第37話 なお、慌てるような時間とする


「バグ、倒せたのか……」


 倒した……?

 さっき悲鳴をあげて騒いでた奴が……?


「そーか……お前ら、あたしの悲鳴聞いて飛んできたのか。ムカつく連中だと思ってたけど、案外いいとこあんじゃん」

「あんたが志音に腹立てるのは勝手だけど思い返してみて。私は本当に何もしてないから」

「連帯責任だろ」


 クソみたいな体育教師か、こいつは。そっちがその気なら言わせてもらおう。こんな扱いを受けて黙っているなんて、気が済まない。


「あのさ」

「なんだ?」

「簡単に解決できるならいちいち叫ばずに粛々と処理して」

「あ、あー……騒いだのは悪かったよ、ちょっと数が多くてビビったんだ」


 数が……? 周囲を見ても、これまでと同じような岩場が続いている。やたらめったらにバグの襲撃を受ける私達ですら、二体同時に襲われるという経験はまだしていない。数が多いという言い回しから、少なくとも三体くらいは出てそうだ。


「そんなのに襲われて災難だったな」

「は? なんでだ?」


 ここで聞き返されると思ってなかったのか、流石の志音も言葉に詰まる。変人がヤンキーの発言を咎めるように、低い声で「知恵」と名前を呼んだ。てっきり反論でもするかと思ったが、びくっと体を硬直させたあと、静かに俯いてしまった。

 怖い。これだから変人は嫌なんだ。私は今まで以上に彼女を警戒するようになった。


 複数のバグに襲われたらしいということ、詳細を語りたがらない二人。

 なんか引っかかる。


 この違和感の正体を探る為に、何気なく辺りを観察してみた。すると、地面で何かが輝いていた。陽の光を反射させているようだ。太陽に照らされた岩肌を詩的に表現してるのではなく、本当に小さな何かが黄金に輝いている。


「志音! バイク出して! こいつらの後ろ!」

「あ!?」

「早くしろ!」


 考えるよりも先に口が動いていた。

 そして催促よりも先に志音の頭にまきびしが刺さっていた。


「いってえぇぇ!! ったくなんだよ!」


 アクセルを開けて急発進すると、すれすれで二人組の隣を通り過ぎる。

 ここからは私の仕事だ。


 太陽の光を反射して輝いているそれとの距離は急激に縮まっている。すれ違う瞬間、狙いを定めて勢い良くまきびしをぶつけた。宙に浮いたそれを、残りの2つのまきびしで挟んで確保する。捜索で扱いに慣れてきたせいか、イメージ通りにそれらを操るのは難しくなかった。


「オッケー! 停めていいよ!」

「お、おう!」


 そして、ブレーキをかけたバイクは土煙とけたたましい轟音を上げながら綺麗に反転し、件のペアと対峙するように向き合う。志音とヤンキーは睨み合っているようだ。その隙に、挟んだものを手のひらの上に落とす。


「……金貨じゃん!」

「はぁ!?」

「ちっ……! ここに落ちてる金貨はあたしらのモンだぞ!」

「どういうことだ?」


 珍しく志音の察しが悪い。代わりと言ってはなんだが、私はヤンキーの言葉の意味を瞬時に理解した。この金貨は本来、こいつらにこそ手にする権利がある。はずだ。周りくどい会話は面倒なので、一気に核心に迫った聞き方をしてみる。


「もしかして、バグを倒したら金貨が現れたんじゃない?」


 スライムはやくそうを落とした! 的な。そう考えたらさっきのヤンキーのちぐはぐなリアクションにも納得がいく。「なんで災難なんだ、金貨が手に入るんだぞ」そんな風に思っていたとしたら。それを私達に知られたくなくて、菜華は慌てて知恵を諌めたとしたら。流れとしては矛盾が無いように思える。


「ちっ……」


 どうやら正解のようだ。二人の反応が全てを物語っていた。しかしそんなにぼんやりしていていいのだろうか。こちらはバイクだ、その気になれば今しがた見せたように、金貨の回収など容易い。私がヤンキーなら、一枚でも多く奪われないように、金貨を集めてチェッカーに入れる。


「……なぁ。手、組まないか」


 耳がおかしくなったのかと思った。手を組む? 先日のやり取りで私達を敵視していたのはそっちだ。それがなんで突然協力なんて言い出すんだ。またヤンキーの勝手な発言なんだろうと、変人の方を見ると、彼女は何かを噛み締めるように頷いていた。子供の成長を見守る母親のような意味不明な仕草やめろ。


「は、はぁ……? どういう風の吹き回しだよ」


 志音は思いっきり警戒していた。正しい反応だと思う。私も声には出さないものの、警戒どころかどん引きしている。


「思ってたよりもいい奴らだから」

「助けにきたことを言ってんのか?」

「あぁ。ただ来てくれただけじゃない、崖から飛んで、危険を冒してまで来てくれた」

「……」


 嫌われる原因を作ったのも志音だけど、見直されるきっかけを作ったのもこいつだ。結局あのヤンキーはチームではなく個人を認めているだけ。もちろん、知恵って奴は志音が単独であのルートを決めたとは思ってなさそうだけど。

 とりあえずやぶ蛇っぽいので、そのあたりは黙っておいた方が良さそう。


「知恵がそう言うなら私からもお願いしたい。上手く協力すれば上位に食いこめるはず。まだ1時間以上ある、大丈夫」


 ”上位に食い込む”程度の働きであのヤンキーが満足してくれるのかは分からない。当然、実習トップ且つ副賞狙いで金貨を選んだだろうし。まぁ、バグを倒して金貨をGETなんてRPGみたいなことをしてるんだから、既にかなりの枚数を溜め込んでそうだけど。


「もちろん、情報は共有するぞ。面倒が起きないように言う。あたしがお前らと組みたいと思ったのはそのアームズの機動力と、ターゲットの硬貨が金貨じゃないこと、あといい奴そうだからって理由からだ」

「なんで金貨じゃないって分かるの?」

「お前が金貨のダウジングカードを持ってたら、わざわざまきびしをぶつけて浮かせて挟むなんてことをせずに、そのままくっつければ良かったろ。それをしないのは材質が違うからだ。どーせアームズの呼び出しが苦手なお前がダウジング装置の担当だろ? あたしが相方ならまきびしでダウジングさせる」

「文字に起こしたら”めっちゃ早口で言ってそう”って言われてそう」

「てめぇぶっ殺すぞ!」


 茶化したものの、まさかこの一瞬でそこまで分析されているとは。もうちょっとアホだと思ってたから、正直驚いた。きっと志音も同じような感想を抱いたのだろう。

 目を見開いてヤンキーを見たあと、笑みを零した。


「……なるほど。ま、いいんじゃねぇの。ちなみにあたしらのターゲットは銀貨だ」

「そうかよ。あたしらは見て分かると思うけど、金貨だ」


 あぁやっぱり、そう思った。ダイブする前に志音とした会話を思い出す。成績が崖っぷちなこいつらは知恵は金を選ぼうとする、と。この様子だと菜華の方はダウジング素材のカード選定には口出しをしなかったようだ。いや、思うところが何も無かったワケじゃないと思う。「知恵が何を選んでも知恵の望む結果を私が出せばいいだけ」、そんな風に考えていそう。


「どうすんの?」

「組むしかねーだろ。なんだってやるって気持ちでデッドラインを越えたんだ。嫌なのか?」

「まさか。確かに私達のアームズを組み合わせれば、周囲の探索はかなり正確にできると思う」


 そう、丁寧に探索するだけでは足りないのだ。時間は有限なのだから。家森&井森ペアから告げられた獲得枚数は、想像以上に私達を焦らせ、危険な道へと駆り立てている。だけどもう後戻りは出来ない。私の心は既に決まっていた。


「あの二人は私達の知らないことを知っている。あと一時間半、時間は有効に使いたい」

「あぁ」

「ここは一時休戦にするしかないんじゃない?」

「決まりだな」


 私達の会話を聞いていたヤンキーは嬉しそうに、屈託なく笑った。ちなみに、変人は慌ててポケットを弄って、「無い……無い……」と呟いている。多分だけどスマホを探してるんだと思う。ここがリアルだったら、ヤンキーは笑顔を無音カメラで激写されてたんだろうな。しかも連写で。

 スマホが無い事に気付くと、菜華は真っ白に燃え尽きていた。気持ちは分かるけど、私達についても何かリアクションして。仲間が増えたことに何かしらの感情を抱いて。


「んじゃまー、自己紹介といくか。あたしはおつ知恵ちえだ」

「スマホ……」

「何言ってんだ。菜華、ちゃんと自己紹介しろ」

「……鳥調とっとと菜華さいか。よろしく」

「とっとと……うん、まぁ、よろしくね」

「おう、よろしくな」


 互いに握手を交わす。最初はどうしょうもない連中だと思っていたけど、複数のバグを倒したり、敵対していた私達を仲間に引き入れるような大胆な方針転換をしたり、一瞬でこちらの手の内を見透かしたり、知恵は勉強が出来ないだけでバカではない気がした。

 菜華の方はなんていうか、うん、どうしょうもない。


 仲間なんていらないと思っていたくせに、いざできてみると心強い。

 これから最後のラストスパートをかけよう。時間はある。

 まだ慌てるような時間じゃない。


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