第220話 なお、ねぇなと言えなかったことを三日は悔やむとする

 豊かな木々の映像に流れる落ち着いた男性の声。映画の始まりみたいだなんて思いつつ、私は画面を見ていた。トリム程のデバッカーが自身の職業についてどのように語るのか、それはデバッカーの卵じゃなくても気になるところだろう。


 モニターにはどうやったらトリムみたいになれますか、なんて小学生みたいな質問や、アームズの強化はどのように行っていますか、という具体的な質問が矢継ぎ早に流れていく。っていうか文字がモニターを上から下まで占拠していて、それでも足りないからいくつかの文字が被っている。中には音声入力に切り替えて質問する者も居た。


 トリムは何も言わない。姿が見えないからどんな表情でこの問いの流星群を眺めているのかも分からないままだ。しばしの沈黙の後、トリムは言った。


「オレっちは君達を大人だと見込んで、いつもよりも正直に話そうと思う」


 ありがとうございます! なんて文字が右から左に流れていく。

 なんで誰もオレっちにツッコまないのか不思議でならないが、とにかく誰も彼もが有り難がっていた。


「あ、ワシがいま使っている音声出力システムは、声だけじゃなくてランダムで一人称も変換してくれるんだ。だから多少変でも気にしないでくれ」


 そういうことか……それにしても”オレっち”がその候補に入っているのはおかしいと思うけど、まぁいいや。

 横を見ると、志音はまだ固まっていた。え、大丈夫? 生きてる?


「まずは、そうだな。デバッカーに必要な素質は何か、この質問に答えようと思う。テレビや雑誌向けだと「人々の生活を守るという信念」とか「決して諦めない強さ」とかそれっぽいことを言うけど、さっきも言ったようにあたくしはいつもより正直に話すつもりでいる」


 二宮さんを盗み見ると、彼女は首がもげるんじゃないかというほど頷いていた。そういえば、二宮さんはここの職員らしいけど、どこの部署の人なんだろう。もしかして、彼女もデバッカーなんだろうか。っていうかあたくしってやめろ、気が散る。


「本当の答えは「分からない」だ。みんなも察しているかもしれないが、デバッカーには変人と呼ばれる人が結構多い。端から見れば、ちんもその一人かもしれないがな」


 はっはっは、と笑うトリム。私はチンが気になって仕方が無い。奇抜な一人称全部取り除いて、お願いだから。


「拙者は色んなデバッカーを見て来た。ギャンブル好きのアホとか、浮気性のバカとか、世間的に公表しにくい癖があるヤツも多い。彼らにさっき言ったような信念や強さがあるかは分からない。だけどデバッカーとしてはみんな一流だ。結局、性に合ってるかどうか、それだけだと思う」


 なんか侍が深いっぽいこと言ってる。侍だけど。トリムの話は上辺だけの綺麗事って感じじゃなくて結構好感が持てた。一人称以外は。

 つまりは、デバッカーに求められているのは結果。そういうことだろう。


「仕事で命を賭けなきゃいけないと思うか、命を賭けて戦えばいいだけと思うか。極端に言うと、そこが分かれ目なんだろうな、と。長年、最前線にいるそれがしはそう思う」


 だからあの侍はなんなんだよ。

 方向性を統一してくるな。


 やや呆れつつも、話された内容について考えてみる。確かに、命を賭けて戦えば仕事になって、更に人に後ろ指差されることなく高額な報酬を受け取れる、と割り切って考えられる人はすぐに強くなると思う。バーチャル空間で怖い思いをして、ダイブができなくなって引退する人も結構いるらしいし。PTSDで苦しむ人も少なくないとか。この間授業でやった。

 そりゃそうだよね、向こうは手加減無しでこっちを潰しにくるワケだし。こっちだって、ちょっと乱暴な言い方をすれば殺すつもりでバグと戦うワケだし。


 それからトリムはいくつかの質問に答えた。それも説得力があって、尚かつメディアでは絶対に聞けない話ばかりだった。私達を大人と見込んで、というのはつまり、無闇に口外するな、ということだろう。

 まぁ、私達がいくら「研修でたまたまトリムがインタビューに答えてくれて、メディアではしないような話をたくさんしてくれた」と言っても、ファンに「嘘つくな殺すぞ」と怒られるだけだと思うけど。トリムには熱狂的なファンも多いので、ネット上とはいえ滅多なことは言えない。色んな意味で今日の出来事はそれぞれの心に秘めておいた方がいいだろう。


 さて、そう言ってトリムが話を切る。そろそろ時間なのかと思ったら、モニターにいきなり志音の映像が映った。志音しか映ってないから、ちょっと寄って私も見切れておく。ピースもしておこう。するとカメラが少し首を横に振って、また志音だけを映そうとした。

 許せない、なんで私を映そうとしないの? 私は志音にぐりぐりとくっついて存分に存在をアピールしたけど、「さ、札井さん……やめなよ……(汗)」という文字が流れてきて辛くなったからそっと離れた。


「せっかく足を運んでくれたんだ。何か一つ、君から答えるよ」


 は?

 私も足を運んだが?

 なんで志音だけ?


 私も何か訊きたい。ずるい。ずーんと落ち込んでいると、「あ、隣の子もね。もちろん、答えるよ。今の内に考えておいてくれると有り難い」と声を掛けてくれたので元気になった。

 しかし、ベタッピの案内や他の人のインタビューを聞いていたときよりも、志音の表情が険しい気がする。もしかして、急に当てられて言葉が思い付かなくて困っているのだろうか。こいつ無愛想だからその辺の違いが分かりにくいことあるし。

 みんなが固唾を飲んで志音の言葉を待っている。志音はおもむろに腕を組んで、少し首を傾げて、ちょっと困った風な感じで口を開いた。


「ねぇな」


 ……?

 ……志音?

 今は知恵の胸の話をしてるんじゃないんだよ?


 質問、あのね。質問なの。トリムに答えてもらう用の。

 分かるかな、クエスチョンってやつ。


 私は口をパクパクさせて志音とモニターを交互に見ていた。モニターには「なんかあるだろー!?」とか「もったいねー!」とか「施設まで足を運んでおいて質問が無いとか、やる気あるのかないのか分からん」なんて文字が流れていた。私もそうだと思う。何言ってんだコイツ。

 しかし、この答えを聞いて、一人だけ笑った人がいる。トリムだ。


「はっはっは! まぁそれもいいだろう! じゃあ隣の君。君は?」


 今度は私が映し出される。流れ的に私も志音と同じポーズをして「ねぇな」と言った方がいいってことは分かるんだけど、スベった時に学校に居場所が無くなる気がしたし、何より聞きたいことはたくさんあったので、真面目に質問することにした。

 とはいえ、オーソドックスなものは既に答えられている。本当は年収を訊きたいんだけど、ブン殴られる気がしたから別のものにしよう。


「今日はどのような御用事でここまで?」

「面白い質問だなぁ。実を言うと、妙な動きをしているバグが居てね。場合によってはデストロイ32の再来になるかもしれない存在だ。他の施設からは観測が出来なかったから、余がここまで来て反応を確認して、これからダイブするところだったんだ」


 余って。

 それにしても……デストロイ32の再来か。トリムに声が掛かるのも頷ける理由だ。というかそんな大事なダイブの前に、こんな悠長に話をしていて大丈夫なのだろうか。


「あぁみんなは心配しないでくれ。今はダイブの準備中だから。だけど、そろそろお開きにした方がいいかな。今日はありがとう、未来のデバッカーと話せて楽しかった」


 音声や文字で、生徒達はトリムへの感謝を伝えて、その後二宮さんが締めて研修は終了となった。これから私達は、閉館まで中を見て回っていいことになっている。二宮さんに御礼を言いながら会議室を出ると、私はすぐに志音にクレームを付けた。


「あんた、なんでトリムにあんなこと言ったの?」

「え?」

「だって向こうは世界的なデバッカーだよ? なのに質問が無いなんて」

「自分の母親に今更なに訊けってんだよ」

「……は?」


 トリムを自分の母だと思う特殊な夢女子なのか……? いや、それにしては辻褄が合い過ぎてる気が……いやダメ。諦めないで、夢幻。

 これは志音の妄想、妄想なの。そういうことにしないと現実の出来事が頭の処理能力を超える。死んじゃう。

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