第35話 なお、少しチビったとする

 ダイブして初めて人に会った。

 その相手が比較的仲が良いこの二人で、私は少しだけほっとした。


「どっから来たの!?」

「っていうか、ここで休憩してたら二人が歩いてきたんじゃん? ねぇ?」

「うん。二人は順調? 私達はまだ7枚しか見つかってないの」


 井森さんが残念そうにそう言った。しかし、それを聞いた私の方こそ残念な気持ちになった。私は慌てて取り繕う。「えー?私達なんて5枚だよー」と。慌て過ぎて口調が若干おかしいが、二人はそこに突っ込んではこなかった。


 井森さん達は少しほっとしたような、気の毒そうな、何とも言えない微妙な表情を浮かべている。しかしこうして情報交換できて良かったと思う。ちょっと、ほんのちょびっとだけ虚偽の申告をしてしまったが、まぁ誤差の範囲なので大丈夫。


「そういえばお前らは何色の硬貨にしたんだ? ちなみにあたしらは銀な」

「私達も銀だよー」

「んじゃ協力は無理か。一緒に行動すれば銀以外の硬貨も探せると思ったんだが」

「残念そうにするね?」


 珍しく志音の方から二人に話しかけたとかと思うと、さらに協力なんて言い出した。何を言ってるんだ。いや、二人は信頼できる。と、思う。

 だけど、こいつが突然そんなことを言い出すとは思わなかったのだ。


「なんだよ、お化けを見たような顔して」

「顔に似合わないこと言ってると思ってね」

「うっせぇ。元々このルール自体、遠回しに協力しろって言ってるようなモンだろ。その方が効率がいいならそうするまでだ」

「それは好意的にとり過ぎじゃない? 志音も言ってたじゃん、横取りするなとは言われてないって。私はあの説明で協力しろと言われているようには聞こえなかったよ」


 もちろん、家森さん達と組みたくないとかじゃなくてね。二人の方を向いて慌ててフォローを挟む。そう。嫌とかではなくて、そもそもその考え方はどうなんだ、という話をしているのだ。


「確かに言ったけど、それだけとは言ってないだろ。このテストの内容を聞いて、駆け引きしか連想しなかったのは、お前にはそういう選択肢しか用意されてないからだろ」

「は?」

「協力できるような奴がいなけりゃ作る事も出来ないもんな、そりゃヒネた受け取り方しかできねぇよ」

「本当のこと言うのやめろ」

「もちろん、どっちでもいいんだ、結果さえ出せれば。ただ、必ずしも、騙し合ったり、出し抜いたりしてこなさないといけないテストじゃないぞってことだ」


 志音の言ってる意味は分かる。

 解釈は人それぞれだ。


「うんうん。志音の言う通りだよ」

「やっぱり学年3位なだけあるね、賢いなぁ」


 なんだこの、”札井ってマジでバカ”みたいな空気感は。

 志音ばかり褒められると腹が立つからやめろ。

 こいつを褒めたいならその5倍、私を褒めろ。


「でもホントその通り。あの説明を聞いてどう攻略するかって、意見が分かれそうだよね」

「そうね。小路須さんが私たちと協力しようとしてくれたこと、すごく嬉しい」

「ね! だから、尚更同じ色で良かったーって思っちゃった」


 家森さんは明るく言い放った。笑顔なのに、妙な迫力を感じる。あえて言うならグロテスクな威圧感。その正体が分からないまま、私は確かめるように家森さんの目を見つめた。

 そして彼女は言った。


「だって泣かせちゃったら悪いし」


 どういう意味? なんて、聞けなかった。怖過ぎて声が出なかった。

 彼女が発するオーラのせいか、搾取されそうという危機感がそうさせるのか、分からないけど。


 視線をそのまま井森さんに移してみる。

 情けないことに縋るような目をしていたと思う。

 だけど、そうせずにはいられなかった。


「ふふふ」


 ふふふ、じゃあないんだよ。少しでいいからフォロー、フォローして。

 せめて「あらあら、誤解されるような言い方をして。もうっ、ごめんなさいね?」的な感じで最低限取り繕え。


 急に二人が恐ろしく見えてしまった私は、会話を適当に切り上げて二人が来たであろう道とは逆の方向にずんずんと進んでいった。一応、自分的にはいつも通り歩いているつもりだ。できているか分からないけど。もしかしたらかなり挙動不審かも。

 だけど、その場から離れることが最優先事項である。とにもかくにも、私は平静を装って足を動かし続けた。


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「ねぇ」

「なんだよ」

「あの二人めっちゃ怖かったんだけど」

「あたしは集めた硬貨の数をいきなり5倍にして申告しだしたお前のことも結構怖かったけどな」

「だってまさか1枚とか言えないでしょ!? 相手7枚なんだよ!?」

「しっかし7枚か……あいつらは特別要領良くやってそうな気もするけど、それにしてもこの時点で1枚ってヤバいのかもな」

「っていうか7枚ってさ、やっぱりあれなのかな。他のチームの横取りしたとか」

「正直、可能性はかなり高いぞ」


 志音は若干申し訳無さそうにそう言ったが、それには私も気付いていた。二人は7枚と言ったが、恐らく全て銀色、というワケではないのだろう。金か銅なら二人の餌食になってしまっていたかもしれない。


 考え込んでいると、いつの間にか森を抜けることができた。明るくなったと思ったら、そこにはごつごつした岩肌がのぞく岩石地帯が広がっていた。


 涼しかった森の中とは打って変わって、じりじりと太陽が照りつけている。いきなりこんなに地形が変わるなんて、やっぱりここは現実ではない。継ぎ接ぎしたように、景色だけではなく気候までもがガラリと変わっているのだ。


 志音はあちーなんて言いながら、シャツの胸元を掴んでばさばさと扇いでいる。ちなみに、はしたないなんて注意はしない。元々はしたないし。

 むしろこんな気候の場所で、一番上までボタンを閉めてネクタイをキュッと結んでいたら「違うでしょ! こうでしょ!」と言って着崩させてやる。


 植物がほとんど生息していない様子は砂漠を彷彿とさせる。目を細めると蜃気楼が見える気すらした。しかし、実際に見えてきたのは蜃気楼ではなく、紫の光だった。

 そう、話しながら歩いているとデッドラインまで辿りついてしまったのだ。


「家森達はあたしらとは逆の方向から来た。そんで既にあんだけ集めてる。札井はあの二人から逃げたくて反射的に逆の方向に動いただけかもしれないけど、あたしはこの進路に内心賛同していた」

「デッドラインだけど?」


 志音はもったいぶるように一呼吸置いて言った。


「越えるしかねーだろ」


 一人でどうぞ、と言いたいどころだが、このままじゃまずいというのは私にもわかる。普通にやってたってもうひっくり返せないような差だ。


「まだ1枚だぞ。あの二人の後ろを歩いてもおこぼれなんて手に入らなさそうだし」


 他人と競って騙し合うのも自由。仲間と協力するのも自由。

 ならば、誰とも関わらずに自力でどうにかするのも自由じゃないか。

 そうだ、むしろこのやり方が一番、人付き合いが得意じゃない私らしいと言える。


「任せとけ。とっておきだ」


 そう言って志音はアームズを呼び出そうとした。


「ちょっ! いいの?! あと一枠しかないんだよ!?」

「あたしらは多分、ほぼ最下位だ。こうしてる間にもクラスメートは新しい硬貨を見つけているかもしれない。この状況をどうやったら打開できるか、わかるか?」

「誰も行かなさそうなデッドラインの向こうで的確に素早く探索する」

「んだよ、お前思ったよりあたしと気が合うな。んじゃもう話は早いだろ」

「は?」

「ここはデッドライン、札井の探索は上出来。あとは高速移動できるもんがありゃ解決じゃねーか」


 もしかしてこいつの”とっておき”って。


「こいよ! トライク!」


 そう言って志音が呼び出したのはバイクだった。

 は? ズルくない? こわ……。


「年齢的にまだバイクって乗れないだろ? でも、どうしても乗ってみたくてな」


 よくわからないけど、普通のバイクでここを走るのはかなり勇気がいるだろう。不規則に露出する岩肌にハンドルを取られてすっ転ぶのが容易に想像できる。しかし呼び出されたバイクはデカい三輪車だった。かなりゴツくてしっかりしている。多少の凸凹はものともしなさそうだ。


 恐らく、過去に何度も呼び出したのだろう。志音は慣れた様子でバイクに跨がった。どうしたらいいか分からないものの、とりあえずすぐ後ろの座席に乗るしかない。志音の肩に捕まりながら後ろの座席を目指した。


「えっ」

「あ?」

「志音の肩回りが意外と女の子っぽい感触で驚いた」

「振り落とされたいのか?」


 派手にエンジンをふかす音が鳴ったと思ったら、大きな機体は乱暴に動き出した。座った直後だったんですけど? あと一瞬遅かったらそのまま地面に転がってたんですけど?


 乱暴なのはスタートだけじゃなかった。いくら三輪で安定しているとはいえ、バイクに初めて乗った人間を乗せてするような運転とは思えない。

 また頭にまきびしを刺してやろうか。私は恨みをこめて志音の後頭部を睨み付けた。


「早く探索しろよ」


 自分の頭が狙われていることを知ってか知らずか、志音はそう促した。

 癪だがやるしかない。0枚のペアがいない限り、このままでは良くて同率最下位だ。


 まきびしをバイクの左右と前方に配置する。

 そして、それぞれ5メートルほど離し、意識を集中させた。

 走り始めてから数分、反応はすぐにあった。


「! こっち!」

「早速か! って、方向言えよ! 後ろで指さされても見えねぇよ!」


 いけるかもしれない、景気づけに志音の右耳を引っ張って方向を教えた。


「こっちの方角」

「いてぇ! 分かったから運転中はやめろ!!」


 序盤は大木から下りるのに手間取って全然自由に動けなかった。なんとか軌道に乗ってきたし、ここから巻き返すしかない。

「耳を離せ!」という志音の怒号が、バイクの音に混じって聞こえてきた気がするけど、とりあえず聞こえないふりをした。

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