第150話 なお、ダブルデータとする
「マジで豪邸だな」
「すごいでしょ? あ、キッチンはあっちね。喉乾いたら適当にジュース取ってっていいからね」
「お前は自分の家のように振る舞うな」
「アンプはどこ? できればマーシャルの2000がいい」
「ねぇよ!」
「じゃあジャズコでもいい」
「アンプ自体ねぇっつってんだよ!」
私達は志音の家に来ていた。数日前、吐きそうになりながら母と三人でバカデカいケーキを完食して以来の再会となる。うちに来ないかと誘われたので、せっかくだからと知恵達も呼んで遊ぶことにしたのだ。
分かってる。おそらく二人で会いたかったんだろうということは。でもなんか恥ずかしいので、このアホ二人を巻き込むことに決めたのだ。
志音の部屋に入ると、知恵は行儀良くクッションに座り、辺りを見渡している。菜華はいそいそとギターを取り出して、知恵の後ろを陣取っていた。バーチャルの空間では見慣れたギターだ。いつか菜華が言っていた、ギブソンのSG。あれがそうなのだろう。リアルでは初めて見たかも。
「お前……まぁ、いいけど」
「持っていないと落ち着かないから」
「別に弾いてもいいぞ。うち、防音だし」
志音はそう告げると、人数分のペットボトルをテーブルの上に置いた。しかし、私の心中は穏やかではない。たったいま聞かされた事実に衝撃を受けているのだ。
「は? こんな立派なお宅でさらに防音なの?」
「キレるなよ」
「志音、毎日知恵と遊びにきても?」
「駄目に決まってんだろ」
いいから適当な飲み物選べよと、ずいと押し出されたペットボトルの中から紅茶を選ぼうとした。が、「お前はこれな」と、見覚えのあるパッケージのブツを渡された。
「これ……SBSSドリンクじゃん」
「あぁ。知ってるか? 夜野が免許試験合格したんだよ。相方の鞠尾も一緒に」
「マジかよ。打ち上げ、あいつらも呼ぼうぜ」
「何故SBSSドリンクからそんな話題に?」
菜華はギターを弾きながら首を傾げている。しかし、彼女の疑問は至極真っ当だ。いまの話のジャンプの仕方は母を彷彿とさせた。半日一緒に過ごしただけで移ってしまったのだろうか。
「手続きであいつら昨日学校行ったらしいんだよ」
「へぇ」
「だからついでに自販機で買ってきてもらったんだ」
「ついでって。わざわざ受け取りに行ったのかよ」
知恵が眉間に皺を寄せて、不可解そうな顔をしている。もしかしたら私も似たような表情をしているかもしれない。っていうか、個別で連絡取るほどあんたらって仲良かったんだ。へぇ。
「あたしの家が学校と鞠尾の家の間にあるんだよ。寄って届けてくれたぞ」
「どんだけ飲みたかったのよ」
「いや、お前が明日来るって話だったから……」
「は?」
「なんで怒ってんだよ」
なにそれ優しい。今日、知恵と菜華を呼んで本当に良かった。もし居なかったら、もう少し気持ち悪いリアクションをしてしまっていたかもしれない。
「なんつーか、お前ってホント、見た目によらず世話焼きだよな」
「お前に言われたくねーよ」
見た目ヤンキーの二人は妙な罵り合いをしているが、私は口を挟まずナノドリンク味のジュースに口をつけた。菜華はこちらをじっと見て、何か言いたげにしている。なんだろう、私、今日は知恵に指一本触れていない筈だけど。
「それ、気になる」
「……飲む?」
私は菜華にペットボトルを渡す。一口つけると、目を見開いてパッケージをまじまじと見つめている。分かる、あんまりにもそのまま過ぎて驚くよね。
彼女はペットボトルから視線を逸らすと、今度は私を見て頷く。菜華の反応がなんとなく嬉しくて、私も見つめ返して、同じように頷いた。
「……お前ら、何やってんだ」
「私達は分かり合ったんだよ、深いところでね」
「付き合って数日で浮気みたいなこと言うなよ」
「志音。ちょっと」
私はこのアホゴリラを睨みつけながら慌てて制止した。
色々と言いたいことはあるんだけど。
その、いわゆる、『【《“アホ”》】』なの?
あのさ、私達ですらその事実にまだ慣れてないでしょ。
なんでそういうこと言うの?
「え、付き合って?」
「どういう……あっ」
菜華達は一瞬、混乱したような素振りを見せてから、すぐに何かを察したようで黙った。駄目だ。志音との対話を軽く避けていた私にも非はあるけど。どうやら二人で話し合わなければいけないことが、想像していたよりもたくさんあるようだ。
「え、ダメだったか?」
「むしろなんでいいと思ったの? チンパンなの?」
「なんでだよ、ヒトだよ」
言い争う私達の間に入るように、知恵は「お前ら、やっと付き合うことになったのか」と言った。もう志音がここまでアホをやらかしてくれたら認めるしかないけど、その前に一つだけいい?
「やっとってなに?」
「だってお前ら、付き合いそうでそうならないから。なぁ?」
「夢幻がアセクシャルなんだと思っていた」
「唐突にそれっぽい用語出すのやめて」
菜華によると、アセクシャルというのは誰にも恋愛感情を抱けない人のことらしい。「あぁ確かに私っぽい」と肯定すると、志音が慌てている。
「夢幻、そうなのか? でもこの間は」
「うるっさい、ウホウホ村に帰れ」
「どこにあるんだよそれ」
知恵は微笑ましいと言わんばかりにニコニコしている。友人が付き合っただけでこうも嬉しそうに出来るものなのか。つくづく私とは違う考え方をする生き物だと痛感させられる。
そして彼女を見つめていると、あることに気付いた。
「知恵、ピアス開けたんだ」
「は!? あ、あ、開けてねーし!」
「じゃあその耳についているの何? ゴミ?」
「んなワケねーだろ! どっからどーみてもピアスだろうが!」
「理不尽じゃない!?」
テンパってるのは分かったけど、度を超えた不条理な反応はやめて。
隣では菜華が幸せそうに知恵の耳を見ている。あ、なんかもう分かった。分かったからいい。
「この甘ったるい空気嫌だからゲームしよ」
「別にいいけど、他にもっとないのかよ」
「そういえば、前に進めてるって言ってたRPG、もうクリアしたのか?」
「したした。あ、アレで強くてニューゲームやる?」
私は少し前に志音の家に入り浸ってプレイしたゲームを思い出していた。志音と名付けたザコ格闘家がいる、あのゲームである。私と知恵が話を始めると、見兼ねた志音はゲーム機をセットし始めた。態度と目付きが悪いメイドみたいでちょっと可愛い。
「ほら」
手渡されたコントローラーを操作してクリアデータを呼び出す。2周目はほどよくストーリーがカットされているらしい。まぁ悪を討つという王道ファンタジーなので、特に説明もいらないだろう。
「あ、見て。最初から仲間全員揃ってる」
「へぇ。あたしも2周はしてなかったから知らなかった。レベルも高いし、無双にも程があるな」
「待てよ、志音ってヤツだけこの村に相応なレベルじゃねーか」
「やめろ。触れるな」
生きてるだけ有り難いと思って欲しい。世界を救った時、アンタ本当は棺桶に入ってたでしょ。ゲームシステムに感謝してね。
「でも意外。夢幻がゲームのキャラに志音の名前を付けるなんて」
「つまり、私ほど相方愛に溢れる人間いないってことだね」
「何言ってんだコイツ」
志音は私からコントローラーをさっと奪うと、装備画面を開く。その光景に、知恵と菜華は息を飲んだ。
「ゲームの中でくらい優しくしてやれよ……なんで志音だけ何も装備してないんだよ……」
「格闘家でしょ? 武器とかいらなくない?」
「服まで着ていないのは何故?」
「どうせずっと棺桶入ってるだけなんだからと思って売ったよ」
私は淡々と答える。何かおかしいこと言った?
あっても意味の無いものならお金に換えた方が絶対にいいよね?
「それにちゃんと見て。指輪は装備させてるでしょ」
「呪われて外せないだけじゃねーか」
「そうそう。呪いチェッカーとして有能だったの、この死体」
「遂に死体呼ばわりだよ、名前すら呼ばれなくなったよ」
私達のやり取りを聞きながら、菜華はおもむろに知恵に話しかける。別にいいけど、アンタらいちいち顔近くない? 指摘したらまた気まずい空気になりそうだから言わないけどさ。
「知恵」
「なんだよ」
「私は主人公も仲間になるキャラクターも全部知恵の名前にするし絶対に死なせたりしないし万が一死んだら即座に復活させる」
「張り合わなくていいんだよ」
「っつか全キャラ同じ名前って頭おかしいだろ」
我慢できなくなった志音が知恵に援護射撃をしたが、全然足りない。でも菜華の主張が壮絶過ぎて私からは何も言えない。
ここは飼い主に諌めてもらうしかないだろう。私と志音は諦めるようにテレビに視線を移した。
「あたしだけじゃ寂しいだろ。お前はいないのかよ」
「っ……!」
菜華は心臓を押さえるような仕草をして息を荒くしている。というか自分の左乳を鷲掴みにしている。ドキッとしたというレベルではない。心筋梗塞みたいで怖いんだけど。ねぇそんな握ったら痛いって、取れるって。
視界の隅にちらちらと映る菜華の挙動が明らかにおかしい。振り切るように無視しようとしてるけど、そろそろ限界だ。
「わ、分かった……じゃあ、私と、知恵の二人で……」
「残り二人はどーすんだよ」
「夢幻達の名前を付けて棺桶でのんびりしててもらう」
「それ私達死んでるよね」
「あたしいっつもこんなんばっかだな」
結局、私達は違うゲームを新たに始めることにした。それぞれの名前を付けて、無闇に殺さないという制限を設けて。
うん、仲間を殺さないなんて当たり前なんだけどね。普通に考えて不利になるだけだしね。
思ったより順調に進んでたんだけど、途中で知恵が瀕死になり、菜華がガチ号泣したことで、ゲームは半端なセーブデータのみを残し、お開きとなった。改めて思う、こいつら面白いなぁって。
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