第219話 なお、水面下でバチバチとする

 この研修動画を観ている全ての生徒達は、ベタッピの声に耳を傾けていた。

 施設紹介が終わり、過去にどんな案件に対応してきたのかが紹介される。そこには、上の世代の人からちらっと聞いたことがあるという程度の古い事件や、わりと最近耳にした案件まで、様々だった。

 特にモニターをショートさせまくったバグのことは記憶に新しい。何故か32インチのモニターだけを器用に再起不能にしていくというバグだ。

 私が中学生だった頃の事件。解決するまで、32インチのモニターはテレビだろうがPCだろうが、インターネットから切り離すことはもちろん、できれば電源供給をしない状態で放置することが望ましいとされた。

 なかなか解決しなくて緊急特番まで組まれていたことも覚えてる。空中ディスプレイだったとしても、サイズは32インチを避けて使用するように言われてたっけ。


「懐かしいね、この事件」

「だな」

「あんたの部屋にあるのは無事だったの?」

「あたしの部屋のテレビはもっとデカいから平気だ」

「くたばれブルジョワジー」

「なんでだよ。何かのタイトルっぽく罵るな」


 ——被害台数は推定4000台。っぴ。東日本を中心に猛威を振るったこのバグはデストロイ32と名付けられ、デバッカー協会βに所属するデバッカー総動員でデリートに当たった。……っぴ。


 ぴって言いたくなさすぎるでしょ、このAI。

 確か、ネット上に接続されているモニターに隠れると反応が消えるとかで、デリートには国民の協力が必要不可欠とかなんとか呼び掛けられていた。


「この事件以降、サイズ変更できる空中ディスプレイが主流になったんだよな」

「モニター業界に転換期を迎えさせるって、よく考えるととんでもないバグだよね」


 ——さぁ。ではここからは、職員達の一日の仕事の流れを見てみましょう。来客向けの出入口は朝9時から夕方17時まで開放されていますが、職員たちは24時間交代で勤務しています。バグは人と違い、活動時間を選ばないからです。うっ……! 他のデバッカー協会と連絡を取り合って、異常が無い地点、変わった反応がある地点などの情報を交換してるっぴ!


 なんか自我と制御の間で葛藤してるっぽいんだけど、このAI大丈夫?

 反乱とか起こさない?


 画面は内部の司令室やここ会議室、ずらりと並んだダイビングチェアへと移っていく。かなり力を入れて作られたらしいうちの学校にあるものと比べても、勝るとも劣らない立派な設備だ。


 そしてベタッピ(と呼んでいいのか不安になってきた)の説明は一応滞りなく終わった。情緒不安定だったけど、終始分かりやすかったと思う。

 私達を会議室に招いてくれたお姉さんがヘッドセットを付けて、カメラに向かって手を振る。目の前にある巨大モニターにはお姉さんを映っていた。


「というわけで、映像はどうだったかな? さ、ここからは質問を受け付けるよ! 回答は私、二宮が担当します!」


 お姉さんがそう言うと、モニターに文字がちらほら流れだした。なんか「彼氏いるんですか?」とか訊いてるアホがいるけど、こんなのは相手にされないだろう。

 質問のほとんどはデバッカーについてだった。デバッカーの勤務形態とか、報酬とか。やっぱりみんなそこが気になるよね。中には、β専用のロッジがあるのか、なんて質問もあった。考えたことなかったけど、そういえばどうなんだろう。


「いい質問ばかりだね。じゃあ順番に答えてくよ。まずシフトについて。24時間体制なのは通信や解析の職員だけじゃなく、当然デバッカーも含まれるよ! 昼も深夜も、出勤してる職員の数はほとんど変わらないんだー。ちなみに、男女比は男性の方がちょっとだけ多くて6割くらいかな。女性で活躍してる人も案外多いんだよ」


 男女比があんまり変わらないというのは正直意外だった。へぇなんて小さく呟いていると、質問に答え終わったお姉さんが言った。


「あと、彼氏とは2週間前に別れたばっかりだから。次に男関係のことを訊いてきたらキックするから、そこんとこよろしくね」


 ニコッと笑っているけど、全然和やかじゃない。お姉さんの地雷を踏み抜いたアホはもうキックしていいと思う。キックっていうのは物理じゃなくて、回線を切ってこの研修から追い出すって意味だと思うけど、物理でも全然いい。


 このあと、映像が切り替わって、通信役の職員、設備点検の職員、バーチャル空間の解析&調査役の職員と、各部署の人達のインタビューが行われた。

 現場の声にみんなが真剣に耳を傾ける。受付担当のお姉さんに切り替わると、彼女は第一声で「はじめまして。みなさん、研修は如何ですか? 私は彼氏の質問大歓迎ですよ❤️」と言ってのけた。

 直後、二宮さんが小さい声で死ねって言った気がするけど、怖いから聞こえなかったことにした。


 ——あらあら、本当にいっぱい来ちゃった❤️ ま、みんなデバッカー志望だものね、受付の 綺 麗 なだけの女に聞きたいことなんて、ないですよね。ふふ。


 お姉さんは笑っているけど、それに反比例するように二宮さんの眉間の皺の数が深く、濃くなっていく。仲、悪いのかな。


 ——え? 年下? 全然ウェルカムですよぉ❤️ こんなおばさんで良かったらみんな連絡先送ってくれていいんですよ❤️ なんちゃって♪


 怖い。マイクに入らないように、二宮さんが「お前より一つ上の私の立場はどうなるんだよ、殺すぞ」って言ってる。殺さないで。

 それから二宮さんが通信を切り替えて、受付のお姉さんのインタビューを強制的にシャットアウトした。喋ってる最中だったんだけど、多分わざとだろう。私と志音は無言で目を見合わせて苦笑した。


「はーい。というわけで、みなさんお待ちかね。最後はデバッカーに話を聞きます。が……なんと今回! たまたま居合わせた、あのトリムさんが答えてくれます!」


 二宮さんがそう言った瞬間、流れる文字が一気に増えた。みんな喜んでいるようだ。中には困惑してる人もいる。そりゃそうだ。デバッカーの多くは正体不明というか、正体を明かす必要なんてないけど、その中でもトリムはかなり異質だ。

 年齢、性別不明。国籍は恐らく日本だが、世界をまたにかけて活躍中だ。雑誌のインタビューやテレビに出ることもあり、知名度が高い。テレビに出る時はVチューバーのようにしており、そのキャラクターも声も都度変わる。

 勘違いしてはいけないのは、トリムが露出をするから有名なワケではないということ。ズバ抜けた強さを誇り、周りから求められまくった結果、オファーの内容を吟味して、御眼鏡にかなった物にだけ応えているのだ。世間を騒がせるバグは少なくないけど、困ったらトリムがいる。トリムは現代社会において、一種のヒーローみたいな存在でもあった。

 分かりにくいかな。研修のインタビューでトリムの話を聞けるってことは、SNSで「お腹減ったな〜」と発信したら、世界的に有名な三つ星レストランのシェフが「うち食べにくる?」といきなり話し掛けてくるくらいラッキーで光栄なことなのだ。


「ラッキーじゃん……!」

「……お、おう」


 ラッキー過ぎると感激してたのか、志音は私が話しかけるまで固まっていたようだ。分かるよ。だって、このインタビューが終われば研修は終了だ。つまり、ここにいる私達だけはトリムの姿を拝むことができるかもしれない、ということ。

 もちろん、誰かに言いふらしたりはしない。私はただ、世間で英雄みたいに扱われても絶対に姿を見せようとしない人がどんな人間なのか、興味があるだけだ。野次馬ってやつ。


 それからすぐに回線が切り変わって、この施設の屋上にあるという展望室からの景色が映し出された。聞こえるかな? というテノール歌手のような声が響くと、「今日はそういう路線なんですね!」なんてコメントが流れる。

 さっきも言ったけど、トリムの声はコロコロと変わるので。男性のときもあれば女性の時もある。そうしてやっと語り出したトリム。二宮さんまでもが、真剣にその声を聞いている。

 横を見ると、志音はまだ固まっていた。いつまで固まってんだコイツ。茹でられた卵か。

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