第42話 なお、指は蜘蛛とする


 背後からこっそり忍び寄っていた狼達の対策はできたが、彼らの挙動には少しだけ違和感があった。岩場の途中から転げ落ちても、よろよろと立ち上がりこちらを睨みつけているのだ。先程は両目を攻撃しただけで金貨になったというのに。


「がるるる……」


 もしかするとダメージの入り方が違うのだろうか。試そうと両目を狙っても、動きが素早く、上手く捉えることが出来なかった。やっぱり変だ。上手く言えないが、全体的に身体能力が上がっているような感じがしてならない。


 いくつか気になる点があるものの、時間稼ぎはできそうだ。そして上り下りできる部分は囲まれているので、逃げるのは既に不可能。現状、まきびしで牽制する以外に方法は思いつかない。


 バグの方を見ると、なむろあみえはすぐそこまで迫っていた。私達を見上げてなにやら叫んでいる。いや、もしかしたら歌っているつもりなのかも。だけど、今はそんなもの、どうだって良かった。


「あいつの足下……狼の群れだらけじゃねーか……」

「!! なんで今まで気付かなかったんだろ」


 後ろも前も、岩場は狼に囲まれて陸の孤島状態だ。どんどん笑えなくなってきた。


「見えなかったのは土煙のせいだろ。このバグ、バカと見せかけて……とんだ策士だな」

「なぁ、志音。あいつ、さっき見かけた時は一人だったのか?」


 さきほどの弱気なオーラが嘘のように、知恵はこちらを見た。テンションの上がり下がりが激し過ぎてついていけない。原因が菜華にあるんだろうな、と察してはいるが、あまり追求する気にはなれなかった。なんか怖いし。


「デカいからなぁ。後ろに何か居たかもと言われたら、否定できないけど……多分、一人だったと思うぞ」

「……なるほどな」

「知恵。もう音、出していい?」

「ダメだ」

「とりあえずは邪魔な狼を一掃する。今までずっとDmを押さえていた。解析は必要ないはず」


 ”でぃーまいなー”というのが何か分からないが、恐らくはギターのコードのことだろう。要するに、とっとと出力と変換の準備をしろと言っているのだと思う。菜華の強い視線に、知恵は諦めたように、好きにしろと告げた。


 私と志音は後方の狼を見張りながら、慌てて耳を押さえた。相変わらずもの凄い音だ。


 岩場に追い込んだ時はその瞬間を確認できなかったが、一体彼らはどのように金貨になるのだろう。監視ついでに観察するものの、一向に変化はない。もしかしたら時差があるのかもしれないと思い、音が止んでからも菜華と狼の群れを交互に見ながらその瞬間を待った。


 菜華が眉間に皺を寄せ、知恵がため息をつくような仕草をする。もしかして、これはヤバいのでは? そこでようやく耳から手を離し、状況を確認した。


「え? 何? もしかして倒せないの?」

「おかしいんだ。菜華、分かっただろ。こいつらはさっきまでのこいつらじゃない」

「どういうことだよ」

「Dmってのは狼の弱点を音に変換したときのコードだ。菜華はDmをちゃんと弾いたけど全く効かなかった」

「どういうことだってばよ」

「てめぇ真面目に聞け! 忍者の真似はまきびしだけにしとけよ!」

「お前こそ私のまきびしいじりいい加減やめろ! 存在をドロンさせるぞ!」


 確かに私がふざけ過ぎたが、本当にどういうことか解説してほしい気持ちはあるのだ。狼は一律で一つのコードに弱かった、なのに急に効かなくなった。狼の皮を被った何かだとでも言うのか?


「いいか? ここからは推測だが、多分こいつらの弱点を誰かが書き換えたんだ」

「そんなことできるの?」


 菜華が尋ねると、知恵は黙ってなむろあみえを睨んだ。まさか……あいつが……?


「あいつの発してる奇声……関係ある気がすんだよ。一人の時は二人に何もしてなかったんだろ?」

「何もしなかったんじゃなて、何も出来なかった……ということ?」

「あぁ。あいつの能力は”他のバーチャル空間の生き物を声で操ること”である可能性が高い」

「だからあたしらを見送ったのか……!」

「カリスマ気取りのあいつにはぴったりな能力だよなぁ?」


 知恵の言う通りに考えると、全ての辻褄が合う。正解かどうかは別として、今はその前提で動くしかないのだ。


「知恵。弱点の音は、書き換えられた? 消されたのではなく?」

「弱点は存在する。ただし、コードではなく単音で、しかも常時ランダムで切り替わるんだ」


 知恵のパソコンを覗くと、CとかGとかBmという文字がぱっぱと切り替わりながら表示されていた。その光景はフラッシュ計算を彷彿とさせた。こんなスピードで目紛しく切り替わる弱点に対応できるワケがない。知恵が苦虫を噛み潰したような顔をするのも頷ける。


 後ろの狼達は相変わらずぎゃんぎゃんと吠えながら、岩場を踏んではまきびしに撃退されてを繰り返している。恐らくはなむろあみえの歌声でこいつらの身体能力もアップされている。だからダメージを受けても金貨にならずに済んでいるのだろう。だとしたら、このまま放って置くとどうなるんだ。


 もしかして頂上まで一気に跳躍する狼が現れるかもしれない。可能性として有り得なくはないはずだ。気付いてしまうと余計に焦る。気付かなければ良かったと後悔している私を他所に、菜華は淡々と口を開いた。


「弱点の先読みはできる?」

「……1〜2秒先くらいまでなら、解析を先行させることはできると思う」

「上等。解析結果の出力を文字から楽譜にして」


 ここまで聞いて確信した。


 こいつ、弾くつもりだ。


 だけど私達には菜華に頼る他、無事に帰れる道は残されていない。何をしたらいいかわからないが、とりあえず応援しよう。


「何かすることある?」

「そう。じゃあ」


 黙ってて。絶対零度の瞳で私を貫きながら、彼女は言った。正直に言うね。おちっこ漏れた。


 なむろあみえに向き直ると、菜華はギターを構えて息を吐き出し、ピックを握り直す。そして次の瞬間、菜華はこの岩場をステージへと変貌させた。


 バグの弱点を演奏しているだけなので、音階等はおかしいのかもしれない。しかし、そんな音楽的な矛盾は些細な問題となり果てていた。むしろ聴いたことの無い不思議な音の取り合わせが、独特の雰囲気を醸し出していると言っても過言ではない。


 私はただその速弾きに魅入られていた。気持ち的には「ライブチケットを買ったら割り振られた座席が何故かドラムの椅子だった」という感じだ。特等席ですごい演奏を聴かされている。きっと私だけじゃなくて志音と知恵も同じような気持ちだろう。はい、ドラム。私達ドラム。ギター一人とドラム三人の構成のバンドって、絶対に頭おかしいけど気にしない。


「あおぉー……」


 明らかに弱っていく狼の声がそこら中に木霊する。菜華の指は過労死しないか心配になってくる勢いで弦の上を動き回っていたが、当の本人は涼しい顔をしている。全然平気なようだ。となればもう勝負は見えただろう。狼が動きを止め、背後にいた一匹が遂に、金貨に姿を変えた。


「おっしゃ!」

「菜華! あと少しだよ!」


 一匹が倒れるとあとはあっという間だった。周囲の狼が次々と倒れ、半数ほどが金貨になった。普段の私なら下に降りて金貨を拾い集めているところだけど、事情が事情だ。安心するのはまだ早い。生き残っていた狼達が地べたに這いつくばろうとした、その時だった。


「夢なんて見るもんじゃない!!」


 またどこかで聞いたことのあるようなフレーズを叫び、体を揺するなむろあみえが立ちはだかった。小さなかまいたちのようなものが発生して、ちりちりと私達の肌を甚振いたぶったが、真空破系の攻撃は凪先生のそれを知っているので、比べるとどうしても見劣りする。大したことのない攻撃だった、私と志音にとってはただの奇声も同然だ。しかし、知恵と菜華の表情を見ると、そうも言ってられないことは明白だった。


「え、どうしたの?」

「今の声でパソコンぶっ壊れた」

「は?」


 ぶっちゃけ、聞かなかったことにしたい。もう耳を塞いで「あーあーあー」と言いたい気持ちでいっぱいだ。


「おい、菜華はどうしたんだ? 知恵と同じか?」

「ギターは壊れてないと思う」

「そうか、そりゃよかった。知恵のパソコンの復旧ができれば」

「ただ弦は全部切れた」

「ダメじゃねーーーか!!」


 悲報。うちの主砲がやられました。次の作戦? あるわけがない。しかし、何か考えないと。もたもたしてると、悲報が訃報になる。何か妙案はないものかと、その場にあぐらをかいて、頭を人指し指でぐりぐりと撫でてみた。


「とりあえずこの一休さんを突き落としてエサにするか。時間稼ぎにはなるだろ」

「それしかないな」

「私がやる」

「やめてよ!」

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