なんでだよー」


 私は理由を話す。聞き終わると、知恵は「それもそうだな……」と、まだ見つけてもいないクッキーの型にダメージを受けているようだ。


「じゃあやっぱ彫ろうぜ。ほら、もしかしたら志音から何か言ってくれるかもしれないだろ? 口の中でラブって感じたら、なんとなく言いたくなるみたいな。口内のサブリミナル効果的な」

「口内のサブリミナル効果って何かな」


 そして、ものは試しと、持っていたにんじんの断面にハートを彫ってみる。全然上手くいかない。っていうかカーブ。カーブめっちゃ難しい。なにこれ。


「そんな難しいのかよ」

「無理だわ。手でハートマークは無理。やったとしても多分、ハートとして認識されないよ」

「そんなにか。いっそ文字の方がいいかもな」


 この時点で、段々と主旨がズレてきているのを感じていた。だけど止まれなかった。何の成果も得られず、ただのカレーを作った女に、なりたくなかったのだ。


「文字ね。難しくない? ちょっとやってみて?」

「おう任せとけ!」


 思ったよりも器用だった知恵は、スプーンの柄の部分を使って、見事に文字で愛を表現してくれた。


 そう、【らぶ】と。


 ねぇアホなの? 頭大丈夫?

 百歩譲ってカタカナだよね。平仮名で書かれても、むしろ気付いても気付かないふりされるレベルだよね。

 私は当然ともいえるその怒りを知恵にぶつけた。すると、予想外の返答に、さらに絶句させられることになった。


「ほら、英語だとRABUで4文字だろ? 長いかと思って」

「『RABUで4文字だろ?』じゃないわ。LOVEでしょうが。彼女にRABUなんて言われたらショックで白髪になるわ」

「すげぇショックの受け方だな」


 私はなんとか【ラブ】とにんじんに彫ると、それも鍋の中に放りこんだ。知恵みたいに器用じゃないから、めっちゃデカい塊を使うことになったけどいいよね。



****



「なぁ、あたしのだけ、やけにデカいにんじんが」

「ちゃんと味わって食べてね」


 そのニンジンがブチ込まれていることについては何も言わせない。私と知恵の無言の圧力に負けた志音は「お、おう……」とだけ言ってスプーンを手に取った。とりあえずは邪魔なにんじんから処理しようということだろうか。まぁそうだろう。それだけ明らかに突き出してるもんね。

 よくスプーンに乗せたなと、志音のバランス感覚に感心していると、口に入れる直前、知恵は改めて声をかけた。


「どう思ったか、ちゃんと言ってやれよな! 分かったな!」

「はぁ……? まぁ、わかった」


 ウケる。見た感じ、明らかにあれだけ大き過ぎて火が通ってない。まぁ入れるのも遅れたしね。当然だよね。どうするんだろ。うわめっちゃばりばり食べてる。動物園のもぐもぐタイムかよ。ちょっと勢いよすぎ。待って。

 っていうか、カレーに入ってるニンジンがそんな”新鮮お野菜☆”って感じの音立ててたら普通もうちょっと異常に思わない?

 え、誰か私のカレーにプラスチックの玩具入れた? ってならない?


 志音は頭にハテナマークを浮かべながらそのにんじんを完食し、カレーを食べきるまで、一切喋らなかった。


「どうだった?」

「どうって……にんじんは意味不明だったけど、カレーは美味かった」

「それだけか?」

「えーと……食べてる最中考えてたけど、意味が分からなかったっていうか」


 いやもういいって。こいつ絶対気付いてないもん。さっきの食べっぷり見てたでしょ。そもそも舌を動かしてなかったよ。歯だけで砕いて飲み込んでたよ。


「あー……と、これからも夢幻の料理を毎日食べたい……? とかか?」

「はぁ……?」


 は、はぁー……?

 やっぱり全然主旨分かってないじゃん。

 なに? 毎日プラスチック食べさせてあげたくなるんですけど。


「まー……なんつーの、ごちそうさまって感じだな。色んな意味で」

「お腹一杯なのに無理矢理デザート食べさせられた感じ」

「それな」


 知恵達はぼやきながら食器を片している。部屋に戻るのだろう。私も後に続こうとしたが、志音が綺麗になった皿に米を盛りつけたものだから、固まってしまった。


「何してんの?」

「おかわり」


 まぁ、多めに作ったからあるけど。知恵と菜華を二人っきりにしたら、何とは言わないけどナニかをおっぱじめそうでちょっと怖い。でも、ま、いいか。どうせコイツの部屋だし。私はもぐもぐタイム〜おかわり〜を横で眺めることにした。

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