第40話 なお、見なくても聞いただけで泣くとする


「あの二人ヤバくない?」

「あぁやべぇ」

「ちゃんと待機してるのかな」

「あ?」

「だから、ほら」

「アホか」


 私が何を言い淀んだのか、志音はすぐに察したようだ。呆れた声色に苛立つことはなかった。心底そうであって欲しいと思う気持ちの方が強かったからかもしれない。


 私達は志音のアームズに乗って草原を走っていた。さっきもバイクには乗ったけど、あの時とは大違いだ。振動や騒音が無い分、景色と風を存分に楽しむことが出来る。つい、作戦のことを忘れてぼーっとしてしまいそうになる。


「おい、いたぞ」

「はいはい」


 私はコンパスを取り出して現在の座標を空中に表示させ、ディスプレイサイズを最大に設定する。横幅は1メートルちょっとだろうか。大きすぎてかなり読みにくいが、今はそれでいい。さらに存在をアピールすようように腕を伸ばし、思いきり左右に振った。私の頭上では、地図っぽい映像が揺れている。同時に志音がアクセルを噴かしまくる。


 それを見て逃げる集団がいた。金貨の発生源である狼の群れだ。そう、こいつらを上手く誘導するのが私達の役割である。


 ちなみに銀貨は小鳥から入手できると判明したが、空を飛べる生き物を誘導するのは骨が折れるため、今回は狼を優先させることになった。


 BBA知恵袋によると、普通の狼は速くても時速60km前後らしい。バイクを持ってる私達なら追いかけられても、追いかける側になっても、なんとかなりそうということでこうなった。


 知恵と菜華のペアが私達と出会う前の獲得枚数は10枚、その後金貨4枚を二組で山分けしたので、現在は合計12枚所持しているらしい。かなり貯めていると思ったのだが、そうでもなかった。しかし、狼の生態を目の当たりにすると、すぐにその理由が分かった。


 そうだった、こいつら群れで行動するんだ。菜華がどんなアームズを使うか分からないけど、逃げる手段が無い二人にとって、狼と対峙するのは容易ではないだろう。


 結局この狼らしき生き物の正体は分からないままである。いや狼なんだろうけど。でも金貨になるし。攻撃を受けたらその時点でポイントはゼロになると先生は言っていた。つまり、試験用に用意された何かであり、彼らによって命を落とす危険性が無かったとしても、私達にとっては気の抜ける相手ではないということだ。


「てっきり追いかけられるかと思ったけど、逃げるんだね」

「あたしも詳しくないけど、狼って警戒心が強いらしいぞ」

「群れで行動してるし、気が小さそうだよね」

「確かに。とりあえずこれくらいの距離を保って追いかけるぞ」

「ぞ、って言われても。私は後ろに乗ってるだけだし、好きにして」

「あーそうかよ」


 知恵達はもう少し先にある、大きな岩場の上で待機している。岩場の下まで追いつめることができれば、私達の仕事は終了。上手くまとめて群れを移動させることができたし、他に気を付けることは無いはず。


「あおーん!」


 走りながら吠えている。狼があんな風に吠えるのは立ち止まっている時のイメージがあるが、そうでもないのか。他人事のようにバイクの後ろでその光景を眺めていると、右側から不穏な影が近づいてきた。志音は運転に気を取られているからか、まだ気付いていない。


「ちょっと! なんか来るよ!」

「あ?」


 ”黒い何か”としか認識できなかった影だったが、再び視線を向ける頃には何か分かるくらいに近づいていた。狼だ。「遠吠え可愛い」なんて悠長に考えてたけど、もしかして仲間を呼んでいたのか。


「げっ……」

「おいおい、マジかよ」


 志音はチェッカーと、トライクと呼ばれたこのバイクを召喚してしまっている。今どうにかできる可能性があるのは私だけだ。ふと、前回の実習がフラッシュバックする。


 アームズの呼び出しが上手くできなかったせいで、まきびしでどうにかするしかなくなった。雨々先輩が言ってた。もしコアを呼び出していなかったら、バグは私が倒してたって。いつもいつも、私のアームズ呼び出しがアレなばっかりに、誰かにフォローさせて足を引っ張っている気がする。


 あれ。というか、いま気付いた。え、なに? 私、マジで超無能じゃん。あまりの無能さに両手を広げて「ほわぁ~お」と、外人みたいなリアクションをしそうになった。驚きと無力感で頭の中が空っぽだ。雑念すら死んだって感じ。


「ちっ、横からはさすがにやべぇ! 一旦追い込みは中止にして逃げるぞ!」

「……もういいや」

「は?」

「私が合図出したら、こっちに走ってきてる狼の群れに突っ込んで」

「は?」


 志音は「は?」しか言わない。私もおかしい提案をしてる自覚はあるので、さほど腹は立たなかった。


「アームズ! まきびし!」

「はぁ!?」


 志音の後ろに座っていたので顔は見えなかったが、きっとすごい顔をしていたと思う。拝みたかったけど、そうも言ってられない。


「おまっ! この期に及んで!」


 志音が怒るのは無理も無いだろう。そもそも同じアームズの二重呼び出しなんて出来るのか、そこから疑問だった。だけどこうして上手くいってくれたので、結果オーライだ。


 アームズのレベルはリンクの回数や時間で上がる。志音と凪先生は以前そんなこと言っていた。その言葉を信じてまきびしを呼び出した私は、既にあることを確信し、ほっとしていた。いま呼び出したまきびしの10個くらいは私の意のままに空中を動かすことができる。前回の実習でバグオークを退けた時よりも、数時間前に呼び出したまきびしは動きが機敏だった。つまり今回はもっと……。


「行くよ! っていうか行け!」

「……なんかあったら責任取れよ!?」


 そう言って志音はハンドルを切り、4匹の狼の間に突っ込んで行った。私は手を前に掲げ、動かせるまきびしを前に飛ばす。狙うは狼の両目だ。


「キャイン!」

「外道かよ」

「これ以外どうしろって言うのよ!」


 情けない声を上げて、前列二匹の狼は金貨に姿を変えた。志音と言い争いながらも、続けざまに後ろの狼を狙う。


「キャン!」


 一匹は仕留めた。まだ動かせるそれには余裕があるので、知恵達と対峙した時のように、金貨の回収に向かわせる。自分でも驚く程冴えていた。元々追っていた群れに引き離されないようにする為には、効率良く回収作業までを完了させなければならないのだ。


「後はアンタだけだ!」

「急げ! 近いぞ!」


 2つのまきびしを狼の両目目掛けて全速力で飛ばす。しかし、何かの段差にハンドルを取られ、一瞬の隙が生じた。


「うわっ!?」

「っぶねぇ!」


 野生の生き物がそんな好機を見逃すわけが無い。こちらの小さなトラブルを察知すると、狼はここぞとばかりに口を開けて突進してきた。予想外の動きだ。これじゃ正確に目を狙えない。私はとっさにまきびしを狼の口の中にブチ込んだ。


「うわっ……」


 狼の体の構造なんて分からないけど、とにかく体内で縦横無尽に動かしまくる。転げ回る狼を見て、私は勝利を確信した。回収を終えたまきびしを追加でぶつけて、最期のダメ押しだ。


 狼は声を上げる間もなく姿を消し、彼がいたところには金貨だけが残された。バイクから降りるのも面倒なので、まきびしでそれを回収すると志音の髪を掴んで言った。


「ほら、行こ」

「お、おう……」


 志音がかなり引いているのを感じるが、こればかりは仕方が無い。えぐいだの酷いだの言っていたら、こっちが失格になるのだ。


「知恵が見たら泣きそう」

「それは思った」


 志音からチェッカーを受け取って金貨を通す。私達は急いで、追い込んでいた狼の群れの後をつけた。

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