第39話 なお、フォローする方がいたたまれないとする


 知恵が泣き終わるのを待って、私はもう一つの疑問について尋ねてみる。こいつらの周りに金貨が落ちていた理由も、それを突き止めた方法も分かった。だけど、狼をどうやって倒したかについては語られなかった。悲鳴を聞いて10分後には駆けつけたと思う。つまり、こいつらはたった数分で狼の群れを何かしらの方法で片付けたことになるのだ。


「あー……それについては説明が面倒だから省きたいんだけど、まぁ簡単に言うと菜華のアームズのおかげだよ」

「違う。知恵は嘘を言っている。倒せたのは知恵のおかげ」

「めんどくせーから謙遜し合うな」


 志音がぴしゃりとそう言っても、二人共なかなか譲らなかった。良くわからないけど、両者心の底から思ったことを口にしているようだ。事情を汲み取ろうと二人の顔を交互に見ていると、知恵が言った。


「まぁなんだ。とりあえず、これがお前らの取り分な」


 話を逸らすように私達に金貨を差し出したのだ。一枚奪っておいて言うのも何だけど、今回は二人が倒したんだから、これはそっちが懐に収めるべきでは? そう思ったが、気付いたら受け取っていた。


「お前……遠慮とか知らないのかよ……」

「私もしようと思ったんだけど、なんかつい手が伸びちゃった」

「確かに今回やったのはあたしらだけど、遠慮すんな。これから協力するんだ、そいつはその証みたいなもんだよ」


 二人の気が変わる前に、私は志音に金貨を渡して、チェッカーに通させた。なんとなく、知恵はおばあさんになったらオレオレ詐欺に遭いそうだと思ったけど、黙っておいた。


「ま、ここまでの話は大体そんなもんかな。で、こっからはこれからの話だ」


 そう言って手を差し出された。意味がわからないまま、とりあえず私は手を重ねてみる。


「なんでだよ! シャルウィーダンス的な解釈すんなよ!」

「え? じゃあなんなの?」

「カードだよ、ダウジング用素材の。パソコンで解析してみようぜ」


 そういうことか。私は急いでポーチから出して手渡した。そう、もう時間が無いんだ。知恵はカードの裏表を確かめると、リーダーにセットした。そして何やらキーボードを叩いている。一体どうなるんだろう。


「よし、これでいい。解析には少し時間がかかる。あたしの予測では、銀貨も何かしらの動物が所持している可能性が高いと思うんだけどな」

「きっとそう、いや、絶対そう。知恵がそう言うならそういうことにさせる」


 誰かあのヤバいイエスマンを黙らせろ。菜華なら例え知恵の見立てが間違っていたとしても、動物に銀貨を埋め込むくらいしそうで怖い。私は恐ろしい妄想をかき消すように口を開いた。


「金貨は狼だったんだよね? 他に金貨を持ってる動物はいないの?」

「それが居ないんだ。多分、硬貨を所持してる動物がそれぞれ決まってんじゃねーかな」

「モグラだとしたら厄介だな」

「はぁ? なんでいきなりモグラなんだよ」


 知恵は眉間に皺を寄せていたが、私には志音がそう言った意味がわかる。恐らく、一枚目の銀貨を見つけた時のシチュエーションのせいだろう。


「実はね、一枚目の銀貨、土の中に埋まってたんだ」

「うわ、マジかよ」

「それは……大変そう……」

「金貨が土に埋まってたこと、ある?」


「はっきり言うぞ。無い」

「だと思った」


 その時、パソコンからポーンと音が鳴った。恐らく何かの通知音だろう。やっとか! そう言いながら知恵はあるサイトを開いた。そう、BBA知恵袋だ。


「回答ついてるぞ」

「回答が解析結果なのか」

「そうだ。あたしの質問に答える形で吐き出されるようになってる」

「自分で作ったシステムから返答もらって喜ぶって、友達いない奴みたいだね」

「お前またあたしのこと泣かせたいのかよ」


 それは御免被る。だってあんた泣いたら10分はぎゃん泣きするじゃん。うるさいから嫌。しかしそれを伝えるとまた面倒なことになりそうだったので、回答を教えて欲しいと言ってはぐらかした。


「えーと……うわ」

「どうしたの?」

「銀貨は小鳥を倒すと手に入る、だってよ」


 志音はあからさまに嫌そうな顔をした。うん、分かる。飛ぶヤツはさすがに面倒だよね。私はその表情に同意するように頷いた。


「なるほどな……あたしらが最初に見つけた銀貨は他の動物、それこそ狼とか、そういう習性がある動物が埋めたのかもな」

「とりあえずターゲットは小鳥と狼、か」

「硬貨になる前の生き物にもダウジングに反応するのかな」

「森にいた時はどうだったんだ? 小鳥くらいいたと思うけど」

「あの時はまさか小鳥がそうだなんて思わなかったし……」

「ほんの僅かだけど、ちゃんと反応するぞ。鳥だとなかなか引っかから無さそうだけどな」

「そっか、次から気をつけてみる」


 そこまで言って気がついた。知恵は今後、動物を狩れるのだろうか。とりあえずは気が済むまで泣かせて満足した菜華が、「恐らくアレはプログラムされた何か」と説得して事なきを得たが……。もしその説が外れたとはっきりしたとき、こいつはまた人目も憚らず泣くと思う。そして今回よりも宥めるのが面倒だと思う。正直、その現場には立ち会いたくない。


「そのパソコンで金貨の位置を探ることはできないのか?」

「座標を割り出すのは無理だったけど、一応リーダーの一部をダウジング用の素材で呼び出してるから、近くまで行ったら反応するぞ」

「へぇ。結構考えてるんだな」

「お前、あたしのことアホだと思ってるだろ」

「実質学年最下位だろ」

「否定しろよ!」


 ヤンキー共から少し目を離すと、喧嘩が勃発するのはどうにかならないのか。これじゃおちおち考え事も出来やしない。私は志音の頬にまきびしを移動させながら警告した。


「静かにして」

「……わかったからそれやめろ」


 とりあえず収まったようなので具現化を解除する。知恵はこの世のものとは思えないものを見る目で私達を見ていた。

 え、何?


「今の、一歩間違ったら刺さってただろ……」

「っていうかこいつは既に何度かあたしにまきびしをぶつけたりしてるぞ。さっき金貨を拾う時も刺されたし」

「えぇ……」


 知恵が送っていた志音への視線が、みるみるうちに怒りから同情に変わっていく。そして私と目を合わせると、気まずそうな何とも言えない顔をした。どこかで見たことがある表情だ。そうだ、菜華に怒られた時の顔に似てる。私がそんなに怖いか。


「そういえば、私のアームズのこと、前回の実習で随分面白おかしくいじってたよね」

「!? そ、それは、ちげーし! その、ちげーから!」

「何が? 後ろの席に座ってたから全部聞こえてたよ?」

「えっ」

「覚悟しとけ。マジで痛いぞ」


 逃げ場を失ったと悟った知恵は言葉を失った。泣かれるとアレだし、そろそろやめるか。そう思った矢先の出来事だった。


「知恵は痛いの好きだから大丈夫だよ」

「えっ……?」


 なんか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。知恵は慌てて否定しているが、私達の耳には届かなかった。えーと……。


「ま、その、なんだ、ほら、な?」

「う、うん。そういうこともあるよね」


 もう自分でも何を言ってるのか、全くわからない。そういうことなんてあってたまるか。噂話が好きな連中は、私達のことなんかよりもこの二人にクローズアップすべきだと思う。


 すぐにでも捜索に行かなければいけないはずなのに、私達はしばらく動けずにいた。

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