第33話 なお、スリザリン顔の二人とする


「それでは、試験開始!」


 鬼瓦の号令を合図に、私達は一斉にトリガーを噛んだ。次の瞬間には仮想空間にひとっ飛びだ、この怖いくらいの手軽さには未だに慣れない。


 飛ばされる場所はランダムらしいが、他の人のすぐ隣に飛ばされたら何かと気まずいだろう。幸い、私達は周りに誰もいないところに飛ばされたようだ。


「なぁ!!?」

「っぶねぇえー!!」


 ただし、安全とは言っていない。

 誰も居ないというか、居れる訳がなかった。

 目を開けると、私達は高い木の上に居たからだ。


 枝が縦横無尽に生えていたお陰でなんとか助かったが、九死に一生を得た気分だ。咄嗟に掴んだ枝が軽妙な音を立てて折れた時は、心まで一緒に折れそうになったが、即座に志音に捕まって体勢を立て直した。色々怒られたけど、緊急事態だったので適当に謝って終わりにさせた。


「たか……」


 そして、私は大きな木の枝の上に立ち、絶望している。学校の屋上から見た景色よりも高い気がする、下を見ると高さに目が眩んだ。青ざめていると、志音はとんでもないことを口にした。


「よし。丁度いいし、ここで様子を見るか」

「は?」


 この高さの中で? 別に高所恐怖症というワケではない。が、こんな不安定な、枝の上にやっと立っているだけの状態で、「うん、そうだね!」なんて頷ける程、空に特化した心と体をしていない。


「丁度いいし、ここで様子を見ないかって言ってんだよ」

「丁度いい死して一人で地獄でも見てきて」

「怖いのは分かるけど言い過ぎだろ、背中押すぞ。あと丁度いい死ってなんだよ」


 小言を聞き流しながら、周囲を見回す。周囲というか主に下の方だが。目線が水平のままでは枝と葉くらいしか見えないのだ。あとたまに小動物と虫。


 やっぱり近くに人影は無さそうだ。私達は幹に向かって枝の上を進む。枝は私達が動く度によくしなった。いつ折れてもおかしくない状態だったので、とりあえずは窮地を脱したと言ってもいいだろう。というか私達以上にハードモードなスタートを切ったペアはいないと思う。断言できる。


「まぁ、これ降りなきゃいけないんだけどな」

「それね」


 しかしかなり太い枝にまたがっているので、心に少しだけゆとりができた。

 私達は息を潜めながら会話を続ける。


「まずは、チェッカーとダウジングマシンを呼び出してみるか」

「じゃあ私ダウジングマシンね」

「あぁ、絶対にまきびしのことは考えるなよ? 絶対だぞ」

「え」


 こいつ、アホなの?

 時が止まった気がした。


「分かるだろ? 失敗してる余裕は無いんだ」

「……」


 いや、できる。

 できるに決まってる。

 むしろ私にできなかったら全人類に無理。


「じゃあ、やるから」

「あぁ。とりあえずダウジングのことだけ考えるんだ。まきびしは無しな」

「うん……」


 私の今の気持ち?

 こいつをしばきたくてしょうがない。以上。


 何度も直接的な名前を出して警告するなんて、頭が悪いにも程がある。まきびしのことはもっとヴォルデモート的な扱いをしてくれないと。ただでさえプレッシャーを感じているというのに、このままでは前回同様の悪夢が……ってダメダメ!

 そんな弱気でどうする、やれるだけやってみよう。そうするしかない。


 私は不安を払拭するように、鞄からカードを取り出した。

 両手で水を掬うように形を作る。

 その上にカードを置き、準備は完了。

 意識を集中させ、叫んだ。


「ダウジングロッド!」


 すると、毎度お馴染みの、謎の煙と静電気が弾けるような演出が始まった。

 あぁやってしまった。

 この演出は所謂、確定演出というやつだ。パチンコなら大層嬉しかっただろうが、これはデバッカーの実習だ。この演出が意味するのは、呼び出しとイメージが大きくかけ離れる場合のみ。

 そう、つまり、やってしまったのだ。


 一度ならず二度までも? いいえ、とんでもない。

 二度ならず三度までも。もうこの感触に懐かしさすら覚える。


 重い。


 両手に乗ってるのは言うまでもなく、まきびしだった。


「……」


 言葉が出なかった。うん、正直、こうなるってことは志音がまきびしを連呼した時から分かっていた。今回は私のせいではない、こいつが悪い。

 嫌がらせのように何度もその名を呼び、私にそれを想起させた罪は、この両手の金属よりも重いのだ。


 どうしてくれるんだ。

 責めるように志音を睨みつけてやっと気付いた。

 すごい嬉しそうな顔をしてる。

 この野郎、鼻の穴にまきびし詰めてやろうか。


「よっし!」

「ふざけんな!!」

「待てよ! 待てって! 聞いてくれ!」


 怒りに任せて志音にまきびしを投げつけまくった。わりと本気で痛いと思う。だけどここで加減する訳にはいかないのだ。こいつを徹底的に傷めつけないと私の気が済まない。


「痛ぇって! いいから聞けって言ってるだろ!」

「なんで私がお前の言うことを聞かなきゃいけないんじゃ!」

「ぐっ……!」


 ここまで言うと、志音は黙ってまきびしを受けるようになった。

 気付くと手持ちのそれはすっからかんになっていた。


「あ。全部投げちゃった」

「やっと弾切れか……?」

「は?」


 一度投げて地上に落ちてしまったまきびしも、具現化を解除してから呼び直せばあら不思議。こんな高い木の上に居てもこうして手元に戻ってくる。その姿を見て、志音はやはり嬉しそうな顔をした。なんだ、こいつ。もしかして見かけによらずマゾなの?


 ドン引きしたおかげで、少しだけ冷静になれた気がする。

 第二段の攻撃は途中で手を止めることになった。


「やるじゃん」

「え?」

「いま普通に再呼び出ししたろ。アームズの使い方に慣れてきた証拠だな。そこまでできるならやっぱりこの形で呼び出してもらって正解だった」


 言われてみれば、あまりやった事の無い動作を、志音を痛めつけたいという気持ちを原動力にこなすことができたと思う。

 でも、この形で呼び出してもらって? つまりわざとやったということ?


「ねぇ。わざとなの? まきびしで呼び出させたの」

「あぁ。お前の場合、まきびしで呼び出してくれなんて指定したら、またワケわかんねぇもの出すと思ったからああ言ったんだよ」

「ぐっ……」


 悔しいが、志音の読みは当たりも当たり、大当たりだ。

 しかしまきびし型のダウジングマシンなんて上手くいくのだろうか。


「最初はあたしのブーメランでもいいかなと思ったんだけどな」

「あぁ」


 なるほど。

 あのブーメランなら遠くまで届くし、悪くない。


「なんでそれにしなかったの?」

「お前がチェッカー呼び出すことになるんだぞ」


 言われて絶句した。それは駄目だ。

 正直、こいつにめちゃくちゃ頼っている現状はかなり悔しい。

 けどアームズの呼び出しだけは駄目なのだ。苦手意識を通り越してトラウマになりつつある。あまり難しいことはさせないで頂きたい、というかその方向でお願いします。


「まぁ、そういうことだ。で、ほっといたらL型の呼び出すだろうなって思ったから」

「それであんなに強調してきたんだ」

「そ。普通の形よりこっちのがよっぽど使えるって」


 そう言って志音は、枝に刺さっていたまきびしを一つ手に取った。

 金属ほどの強度は無いにしても、木というそれなりの硬度を持つものに刺さる程の凶器をバシバシぶつけられていたのか。可哀想な人。


「前回よりも量が多くないか?」

「あ、やっぱり?」


 呼び出してすぐにぱらぱらと投げていたので確証は無いが、実は私もそんな気がしてた。前回、一つだけ自在に動かせるようになった子は健在だ。志音の頭の上に移動するように念じてみる。


「お?」

「こないだの子」

「あぁ、世話になったな。んで、今回も世話になりそうだ」


 念じるだけで動かせるということは、完全に私の意思に従って動いているということ。つまり、意思に反した力が加わり、進行が妨げられれば、絶対に気付く。というか、今も志音の頭の上に乗った瞬間にすぐにストップをかけた。”触れた”ということを知覚している証拠に他ならない。

 要するに、この子をふよふよと飛ばしながら歩くだけで、銀貨にありつける可能性がある、ということだ。


「問題はどれくらい近づけば反応があるか、だよね」

「あぁ。そこはすぐに確認したいところだな。探索の仕方がかなり変わってくる」


 一つに意識を集中したかったので、とりあえず志音の頭の上のまきびしだけを残して他はキャンセルした。


「とりあえず降りるか」

「うん、誰も来ないしね。早く動こう」

「クッションとかありゃ楽なんだけどな……」

「私はそんなものがあってもこの高さから飛び降りるのはイヤだけど……まぁ志音が言うなら」


 そう言ってアームズを呼び出し、地上に大量にばら撒いた。

 クッションを用意してあげるなんて。私ってば、なんてパートナー想いなのだろう。準備はオッケー。そう言うように、志音に向かってウィンクのサービスをした。


「いや死ぬから」


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