第38話 なお、わざとじゃない方がタチが悪いとする


 私達は地面に落ちていた三枚の金貨を回収すると、とりあえず人目につかないところに移動することにした。日差しも強ければ、バグに狙われる危険性もある。あんなところに突っ立っていても良い事なんて一つもないのだ。


 そうして志音の提案で、近くにあった岩場の日陰の部分に座っている。私達が四人とも力士でちゃんこを囲もうとしたら厳しかった、というくらいの広さである。つまり、そこまで広々とはしていないが、現状十分な広さだ。


「人を名字で呼ぶのは好きじゃねーんだ、名前で呼ばせてもらうよ」

「えっ」

「ダメなのか?」


 座ったと思ったらいきなりすごい提案をされた。

 私を? 名前で呼ぶ? 正気か?


「いいけど……私、親にすら名前で呼ばれてないよ? もしかしたら今まで一度も無いかも」

「親にすら名前呼ばれないってどーゆー家庭だよ?!」

「待って、知恵。人それぞれ様々な家庭環境がある、ご両親が亡くなった家庭も」

「生きとるわ」


 つい似非関西弁を使って否定してしまった。勝手に人の親を殺すな。父が私を最後に呼んだのなんていつか覚えていないくらい昔で、母は私をむーちゃんと呼ぶ。それだけだ。だけどその呼び名を教えたら、また志音あたりが過呼吸になりそうだから黙っておく。


「夢幻」

「は?」

「っていうんだぞ、こいつの名前」


 突然、志音に下の名前で呼ばれたと思って振り返ったら違った。ただの紹介かい。1振り向きの首の稼動、10°毎に3000円払って欲しい。90°くらい動かしたから30000円近くここに置いてけ。


「あぁ、変な名前だと思ってたから覚えてんぜ」

「今の言い方は悪意しかなかったよね」

「しかもまきびしだしなー」

「ねぇ志音、このヤンキー無理なんだけど」

「分かったから仲良くしろ」


 こめかみをピクピクさせながら、苦情を入れたものの一蹴されてしまった。いちいちに癇に障るヤンキーだ。なんとか制裁を入れられないかと思っていたところに、意外な助け舟が出た。


「っつかあたしらの名前をいじって笑ってられるほど、まともな名前してねーだろ」


 そう言って志音は鼻で笑った。菜華さんは「確かに」と頷いている。少し考えてやっと理解した。知恵だけじゃない、この二人、両方ともヤバい。


「おっちね……とっととなけ……こわ……」

「名字を見ると札井が一番まともに見えてくるな」

「まぁ名字だけじゃなく人間性を見ても、というかありとあらゆる全てが、私が一番まともであるという事実を指し示しているんだけどね?」

「さて、時間が無いから、早速捜索の話に移るぞ」

「聞けや!!」


 赤毛チビめ……私の主張をスルーするとは何事。しかし時間が無いのは事実だ。この二人に聞きたいことは山ほどある。


「あの金貨は何?」

「待てよ。それを説明するにはあたしらがどんなダウジングをしたか、そこから説明する必要がある」

「随分もったいぶるな」


 しかし知恵の言うとおり、そこもきちんと聞いておきたい。家森さん達には色々と聞く前に逃げてきてしまったから、私達のやり方が理にかなったものなのか、未だに判断できないのだ。


「あたしのアームズはパソコンなんだけど、」

「え? 菜華のアームズがか?」

「あたしだっつの、話の腰折るな。それでな」

「知恵は違うでしょ? キャラじゃないし」

「なんだと!?」

「パソコンのケースを鎧みたいに着てるんじゃね?」

「なるほどね。ダンボーみたいで可愛いね」

「違ぇよ! そんな使い方すんならパソコンである必要がねーだろ!」


 私達の追求を見兼ねてか、ここで菜華が口を出した。


「二人の気持ちは分かるけど、知恵はこう見えてパソコンとかが得意」

「お前も”こう見えて”とか言ってんじゃねーよ!」


 フォローしたつもりなんだろうけど、全くフォローになっていない。しかしパソコンが得意というのは確かに意外だ。それならそのアームズも頷ける。どうやって戦うのか、全く想像がつかないけど。


「それならこっちじゃなくて情報処理科に入った方が良かったんじゃねーの?」

「うっせー! 人の進路にケチつけんな! お前らと話してると話が進まねー!」


 そう言って、知恵はアームズを具現化した。説明が面倒になったのだろう、実際に見せてくれるようだ。呼び出されたのはノートパソコンだった。


「普通のパソコンだよね?」

「こっからだ、見てろ」


 ノートパソコンを開くと、ディスプレイにはBBA知恵袋というサイトが映っていた。これ、サイト名はちょっと違うけど、いわゆる”知恵袋”だよね。「ちょうど知りたかったことを質問してる人がいる!」とルンルンでベストアンサーを見たら何の解決にもなってない回答が羅列されている、あの知恵袋だよね。


「いいか、よく見ろ」


 Q.金貨はどうやったら手に入りますか?

 A.金貨は狼を倒すと手に入ります


 やだ、BBAったら有能。……いやいや、なんだこれ。

 完全に理解の範疇を超えた光景に圧倒され、助けを求めるように志音を見た。


「なんだこれ」


 いやそうだよね、あんたもそう思うよね。

 私達は思考を停止させたまま、ディスプレイをただ眺めていた。


「まぁこういうことだ」

「どういうことだよ」

「だぁから、あたしはダウジングカードを使ってパソコンを呼び出したんだ。そうしたらパソコンが金貨の入手法を教えてくれたってワケ」


 そんなのありか。バイクで駆けずり回って必死でまきびしで銀貨を集めていた自分たちが滑稽に思えてくる。


「そんなことってあるか? 普通はパソコンの材質がダウジング用の金属に変わって終わりだろ」

「わかってねぇなぁ」


 得意げにそう言うと、知恵はUSBで繋がっている端末を指差した。確かにさっきから何か刺さっているなぁとは思っていたが、これがなんだと言うんだろう。カードを挿せるようになっているみたいだけど。


「厳密に言うと、このパソコンに刺さってる端末がダウジング用に呼び出したアームズだ」

「つまり、パソコンと端末、2つを呼び出したから、もう知恵はアームズの呼び出しが出来ないってこと?」

「そうだ。この端末にダウジング用素材のカードを挿すと、パソコンがそれを読み込んであたしらに情報を吐き出してくれるってワケだ」


 便利過ぎる。

 あまりのチートさに吐き気すらする。


「端末と一体化して呼び出しても良かったんだが、そうしなかったことには理由がある」

「理由? アームズの枠を一つ残しておいた方が良かったと思うけど」

「それ以上の意味があんだよ。パソコンはその状況に合わせて仕様を変えて呼び出してるんだ。要するに、イメージしなきゃいけないことがその都度変わって、その内容は多岐に渡るってことだ」

「うん、で?」

「端末は別個で詳細にイメージしたかったからな。一体化して呼び出しても上手くいった可能性はあるが、大事を取って分けたんだ」

「詳細にイメージって、分けてまで何をしたの?」


 菜華は真面目な顔をして話す知恵を見てニコニコしている。既に知っている情報だからまともに聞く必要が無いのかもしれないけど、なんか気が散るから止めて欲しい。授業参観の母親みたいだ。


「あたしらの持ってる金貨用のカードだけじゃなくて、全種類のカードを読み込めるようにイメージしたんだ」


 私と志音は顔を見合わせた。

 それってつまり……。


「じゃあ、私達の持ってるカードを挿せば……?」

「あぁ、金貨だけじゃなくて銀貨の場所や入手方法が分かるはずだ」


 ここまで聞くと、私は遂に口元を押さえて下を向いた。

 心配そうに志音が私の背中をさする。


「おい!? 大丈夫か!?」

「だ、大丈夫……便利過ぎて吐きそうなだけ……」

「マジで心配する必要無かったじゃねーか」


 それきり志音は体を離したが、入れ替わるように菜華が私の背中をさすり続けてくれた。変人だけど、基本的に悪い人ではない気がする。バイクで登場したときだって、一緒に遊ぼうとしてくれたし。

 私は彼女を盗み見ると、スペックの高さに改めて感嘆した。


 すらりと伸びた手足に小さな顔、ちょうど肩甲骨を覆うくらいまで伸ばされた黒髪。若干ぼんやりとしてる印象を受けるものの、見方によってはこの世の全てに無関心でいる、クールな美少女に見えなくもない。系統は違うものの、雨々先輩と比べても引けを取らない美女だ。井森さんや知恵の反応から推察するに、勉強もできるはず。


 だから誰がこんな完璧超人作れっつったんだよ。八つ当たりするようにカミサマにクレームを入れたくなる。いや、中身は超がつく変人だからプラスマイナスゼロなのかもしれないけど。


「まぁ話は分かったろ? それであたしらは狼を探してフラフラとこんなとこまでやってきたんだ」

「狼って、じゃあ倒したのはバグじゃないのか?」

「あ……?」

「志音、待って。知恵の頭がパンクしかけてる」

「キャパ少なすぎだろ」


 志音の質問のどこに混乱する余地があったのかは分からないが、知恵は俯いて黙っている。覗き込むと今にも泣きそうな顔をしていた。

 いきなりどうした。


「あたし……あいつらのこと……バグだと思って……」

「うん」

「あいつら……ただの狼だったのか……? あたしはそいつらを……」

「知恵……」


 菜華は知恵の頭を自分の胸に持っていき、そっと抱きしめている。

 なにこれ。

 ねぇ帰っていい?


 ふと志音を見ると、眉間に皺を寄せていた。というか多分私も同じ顔をしてると思う。こちらの視線に気付くと、「私はしないからな」と釘を刺された。

 は? 誰がして欲しいって言った?

 物理的に釘刺すぞコラ。


「でもさ、倒したら金貨が出てきたってことは、ただの狼じゃないことは確かだよ。間違ったことはしてないんじゃないかな」


 フォローになっているか分からないが、このまま落ち込まれていても面倒なので、励ましてみる。おい、あんたもなんか言え。睨みつけると意図を理解したようで、志音も口を開いた。


「まぁただの狼じゃなかったとしても、そいつらがここで生きていたことには変わりないがな。どっかでその狼の子供達が、母さん達の帰りを腹を空かせて待ってるかもな」

「う、うわぁああ!!」

「フォローしろっつってんだよ!」


 立ち上がり、志音の頭をグーで殴る。もちろん手加減は無しだ。

 いでっ、なんて言ってるけど、こいつ絶対反省してない。


「何? なんなの? なんでわざと泣かせてんの? あんたサドがなんか?」

「いや……そういうワケじゃないけど……なんか泣かせたくなるだろ、あいつ」


 お前はいじめっ子か。呆れていると隣から志音を呼ぶ声がした。菜華だ。私は当事者ではないが、振り返るのが怖い。一瞬で喉がからからに乾いた。こんなに溺愛している相方を泣かされたのだ。

 知恵は”連帯責任”とかいう言葉を使うくらいだし、それに則って私まで粛正されてしまうかもしれない。しかし無視する訳にもいかない。岩場の中で反響する知恵の泣き声をBGMに、意を決して振り返った。


「わかる」


 何故か菜華は志音にサムズアップをしながら、至極真面目な表情でそう言った。なんだこいつ。呆気に取られていると、こともあろうに菜華は知恵の耳元で囁いた。

 抱き締めながら顔を近づけているからなんか怪しい現場に見えなくもないが、囁かれているのはどちらかと言うと愛ではなく呪詛だった。


「大丈夫、弱い者は死ぬ。これは自然の摂理。子の為に狩りに出た母が死のうが、母の帰りを待ち続ける子が餓死しようが、仕方のないこと」


 当然だが知恵の泣き声はより一層大きくなる。

 いい加減耳を塞ぎたい。


「そうだな。お前は悪くない。それに餓死するとは決まってないだろ?」

「ふぇ……? ほ、ほんとうか……?」

「餓死する前に他の動物に食われる可能性だってあるだろ。守ってくれる母さんが死んじまってんだから」

「うわああああああ!」


 もう我慢の限界だった。


「いい加減にして! 二人とも知恵に悲しいことを吹き込まないで! うるさいでしょ!」

「う、うるさいって……ひでぇよ……ああああああ!」

「!?」


 私の一言を聞いて知恵の泣き声はマックスに達した。

 いや、泣かせるつもりは無かったんだけど……あれ……。


 知恵の横に移動し、菜華が私にしてくれたように、背中をさすった。どうしてこんなことに。ふと見ると、アホンダラ二人が私に向かって親指を上にあげていた。


「わざとじゃねぇよ!」


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