第41話 なお、ボディは赤とする

 狼の反撃をなんとか返り討ちにして、私達はバイクを走らせていた。走らせているのは志音一人なんだけど。私も後ろから陰ながら応援している。気とかそういうものを送って。まぁつまり何もしてない。


「見えたぞ」


 打ち合わせしていた岩場が見えてきた。高さは大体6〜7メートル程、狼が窮鼠猫を噛むという感じで、あの二人を攻撃するのは恐らく不可能である。ただ、都合よく岩場がU字型になったりはしていないので、狼達があそこを避けたらもう終わりだ。その辺については作戦の段階で伝えたけど、自信有りげに大丈夫だというので任せることにした。もしこれで取り逃がしたら二人の両目にまきびしをぶつけるつもりだ。


「15匹くらいか? 結構集まったな」

「でも本当にこれだけの数相手にできるの?」

「さぁな」


 二人の姿が見えてきた。知恵は胡座をかいて、膝の上にパソコンを乗せていた。ディスプレイをこちらに向けるようにして構えている。何をしているんだ。私は眉間に皺を寄せてその光景を見つめていた、というか睨んでいた。


「おい……あいつ、何持ってるんだ?」

「何が? って……えぇ……」


 パソコンに気を取られていたせいで気付かなかったが、知恵の隣には立っている菜華がいる。何故そちらに先に気付かなかったのか不思議に思える程、意味不明な姿である。なんと、彼女はギターを構えていた。


「……は?」

「何やってんだ……」


 もしかして、あのギターでこれから10匹以上いる狼を殴り倒すのか? いや、そんな訳ない。いや、あいつだったらやりかねないと思わされるのが怖いところだけど。それにしたって余りにも効率が悪い。物理攻撃を仕掛けるだけならわざわざあの岩場で待機する必要は無いはずだ。


「とりあえず……耳、塞いだ方がいいと思う」

「あたし、バイク運転してんだけど?」

「うん、だから極力離れて」

「あたしの耳は?」

「知らない」


 私の右耳は右手が塞ぐし、左耳は左手が塞ぐ。私の腕は二本しかない。よって私が志音にできることは無い。


 バイクが急カーブを切って二人に背を向ける直前、菜華の腕が動いた。ヤバい、何か始まる。


「おーい! お前ら、逃げた方がいいぞ!」

「言うの遅ぇんだよ!」


 志音が悪態をつきながらスピードを上げたが、時既に遅し。ジャーンとギターが鳴った。耳を塞いでいるというのに、鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの爆音だった。音圧で空気が揺れたような気すらする。


「うっせえええええ!」


 志音はバイクを停めて頭を抱えている。この後姿には、流石に同情せざるを得なかった。


 第二波に備えて耳が痛くなるほど押さえつけたが、音はなかなか鳴らない。志音も警戒していたようで、私はしばらく、耳を塞いだまま固まっていた。


 いきなり何をしているんだ、あの二人は。しかし、菜華はさっきはギターなんて持っていなかった。つまり、わざわざこの為に呼出したと考えるのが妥当だ。恐らくはあれが彼女のメインウェポンなのだろう。


 恐る恐る振り返る。そこに狼達の姿は無かった。ゆっくりバイクで近づいていくと、たくさんの金貨が地面に落ちていた。


「はぁ……?」

「どういうことだよ、こりゃ」


 私達は事態が飲み込めなかった。とにかくあの音色が狼達をやっつけたのだということはなんとなく察したが、理屈が全く分からない。確かに人間よりもずっと、音には敏感な生き物だと思うけど……。


「よっ。よく連れてきてくれたな」

「こういうことするなら事前に言えよ!」


 岩場から顔を覗かせる知恵に、志音は早速食って掛かる。まぁ気持ちは分からなくもない。


「っつーか、お前も……そりゃなんだよ」

「これ?」

「そのギター以外に何があるんだよ」

「ギブソンのSG」

「ギターの種類を聞いてるんじゃあ無いんだよ」


 志音が気になっていることは私の疑問と合致しているのだろう。少し会話をしただけでやつれる程疲れている様子の志音に代わって、私が尋ねた。


「なんでギターの音だけで狼が……?」

「あれはただの音じゃない。えーとな」


 私の疑問に答えたのは知恵の方だった。知恵のパソコンは菜華のギターを接続できる特別仕様で呼び出しているらしい。そして、バグには基本的に弱点となるセキュリティホールがあり、それを知恵のパソコンで解析する。その弱点を音に置き換えて菜華に伝える。菜華が奏でた音色を知恵のパソコンを通して変換後に出力すると、バグにダメージを与えることができる。ということらしい。


「すごいけど……二人が一緒にいない時はできないじゃん」

「こいつがあたしから離れると思うか?」

「あぁ……」


 すごい説得力だ。絶対に有り得ないとすら思える。ふと、打ち合わせで狼を倒した方法について尋ねたときのことを思い出す。あのときはお互い謙遜し合っているだけだと思っていたが、その認識が間違っていたことがはっきりと分かった。


 知恵の話が長かったので、私達は片手間に金貨を拾っていた。それらを山分けし、時計を確認する。


「あと一回くらいいけるか?」

「微妙なとこだな。一応ターゲットを探してくるから、そっちはまた待機してくれ」

「了解、間に合わなかったら各自その場で戻るってことで」

「そうだな。それがいい」


 志音と知恵が打ち合わせをしている最中、菜華はずっと出力を切った状態でギターを弾いていた。音楽のことは全く分からないけど、多分上手いんだと思う。会話のBGMとしては勿体無いくらいだった。


「あれ、何?」

「え?」


 珍しく菜華が声を発したので、私は内心驚きつつ振り返った。あれは……。


「あれはね、なむろあみえだよ」

「お前頭大丈夫か」


 質問に答えただけなのにこの言われようである。しかし私は何も間違ったことは言っていない。志音だけが私を気の毒そうに見つめていた。


 なむろあみえはドドドドと土煙を上げてこちらに近づいている。私達に気付いているかは分からない。しかしここはひとまず避難すべきだ。私と志音は、知恵に誘導してもらって、登りやすい場所に探り探り手をかける。


 なんとか登り終えて下を見ると、白いTシャツに書かれている文字が読めるくらいまでになむろあみえは近づいていた。


「おい……このバグ、自分でなむろあみえって名乗ってんのか……?」

「キャンユーセレブレイトとか引退するとか言ってたから、なりきってるのは間違いないと思うぞ」

「えぇ……」


 知恵は困ったような顔をして巨体を揺らしながら近づくバグを見つめている。菜華だけが、真面目な顔でバグを睨みつけていた。いつも無表情の彼女にしては珍しく、怒っているように見えなくもない。


「さっき、二人に会う前に遭遇したんだよ。と言っても、戦ったりはしてないんだけどね」

「あぁ。デカい声で騒いでるだけだったから、悲鳴の方を優先して駆けつけたんだ」

「正直、今の今まで出会ったことすら忘れてた」

「お前らなぁ……」


 何かしらの攻撃手段はあるのかもしれないが、私達はそれを見ていない。やたらと大きい声で叫んでいたから、知恵達のように音で攻撃するタイプのバグなのかもしれない。それらを伝えると、知恵は引いた方が懸命だと菜華の腕を引いた。


 バグが近くにいる状態ではリアルに戻ることは出来ない。距離を取ってから、やり過ごして捜索をするか、早めに帰還するか決めようという魂胆だろう。私もそれがいいと思う。しかし、一人だけ、なむろあみえから視線を離そうとしない者がいた。


「これはここで倒す」


 そう、我らがどサドの変人だ。明らかにいつもと様子が違う。知恵の言うことを無視するなんて有り得ないと思っていたのに、菜華は彼女の手を振り解いてギターを構えた。


「知恵。早く」

「だから」

「いいから。聞こえないの?」


 冷たい、あまりに冷た過ぎる目だった。目を合わせたら眼球が凍傷になるんじゃないかってくらい。知恵は弱々しく「はい」と返事をすると、パソコンを具現化して操作を始めた。完全にいつも立場が逆転している。なんかまた見ちゃいけないものを見てる気がする。


「……どーするよ」

「どーするったって……」


 衝撃的な光景に、私と志音は顔を見合わせたが、その時にやっと気付く。振り向くと、狼の群れが迫っていた。私達が登ってきたところは僅かながら足場があるので、身軽なヤツらはそこを足がかりに上を目指そうとしている。慌てて周辺にまきびしをセットして事無きを得た。


 まきびしは二重に呼び出しをしたおかげで、売るほど余っている。どっからでもかかってこい。


「すげぇな、本来の使い方してるところ初めて見た」

「私も自分でそう思ったけど、黙れ」


 私は早速、志音の肩にまきびしを売りつけた。悲鳴は代金として受け取っておくことにする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る