第218話 なお、お寿司屋さんごっこはいつかしたいとする

 丁寧なナビのおかげで迷うことなく大会議室へと辿り着いた私は、扉を開けた光景に息を飲んでいた。広々とした空間に、大きな円形のテーブルが配置されている。真ん中が空洞になっているので回転寿司屋さんをするのに最適なテーブルだ。囲むように椅子もたくさん配置されてるし、やろうと思えばできそう。絶対怒られるけど。

 さらに、等間隔にスピーカーマイクのような丸い機械が置かれていた。部屋が広いと端から端まで声を届かせるだけでも一苦労だ。


 部屋に入ると、室内で準備をしていたっぽいお姉さんが声をかけてくれた。年齢は分からないけど、多分20代だと思う。ショートカットでちょっとボーイッシュで、私よりも小柄だ。そのバランスが絶妙というか、妙に可愛く見えた。


「おっ! 来たねー! 関心関心!」

「あ、あの、今日はよろしくお願いします!」

「こちらこそ! オンライン研修の最終チェック中だから、二人はテキトーに腰掛けててくれるかな!」

「端っこ座ろ」

「適当な席に座れって言われたら、目立たない位置に座りたがる奴っているよな」


 志音は私を揶揄するようにそう言って、さらに私の手首を掴んだ。そのままずんずんと歩いていくと、部屋の真ん中まで歩いていって近くの席を陣取った。こいつ、たまに妙な目立ちたがり屋を発揮するよね。意味分かんないんだけど。


「いや遠慮というものを知らなさ過ぎでしょ」

「バカお前、わざわざ隣の県まで研修に来て消極的になったり遠慮する方がバカだろ。迷惑が掛からない程度に図々しくいこうぜ」

「……!」


 志音の言うことには一理も百理もある。そうだ、何の為にわざわざ早起きしてリニアにまで乗って、長い道のりを歩いてきたんだ。全部この研修の為じゃないか。

 私は「うん!」と元気良く返事して、テーブルを飛び超えて円形テーブルの内側に入ろうと、軽やかに地を蹴った。が、首根っこを引っ掴まれて結構大きな声で「ぐえ!!」と言う羽目になった。


「迷惑が掛からない程度にって言っただろ! テーブルの内側はどう見てもごちゃごちゃ機械が置いてあるからダメだろ!」

「そんな……志音の発言を私なりに汲んだ結果だったのに……」

「あたしはそんなこと言ってねーーーよ」


 志音は私を強引に椅子に座らせる。さきほど案内してくれたお姉さんは、私達を見て色んな笑い声をあげていた。

 いや、嘘。そんなことできるわけがない。男の人の声も交じってるし。慌てて周囲を見渡すと、大きなテーブルの真ん中の円の部分、要するに私がさっき寝転がろうとしていた辺りに、大きなホロモニターと、コメントが流れていた。


「これは……?」

「あぁ。研修と言っても、一方的にこっちからばーっと説明する感じじゃないんだよ。皆それぞれ聞きたいこととかあるし、あとでじゃなくて大体はリアルタイムで聞いてもらった方が分かりやすい。ということで、音声か文章入力でやりとりができるようになってるんだよ」

「ニキニキ動画みたい」

「右下辺りでコメント非表示ボタンを探したくなるな」


 目の前の映像には私達がたまに映っている。あっちの姿が見えないのに、こっちばかり見られるというのは些か気分が悪い。というか今までのやりとり、全部見られてたの? シチュエーションがいじめ的じゃん。監視系いじめやめて。


 私はこれ以上下手なことを言いたくないという思いから、特に言葉を発することなく研修の開始を待った。私達を映していたのはただのカメラチェックの為だったらしく、研修が開始される時間の少し前になると、画面にはピンク色の背景に「少々お待ち下さい」という文字が表示されていた。控えめなBGMまで流れている。

 やりたいことは分かるというか他意はないんだろうけど、背景の色がピンクだとなんかいかがわしいから別の色にした方がいいと思う。破廉恥な行為が終わるのを待たされてる感じでなんかイヤ。


「これ付けといてくれる? 中にゲストパス入れといてね」

「あ、はい」


 そっと近付いてきたお姉さんは志音に何かを手渡した。私の分も志音が受け取ったらしく、お姉さんは会議室の一番偉い人が座るっぽいところまで歩いていってしまった。


「え、何?」

「首から下げとくっぽいぞ」


 志音が私に渡したのは、長い紐付きの何かだ。首紐の先には縦長のフィルムがぺろんと付いている。なるほど、見える形でゲストパスを持たせておくことで、施設内の全関係者に不審者扱いされずに済む、ということか。

 私は鞄からいそいそとパスを取り出す。薄っぺらくてスリムな携帯端末のようなそれは、片側に「研修中」と表示されていた。さっき見た時は白ともシルバーとも言える感じの無地柄だったのに。

 私はパスをフィルムの中にセットした。研修中という文字が見えるようにして首から下げて、準備オッケーだ。


「私達、首から非常口の看板ぶら下げてるみたいだよね」

「あたしもちょっと思ったけど、仕方ないだろ」


 白と緑で書かれているそれはとにかく目立った。暗いとこに行ったら発光しそうだ。ぶら下げたパスをいじいじしてると、優しいチャイムの音が鳴った。

 顔を上げると、大きな画面に表示されている文字が【まもなく研修が始まります】と変わっていた。ゆっくりと点滅している。時計を見ると、9時59分だった。おそらくは10時ちょうどに始まるのだろう。

 隣に座る志音はいつもの天然愛想悪フェイスで時間になるのをじっと待っていた。いっつも机に肘を付いて、ひどい時ならべたっと頬を付けるようにして寝ている姿しか見ていないので、こんな長時間テーブルにすっと座っている志音を見るのは初めてかもしれない。偉い、あとでジャーキーあげなきゃ。持ってないけど。指でいいかな。


 ——みなさん、おはようございます。本日はデバッカー派遣協会β《ベータ》の研修にご参加頂き、誠にありがとうございます。


 遂に映像が切り替わって、優しい女性の声が流れる。画面にはβの正面入口辺りが映されていた。


 ——私はナビゲートAIのベタッピ。今日はよろしくお願いします。っぴ。


 いやつっこみどころが多過ぎるわ。なんでこんな穏やかな女性の声に○○ッピって名前付けたの。本人この語尾絶対嫌がってるよ。だって言葉に組み込んでないもん。単体で言っちゃってるもん。言えって言われてるから言いました感出しまくってるもん。

 縦横にぐにぐにと縮小拡大を繰り返す青いキャラクターがいるけど、小学生が描いたみたいなクオリティだ。βという文字に目と口と手足が生えた感じのとんでもなく適当なフォルムをしている。まさかイメージイラストのつもりなのか。


「絵柄とのギャップすげぇな」

「可哀想なこと言わないであげてよ。っぴ」

「若干気に入ってんじゃねーよ」


 変に思っているのはきっと私達だけじゃないだろう。音声で参加してる生徒達はマイクが切られているのか、声は反映されていないけど。いや、正しい。そうじゃないと絶対クスクスって声が入ってたと思う。


 ——こちらが施設の外観になります。周囲に建物が無いので比較が難しいですが、東京ドーム0.9個分くらいの広さを誇る建造物となります。


 負けてるのに比較をするな。そういう言い方したいならせめて「東京ドームと同じくらい」でいいじゃん。なんで正確に伝えようとしちゃったの。


 ——それでは、早速中に入って行きましょう。っぴ。


 もう「っぴ」いいから、無理しないで。あと上下左右にぐにぐにするのもやめろ。っていうか、この青いバナナみたいなキャラクター、画面の右下に配置する意味ある?


 研修の内容、頭にちゃんと入るかな……。なんか初っ端から心配になってきたんだけど……。

 こう見えて案外ゲラな志音は、笑いをこらえ過ぎているのか、キレてるみたいな表情で真っ赤な顔をしている。そりゃそうなるよね。私がまきびし呼び出しただけで笑い転げてたもんね。こんなの拷問だよね。


 私は「マスク、持ってきたら良かったな」なんて謎な後悔をしながらディスプレイに視線を戻した。


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