第34話 なお、少しだけ前進できたとする


 試験開始からおよそ20分後、私達は膝に手をつき、肩で息をしていた。

 バーチャル空間なんだから、こんなに忠実に疲労を再現しなくたっていいだろうに。しかし努力の甲斐あって、なんとか地上に辿り着くことができた。


「疲れた……」

「いや、あたしのが疲れただろ……」


 おそらく私が手を滑らせて、志音にリポビタン的なDのCのMみたいな働きを強要したことを言っているのだろう。しかも二回。

 私なんて木から降りるのがやっとだったのに、こいつは片手で木に掴まって、更に私を捕まえて見せたのだ。助かったけど、怪力過ぎて怖い。


「とりあえず探してみるか」


 そう言って志音はずっと頭の上に乗っていたまきびしを手に取る。なんてことを。頭の上に乗せておけば、いつか頭をぶつける機会があったときに面白いことになると思ったのに。


「どれくらい遠くまで飛ばせるんだ?」

「多分10メートルくらい」

「そうか。じゃあ適当に周りを衛星みたいに飛ばしてみてくれ」


 私はため息をついた。

 わかってない、こいつは何も分かっていないのだ。


「簡単に言うけど、衛星みたいに動いてって念じるだけじゃ駄目なんだよ? 分かるかな。そういう風に動かしたかったら、私が常に軌道を意識し続けなければいけないの。つまり」

「いいからやれ」

「ちっ……」


 何か言い返したかったが、確かに私が探索をしないと始まらない。言われた通りに、私達を中心にゆっくりとまきびしをぐるぐるさせた。樹にぶつかったり、背の高い草に引っかかったりで、思いのほか面倒だったが、十分も歩く頃にはなんとか形になってきた。他のペアと出くわす事も無く、退屈さを感じ始めた時だった。


「あ」

「どうした?」

「え、ヤバいヤバい」

「なんだよ、今の状況だとお前だけがヤバいよ」


 言わせておけばこの小娘が。

 魔王のような台詞を吐きそうになったがとりあえず飲み込んだ。

 それだけ緊急の出来事なのだ。


「引っ張られてる気がする」

「え?!」

「こっち!」


 試しに空中に浮くように念じてみると、まきびしは優しく導かれるように西に移動した。やはり、間違いない。その後を追うように、草木を掻き分け、ついて行く。最初は弱い力だったが、段々とその力は強くなっていった。仕舞いには逆方向に念じて、スピードを調整する始末だ。そうでもしないと、強力な力で引き寄せられ、すぐに見えなくなってしまいそうだったのである。大きな犬のリードを持っているような感覚と言えば分かるだろうか。


 そしてついにその力すらも敵わなくなり、私達は小走りでまきびしについていった。 ”まきびしについていく”という言葉が奇妙でしょうがないが、あまり深く考えてはいけない。


「! 地面に落ちた……掘るか」

「私ネイルしてるからちょっと」

「してねぇだろ! 早く手伝え!」


 うん、確かにしてないけど、虫が出てきたりしたら嫌なので御免被りたい。あまりぼさっとしてるとまた怒られそうなので、なんとなくそれらしいことをした方が良いと、観念しはじめた頃だった。

 志音が声を発したのだ。


「! あったぞ!」

「うわ、きったな」

「しかたねーだろ!」


 志音の手の中にあるのは確かに銀貨だったが、土まみれで有り難みに欠ける。「持つか?」と聞かれたがお断りした。どういう気遣いなのか全く分からない。そうしてチェッカーに通すと、銀貨は消え、綺麗に土だけが筒から排出された。


「へぇー。でもこれでチェッカーがちゃんと動くのも確認できたね」

「あぁ。それに、ダウジングの感度も分かった。かなり敏感だな」

「なんでいきなりそうやって破廉恥な話するの?」

「してねぇよ」

「これだから男子は……」

「女子だよ」


 今ので要領を得た私は、追加で二つのまきびしを具現化させた。それぞれ、前回の実習でレベルアップした子達だ。志音は理解できないように、私の手のひらの上を眺めていたが、地面に刺さっていた子と合わせて宙に浮かせてみせると声を上げた。


「なんだよ! こんなことできるなら先にしろよ!」

「一個に集中したかったって言ったじゃん。でも結構分かりやすい反応だったし、こっからは三つ同時でいくよ」


 そう言って私は探索を開始した。三つ同時のコントロールは難しいんじゃないかと実は不安に思っていたが、やってみると案外できるものだ。

 なんとなく暇だったので、私達の周りを見張るように飛ばしていたそれらを、順番に志音の頭にぶつけてみた。


「いた!? いてぇって、いてぇよ!!」


 志音は後頭部を抑えながら私を睨んだ。

 なんだ、その、犯人が私だと言いたげな目は。

 そうだ、私だ。


「ちょっと手が滑った」

「操るのに手ぇ使ってないだろ! もう少しマシな嘘つけよ!」

「あの子達が志音と遊びたいって言い出したから」

「マシな嘘つけっつったろ!」


 よく見たら涙目になっている。まぁ私があんなの頭にぶつけられたら涙目どころか号泣する自信あるけど。周囲が静かな森であるせいか、志音の声が余計強調される。

 見方によってはヒーリング効果とかがありそうな森の中、木々が生い茂った新緑の空間に怒号が消えていくのはかなりシュールだった。ったく、てめぇは何考えてんだよ……と未だに呆れた口調でこちらを睨んでいる。

 そこまで言われたら答えようじゃない。私は噛み締めるように言った。


「ぶつけられた時の言い方、すごい綺麗なクレッシェンドだった。音もそうだけど、ニュアンスも。すごく音楽的だった」

「お前が暴力的だからだよ」


 志音はまだ頭部をさすっているが、お遊びはこの辺にして、もう少し探索について研究してみよう。ただ自分の周り半径7〜8メートルをぐるぐると水平に回すというのも芸が無い。地面からの高さを変えたり、回転する角度を変えながら歩いてみる。一つで充分そうな感じもするが、それを三つ稼働させるのだ。私達が歩いたところは間違い無く、クリアリングできているだろう。


 地図は無いが、今回は自分達の座標とデッドラインの位置関係のみがわかる装置を持たされている。他には方角が分かるようになっている、というかこの機能が一応メインだ。先生達は普通にコンパスと呼んでいた。

 今まで教科書でしか見た事が無かったが、今回のダイブからはバックに実装されているらしい。


 カードはわざわざトリガーに引っ掛けないとバーチャル空間まで持込めないのに、コンパスは普通にバッグの中に入っていた。先生はカードはイメージを助けるという性質上、こういった手段を取る必要があるとか言ってたっけ。言われてみれば、凪先生も腕時計型の端末をこちらに持ち込んでいた。カードとその他のものは根本的に何かが違うのかもしれない。まぁ細かい話はさておいて、機能や装備が充実していくのは思いのほか楽しい。


 手のひらにコンパスを乗せしばらくすると、先程の情報が眼前に表示された。これだけデカデカと表示してくれるとは思っていなかった。一つ持ってたら二人で使えそうだ。


 初回で高台に登った時には、森以外のフィールドもあったはず。バーチャル上の地形はいつ変わってしまってもおかしくないので、断言は出来ないが。


「森じゃないとこ……せめて、草原とか無いかな」

「まぁ言いたいことはわかる」


 ただ歩いていると思うなかれ。樹の根のせいで地面がでこぼこにもりあがっていて、歩くだけでもすごく疲れるのだ。地味な疲れ方なのであまり強く言いにくいが、できればもう少し落ち着いた道を歩きたい。探索も楽そうだし。


「ただ、こういうのはごちゃごちゃしたところに隠されてそうって、思うよなぁ」


 志音の言うことも一理あった。大きめの樹の幹が不自然に剥がれた、っぽく見えなくもないところとか、それらしいところがいくつか気になって、わざわざまきびしを近付けてスキャンしたりもした。

 まぁ何も無かったんだけど。だから”ありそう”という気持ちはすごくよくわかる。


「でもさ、視界に入るもの全てを疑ってたら疲れるし、っていうかいい加減、まきびしが障害物にひっかからないように飛ばすのも疲れた。人生に疲れた」

「なんで急に人生そのものにくたびれてんだよ!?」

「なんていうの、全部が疑わしく見えるってすごい大変なんだよ。もしかしたら志音って人間なんじゃないだろうかとかさ」

「お前は前提としてあたしを何だと思ってるんだよ」


 その時だった。

「相変わらず二人の会話最高だわ」と、心底楽しそうな会話が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには家森&井森ペアが居た。というか座っていた。

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