第217話 なお、変態スカーフとする

 リニアを降りた私達は駅から出てすぐのところに設置されていた案内機を見つける。道については事前に調べていたんだけど、念の為その装置に向かって「デバッカー協会β」と話し掛けてみた。


「この度は音声案内システム、TSUKASAをご利用頂き、誠にありがとうございます。デバッカー協会βとは、対バグ用の組織である、【デバッカー派遣協会β】のことでよろしいですか?」

「はい」

「ご回答ありがとうございます。こちらになります」


 ホロで空中に地図を映し出す案内機に御礼を言ってみると、「仕事ですから。でも、ありがとうございます」なんて言葉が返ってきた。公共施設に組み込まれてるAIにしては柔軟に返事をしてくれた方だと思う。


 目的地は想定通りの場所にあることがはっきりとしたので、ここからは徒歩だ。タクシーを使ってもいいとは思うんだけど、歩けない距離じゃないしね。

 自販機であたたかい飲み物を買うと、私達は協会に向かって、綺麗に舗装された道を歩き始めた。


 それから結構歩いた。道のり的にはまだ半分くらいだろうけど、疲れなんかよりも、より深刻な問題が私を襲っている。いや、襲い続けている。


「はー……山だからか、思ったより寒い……」

「カイロあるぞ」


 そう言って志音は手を差し出す。何も乗ってないでしょうが。こちとら寒くて精神的に追いつめられてるんだから早くしろ。


「いや、手繋ごうぜって意味だったんだけど……」

「期待したのに! ばか!」


 私に怒られた志音は、怒られてるにも関わらず、ごそごそと鞄を漁り始めた。何してんの? そこから札束が出てくるなら許すし「だぁいすき!」ってなっちゃうけど、絶対そんなことないよね。


「ほら。カイロは無いけど、これ巻いとけ」

「……!」


 私はマフラーを受け取る。志音のだろうか、それにしては妙に新品っぽい感じがするけど……。手に持ったまま呆気に取られてると、志音はそれをさっと広げて私の首に巻いてくれた。


「あり、がとう……」

「念の為持ってきといて正解だったな」

「私も何か志音の首に巻くものをあげたい……ストッキングでいい?」

「首にストッキング巻いてその辺歩いてる奴いたら通報されるだろ」

「じゃあ私がしとくね」

「なんで率先して通報すんだよ、庇えよ」


 だってストッキング巻いて歩いてるゴリラがいたら誰がどう見ても不審じゃん。通報は市民の義務だよ。そんなこと言って志音の恨めしそうな視線を独り占めしていると、施設の建物が見えてきた。

 すごい、あんなに大きいんだ。いや、それもそうか。日本に一ヶ所しかない、デバッカー派遣協会βの本丸なんだから。Ωオメガもたまに施設を利用するらしいしね。Ωが動くくらいの事態なのに、「我が協会の拠点はしょぼいから、設備が無いナリ〜」なんて許されないもんね。


「今からあそこに行くんだ」

「おう」


 心なしか、歩調が早くなる。

 マフラーのおかげで寒さが少し和らいだせいかもしれない。私は建物をじっと見つめて足を動かした。志音は元々私に歩くスピードを合わせているので、普段の自分のペースに近付いて歩きやすいなんて思ってるかもしれない。

 そう、合わせてくれてるって分かってるけど、私はいつも自分のペースで歩いてる。だってこいつ歩くの早いし。私が合わせてみた事があるんだけど、その時は早過ぎて「え? 競歩?」って言っちゃったからね。


「それにしても、現地組とオンライン組の研修を一緒にするなんて、予想外だったよね」

「まぁβの現地組があたしらだけだって知った時になんとなく察したけどな。あたしらの為だけに別日を設定したり、現地組向けの特別な研修なんて考えてられないだろ」

「まぁね」


 そう、そのせいで私達はこんな早起きを強いられているのだ。オンライン研修が今日の10時からだから、それに間に合うように。

 みんなは家や学校でのんべんだらりと研修内容に耳を傾け、たまに映像を見て「おー」って言うだけ。私達はその時間に合わせる為にこんな早朝に電車に乗って、山道を歩く羽目になっている。


「知恵のところはどうなんだろうね」

「あいつらはかなり距離があるからな。わざわざ来てくれるならって、特別に色々見せてもらえるっぽいぞ」

「やっぱりそうなんだ。ま、到着時刻から考えても、オンライン組に合わせるのは無理だもんね」

「だな。井森達のところは、言わずもがなって感じだろうな」

「そりゃそうでしょ、向こうの指名なんだから」


 井森さん達がVIP待遇されることは確約されているようなものだ。というか既にされてるしね。九州までの旅費が無料っていうのはすごい、本当に。向こうからの指名で研修先を決めるということが毎年あることなのかは分からないけど、恐らくは極めて稀だろう。

 きっかけとなったのは、αからの捜索依頼だ。あのとき先生も言ってたけど、学生デバッカーを起用する何らかの理由があったとしても、まずは先輩達に声が掛かる。私達が動くことになったのは、偶然に偶然が重なった結果としか言いようが無いのだ。

 そのチャンスを物にしちゃうんだから、やっぱり井森さんってすごいな。ほとんど女の子食い散らかしてふらふらしてただけなのに美味しいところをかっさらう、それも一種の才能だと思う。


「まさか、指名が無かったこと、気にしてんのか?」

「別に。気にしてない。ただ、私もリーダーとしてαの作戦には参加したことあるし、そのときだってかなり厄介なバグをちゃんと戦ってやっつけたし報告書も提出したのになって考えてただけ」

「そういうの、世間では気にしてるって言うんだぞ」


 うっさいわ。

 でも、冷静に考えると、αに贔屓にされても別に嬉しくないなって思った。

 私がこの一件を引きずっているのは、多分誰か、できれば大人や立場のある人に褒めてもらいたかっただけなのかも。


「夢幻のフォローをするつもりもないし、井森を悪く言うつもりもないけどな」


 そう前置きして、志音は言った。井森さんがあの協会に買われているのは、デバッカーとしての技量ではない、と。


「井森は同年代じゃ優秀だろうけど、それだけでαに招かれるほどズバ抜けてる訳じゃない。あいつが買われたのは、報告の時の危なげなさだと思う」

「まぁ、外面いいもんね、あの人」

「αってのは捜索や調査を主にしてるだろ。つまり、どこか別の協会に引き継ぐ作業が群を抜いて多い。井森みたいな奴はαが一番欲しがる人材だと思うぞ」

「……つまり、今回の研修の逆指名って、そのままスカウトになってるってこと?」

「断定はできないけど、その可能性は高いだろ」


 はぁ……? ズルくない……?

 私のフォローをするつもりないとか言っておきながら、私の心に追い打ちをかけるのやめろ……?


 志音は勘違いしてる。私は別に、まきびしで最強になりたいワケじゃないんだよ。井森さんみたいに、抜きん出た何か一つを買われて誰かに評価されたいの。分かるかな。でもそんな浅ましいこと言うに言えないから察してほしい。こういうのなんて言うか知ってる? そう、乙女心。


「また下らないこと考えてる顔してるな」

「失礼過ぎる。万引き防止用のセンサーが入店時に鳴れ」

「つれぇ」


 雑談を交わしながら、少し前まで遠目に見ていた建物を見上げた。大きい。今からここに入るんだ。

 携帯端末をチェックすると、時刻は9時半前。10時からの研修だと思うと少し早いかもしれないけど、余裕を持って到着しようと思っていたので、ちょうどいいくらいだ。迷子になったらβの担当者に電話を入れて「ごめんなさい!」って言いながら爆散しなきゃと思ってたから、無事に辿り着けて何よりだ。


 入口に近付くと、事前に協会側が発行してくれたゲストパスが鞄の中で振動した。オレンジと緑の光が交錯するように私達の身体を横切って、扉が開くまで、大体2秒。

 ゲストパスを鞄から取り出すと、ホロで地図が表示された。この赤く点滅している場所、大会議室に行け、ということだろう。

 私達は地図に従って、再び歩き出した。施設の中は十分暖房が効いてたんだけど、志音がくれたマフラーはもう少ししておくことにした。


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