第221話 なお、向き合うしかないとする

「これホントに全部チェック出来てるの……?」

「異常があった計器だけを見ることがほとんどかなー。警戒態勢だったりすると、万遍なく目を向けるようにするけど」


 私達は首から見学用のパスをぶら下げて、監視室というところに居た。名前的に部外者が立ち入っていい場所のように思えないかもしれないが、監視というのはこの建物のことではなく、バーチャル空間のことだ。つまり、ここはバーチャル空間に何か異常がないかと見守っている部屋、ということ。

 同じ設備が全デバッカー協会の施設にあるらしい。一ヶ所で見てればいいんじゃないの? と思ったけど、同じ計器を使っても場所が違うと上手く観測できないことがあるらしく、デバッカー協会が点在している理由の一つでもあるとか。

 よく考えたらそうだよね。今回トリムがここに来てる理由だってそんな感じだったし。っていうか、一ヶ所に集中しておくと、そこが攻撃を受けたり災害に巻き込まれたりしたら大変だ。色んな意味で無いな。


 テレビのボリュームのようなメーターがたくさん付いていて、それがピクピク動いている。どれもが低い位置で行ったり来たりしている中、一つだけテレビで言うと「映画を観ようと思って張り切っちゃったのかな?」というレベルで振れているものがある。あれがデストロイ32の再来と呼ばれたバグの反応だろうか。

 部屋を訪れた私達に優しく色々教えてくれた男性は、その計器を見やってから言った。


「あれね。さっきトリムさんが言ってたと思うけど、あの区画だよ。32リターンズと仮で名付けられているんだ」

「なんであの振れ方だけでそんなのが分かるんですか? バグなんてたくさんいるじゃないですか」

「あのメーターだけじゃもちろん判断できないよ。この情報は解析班に送られて、その電子情報の形がデストロイ32と酷似していたんだ」


 電子情報というのは、人間でいうところの遺伝子情報だ。この間、授業でやった。バグによっては転生するように現れることがあるんだとか。しかも転生しているバグは大体が以前よりも強くなっている。デバッカーがアームズをリンクの力で強化するのと同じような効果が転生によって得られてるのではないか、というのが最新の仮説だ。

 電子情報が似てるなら、本当に……かもしれないってレベルじゃない気がしてくる。


「まぁ転生したバグは電子情報が似てるどころか一致してる場合も少なくないからね。他人ならぬ、他バグの空似って可能性も捨て切れないよ」

「でも、わざわざトリムを呼んだんですよね?」

「相談したら、ちょうど来れるって言って来てくれたんだよ。ホント、トリムさんには足を向けて寝れないね。まだ解決してないのに、トリムさんが来てくれたから大丈夫って、心の何処かじゃ思ってるんだからね」


 それから私達は、彼に挨拶をして監視室を後にした。解析室がすぐ近くにあったんだけど、取り込み中だとかで入れてもらえなかった。まぁそうだよね。32リターンズとかいうバグのことで、きっと忙しいもんね。


「せっかく来たのに、あんま見て回れないな」

「うん。でも、来て良かったと思ってる」

「そうか?」

「緊急事態に対応してるデバッカー協会の様子なんて、実際に足を運ばないと見れないでしょ」

「確かにな。向こうは学生向けに出来るだけ平常運転の施設を見せようとしてたし。こんな裏側はここに来てなきゃ見れなかった」


 志音が来ようって言ってくれなかったら、私達もモニター越しにしかここを知れなかったんだ。それも、よそ行き用に切り取られた上っ面だけ。

 なんとなく目を合わせてはにかんでいると、首がびーーって震えた。いや、首じゃない、これは……パス?


「うおっ、びっくりした。これ、こんな機能付いてるのか」

「志音のも?」


 どうやら私達のパスが同時に震え出したらしい。ケースからパスを取り出してみると、小さいホロモニターが表示された。


「あ、繋がりました?♥ 3階のモニタールームに来るようにとお呼び出しですよ♥」


 あ……二宮さんに死ねって思われてる綺麗なお姉さんだ……。でも、私達を呼び出すって、何故?

 もしかして、さっき行ったトイレの綺麗さに感激して、意味なく音姫を連打しまくったから?


「パスにルートを飛ばしておくので、良かったら見て下さいね」

「居た! 大原! お前、本当に学生から連絡先受け取ったりしてないだろうな!」

「今から10分以内ですよー♥ 結構ギリギリですから急いで下さいね♥ では♥」


 途中から声だけ聞こえてきたのは、二宮さんだ。大原と呼ばれたお姉さんは、話し掛けられてるのを無視して私達に時間を告げた。あんまり相手にしていないところがまた二宮さんの神経を逆撫でしてる気がするんだけど、どうだろう。


 まぁとにかく来いと言われたなら行くしかない。私達はパスをケースに戻すと歩き出した。一応モニターは確認してるけど、廊下のいたるところに案内板が付いているので迷うことはなさそうだ。

 早歩きで移動しながら、ベタッピの話を思い出してみる。


「モニタールームってなんだっけ?」

「ダイブしてるデバッカーの様子や、解析結果を出力する部屋だな。実質、指令室みたいなところらしい」

「……今ってトリムのダイブの準備でみんな忙しいんじゃないの?」

「もしかしたらそれを見せようとしてくれるのかもな」

「なるほど。だったらすっごいラッキーじゃん」

「あ、あぁ、そうだな」


 志音ってば、ぐにゅって感じの顔をしている。まさかと思うけど、トリムが母という夢設定をまだ引き摺っているのだろうか。確かに、自分の母の仕事風景を彼女と見るなんて複雑な気持ちになると思うよ。設定に入り込み過ぎでしょ。どしたの。


 エスカレーターを登って3階に着くと、そこがもうモニタールームの入口だ。でっかい扉の前に立つと、施設の入口と同じようにスキャンが開始され、パスが反応して自動ドアが開く。ドアの開く音が、さっきよりも物々しい感じでちょっとビビった。

 ガー……! ガシャン! って感じでゆっくり開くの。よく分からないけど、きっとセキュリティ的な何かが理由だと思う。


 こんなに派手に扉が開くならこっそり中に入るということは無理だ。できれば作業の邪魔はしたくなかったんだけど。扉が開き切る頃には、近くにいた職員のほとんどが私達を見ていた。


「……え、本当に入ってよかったの?」

「なんつーか、あんまり歓迎されてない感じだな」

「呼び出されたのに歓迎されないとかいじめでは?」


 二人でこそこそ話していると、茶髪の女性が近付いてきた。細身の体を見せつけるようなタイトな服装は、他の職員に比べてカジュアル過ぎる気がする。すごく似合っていてカッコいいけど、不良職員か何か?

 近くにいた職員に話し掛けられると、茶色い長髪をなびかせながら「いーのいーの、あたしが呼んだから」なんて言って、片手をヒラヒラさせて笑っていた。


「……呼んだの、母さんかよ」

「……ぴよ?」


 え。すごい。あの人、よく見たら志音に似てる……鋭い眼光も、背が高いところも。なにより、発せられた声。落ち着いた感じのハスキーボイス。録音した? ってくらい似てる。


 分かった。あの人が志音のお母さんなのは認める。似過ぎだし。志音が成長してイケメンお姉さんに全振りしたらあんな感じになるのは分かる。そして何故か志音のお母さんがここにいるということについても理解できた。


「やっほー。さっきのインタビュー、ビビった?」

「あのなぁやめろよ、ああいうの。マジでビビった」

「だぁって志音がここに来るって言うからさー。他の予定キャンセルしてこっち来ちゃった」

「はぁー……そんな私情で動いていいのかよ」

「へーきへーき。せっかくだから一緒に潜ろうよ」

「いやそれはマズいだろ……」


 志音と志音マザーは何やら慣れた調子で話をしている。なんか入りにくいからちょっと離れたところに立っておいた。

 それにしても一緒に潜るだなんて……志音のお母さんったら、自分がまるでデバッカーであるかのような言い方はよくないよ……。しかもあたかもトリムであるかのように振る舞ってさ……。


「あぁ許可は取ってあるから。あたしが同伴ならオッケーだって。トリガーの情報は学校から取り寄せてる最中だから」


 私が現実を受け入れられないでいると、志音のママンは私に近寄ってきて、右手を差し出した。


「夢幻ちゃんでしょ? あたしは志音の母さん。あ、トリムって名乗った方が早いかな?」

「エ、ア、ドウモ、ハジメマシテッピ」

「どうした」


 どうしたじゃないわ。一個ずつ丁寧に否定してった事実で私を殴るな。しかも親子で。

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