第36話 なお、永遠ていう言葉なんて知らなかったとする
「いま何時?」
「1時だな」
「普通そこはそーねだいたいねー、でしょ? 信じらんない」
「理不尽にも程があるだろ」
しかし1時か。リアルに戻るまで、まだ2時間の猶予がある。余程の異常事態が無い限り、真面目な生徒はまだ探索をしてる筈だ。家森さん達と出会ってからは誰とも遭遇していないが、安全保障地帯の捜索を早々に諦めてデッドラインを超える酔狂な真似をする生徒が大勢いるとは考えにくいので、当然と言えば当然だった。もちろんバグに遭遇する危険は付き纏うが、いまの私は非常に機嫌が良かった。
「14枚、か」
おそらく最下位は免れただろう。そう、危険を犯した分、収穫が多かったのが上機嫌の理由だ。志音は相変わらず顔色一つ変えずに淡々としているけど、内心嬉しいに違いない。心なしか、バイクの運転にも余裕が出てきたように感じる。
「ばおーー!」
「もう、志音ったら。嬉しいからってそんな奇声あげないで」
「どう考えてもあたしじゃねーだろ! 前見ろ!」
「あんたの背中しか見えないけど」
「ああぁぁぁ」
志音は苛立ったように、バイクの後輪を滑らせドリフトさせた。
「これで見えんだろ!」
確かにこれなら、見ろと言っていた方角がよく見える。
私はそれを一瞥すると、視界に入らなかったことにした。
「あのさ、あっちの方は探索したっけ?」
「見なかったことにすんなよ!」
「いやあれは無理でしょ、不可能でしょ」
私達が見たのは今までで一番手強そうな敵だった。熊のような、いや、熊二頭を並べたような、横にも縦にも大きな巨体を揺らして奇声を発している生き物。驚く事に人型である。初めて見た。
ぼさぼさの長い髪をベタベタと撫でつけ、たまにクネクネしている。はっきり言ってかなり気持ち悪い。気色悪い、不気味。
人型バグは、授業では攻撃しにくいタイプのバグの例として挙げられていた。私が人でなしなんだろうか。見た目もさる事ながら、着ていてるTシャツのせいで全く配慮する気になれない。
「なぁ……あのTシャツ、なんなんだ?」
「私に聞かれても……まぁ、その通りなんじゃないの……?」
「なむろあみえ……」
白いTシャツには筆のような文字で、ひらがなで”なむろあみえ”と大きく書かれていた。きっと二人共、脳裏に同じ言葉が浮かんだ筈だ。
烏滸がましい。もうその一言に尽きる。
私達のテストのメインは硬貨探し。あいつと戦わない理由はそれだけに留まらない。攻撃を受けたら即失格。私達が最も恐れるのはここだ。今までの苦労が全て水の泡になってしまうなんて辛すぎる。想像するだけ志音の脛を蹴り飛ばしてしまいそうになる。
「奇声を発するだけでこっちには向かってこなさそうだな」
「じゃあほっとこ」
距離を取って迂回しようとすると、なむろあみえは突然大声で歌い出した。
「きゃんゆせれぶれいとーーー!!」
「あぁ!? 誰がしたがるんだよ! あいつの頭叩かないと気が済まない! 志音、戻って!」
あまりのアレさにキレると「無茶言うな! 我慢しろ!」と叱られてしまった。何故私が怒られなければいけないのだ。本当に腑に落ちない。むすっとしているとカリスマ気取りのバグはまた口を開いた。もうかなり離れたはずなのに、爆音で喚いているせいか声が届いてしまう。せめて小声でぼそぼそ喋っててくれてたら良かったのに。
「私、引退します……!」
「まずデビューできねぇよ!」
「ちょっと! ちゃんと前見て運転してよ!」
駄目だ、相手にしない方がいいと分かっていても二人共冷静になれない。
もうこれは倒してしまった方が手っ取り早いのでは?
「うわぁーーー!!」
遠くで叫び声が聞こえた。
志音は言うより早く、そちらにハンドルを切った。
「ったく! 今度はなんだよ!」
「助けに行くの!?」
「さすがに悲鳴が聞こえたのに、放置はできないだろ!」
「そりゃそうだけど……」
そうなんだ……私、わりと普通に放置する気満々だった……。
こういうところが人間力が低いと言われる所以なのかも……。
志音は急ごうと最短距離を走った。なむろあみえが少し、いや大分気になるが、他に意識を集中できるものが見つかったのは嬉しい誤算と言えるだろう。多少の悪路は仕方がない。衝撃で舌を噛みそうになるが、それらは我慢した。
だけど、待て。
それは待て。
志音は声のした方へ、一直線にバイクを走らせる。
声はこの先の崖の下から聞こえてきた。
お分かりだろうか。
そんなに高い崖ではないはず。それにしたって、ただのバイクがその衝撃に耐えられるか? ふと、曲芸的なジャンプをするバイク競技のことを思い出した。
しかし、素人目に見ても、あれらと私達が跨っているものでは、負荷や衝撃が全く異なる気がする。
「ちょっと! まわり道してよ!」
「我慢しろ! 飛ぶぞ!」
「あぁ!?」
ガタゴトとそれはもう盛大な音をあげて突き進んでいたトライクと呼ばれた乗り物だったが、その轟音がまるで嘘のように突然消えた。
簡単な話だ、つまり硬い岩などを含んだ地面と接しなくなったのだ。
「ちょっ!!? ああぁぁぁぁ!!」
暫しの浮遊感の後、バイクは止まっていた。多分着地の衝撃はとんでもなかったと思うんだけど、なんか叫んでたら終わってた。
「あれ……?」
「うを!? なんだよ急に!?」
「今のは流石にビックリした……」
「あーと……」
とりあえず崖からジャンプしたのはもういい。生きてるし。それよりも異常なのは周りの環境だ。ヤンキーと変人が丸腰で突っ立っている。他には何もない。おかしい……そう言うように何度も周りをキョロキョロと見渡してみる。
「もしかして、バグ探してんのか?」
「それはもう私達が倒した」
「そそ、もう終わってんよ。何しに来たんだよ」
「えーと……遊びに?」
気の利いた事が言えず、つい意味不明なことを口走ってしまった。知恵と呼ばれているヤンキーはこちらに白い視線を送ってくるが、変人の菜華の方は屈んで何かを拾っている。
石……?
「何してんの?」
「? 遊びに来たと言っていたので、道具になりそうなものを集めていた」
「……」
はっきり言う。
私、ヤンキーよりこっちの変人の方が苦手。
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