第32話 なお、前提とする
「よし、このクラスは欠席無しだな」
教科担任の鬼瓦は出席を取り終えると、満足げにそう言った。そう、今日は高度情報技術科のテストだ。
通常教科のテストが終わってから既に一週間以上経っており、テンションをどう持っていけばいいのかわからないと愚痴っている生徒もいたようだが、通常のテストにくっつけていれば死人が出た気がする。
私達はA実習室におり、B実習室には隣のクラスの高度情報技術科の生徒達がいる。今回は同じ科で合同の実習になるようだ。百人近い人数になるが、これから何をさせられるのだろうか。
運良く先輩に会うことができたらその辺りも聞けたのだけど、生憎あの人はなかなか捕まらない。空き時間はバーチャルプライベート室に篭りきりらしいから、当然と言えば当然なのだけど。
「噂で聞いた奴もいるらしいが、今日は宝探しをしてもらう」
クラスメートが言っていた話は本当だったのか。私はごくりと唾を飲んだ。だとすればこの実習、かなり自信がある。あとは詳しいルールを頭に叩き込もう。これだけの人数で一斉にダイブするんだ、様々な制限があるだろう。
「お前達がダイブするのは、過去二回の演習でダイブした座標周辺となる。土地勘はそれなりに出来てるはずだ。そして宝というのはこの硬貨だ」
そう言うと鬼瓦は奥の席にも見えるよう、金貨をかざして角度を変えた。窓からの光を反射して、きらきらと輝く金貨。レプリカだとわかっていても気持ちが高揚する。はっきり言う、私はお金が大好きだ。
「もちろん、これはあくまでニセモノだ。向こうで見つけたコインはチェッカーと呼ばれる機械を通すことによってポイントに変換されるぞ」
チェッカー……?耳慣れない言葉が聞こえた気がしたが、のちほど説明があるだろう。とりあえずは話についていくのを優先し、聞き流した。
「いま見せたのは金貨だが、他にも銅貨と銀貨がある。銅貨が1ポイント、銀貨が2ポイント、金貨が3ポイントだ。また、金貨の中には5ポイントのものもあるが、これらの見た目は全く変わらない。金貨の場合、チェッカーに通すとポイントに換算されるが、3ポイントなのか5ポイントなのか、表示されることはない。完全に帰ってきてからのお楽しみということになる」
チェッカーのくせにチェックできてないじゃん、と言ったら怒られそうなので黙っておこう。というかその仕様には一体どんな意味があるのだろうか。金貨は全て3ポイントでいいと思うけど。
鬼瓦は私を置いてけぼりにするように「そしてノルマだが」と話を続けた。
私は慌てて彼の言葉に耳を傾ける。
「ノルマは無い」
……? 予想外の言葉に少し惚けてしまった。
てっきり最低○○ポイント必要という話になると思ったのに。
しかし、ノルマは無いということは、完全に相対的な評価になるだろう。つまりクラスメート全員ライバルだ。赤髪ヤンキーが「覚えてろ」と言ったことを思い出す。あっちがその気なら、直接対決も有り得るだろう。
「ルールを確認する。多くの枚数を獲得すること。ノルマは無し。制限時間は3時まで。それさえ守れば、いつ帰ってきても構わない。ただし、再ダイブはできないからそのつもりでな。デッドラインの内側がスタートとなるが、外に出る事も許可している。ただし、一撃でも攻撃を食らった場合は失格とみなし、獲得した枚数、ポイントはゼロとする。また、故意に他のチームを攻撃した場合は、その時点で強制帰還させる」
要するにチキンレースのようなものか。きっと深追いし過ぎるのも、ビビり過ぎるのもいけないのだろう。デバッカーに求められる資質のようなものは段々と分かってきたつもりだ。冷静な分析と的確な対応、これが必要不可欠と言える。怖じ気付くのはもちろん、欲に駆られて身を滅ぼすようなことがあってはならない。
「……どれくらいの枚数が落ちてるのかな」
「さぁな」
私は志音に話しかける。これだけ集めたら帰る、という目標を予め設定しておけば、深入りすることもないかと思ったが、合計数や平均が分からないことにはそれも定めようがない。
「お前の言いたいことは分かるけど、まぁ今回はダイブして、様子を見て決めるしかないだろうな」
「やっぱりそうなるよね……」
結局はなるようにしかならないということか。
私は考えることを放棄した。
「成績は枚数で決めるが、ポイントがトップのペアには副賞として、今回の中間テストに100点を加算する。もちろん、満点を上回ることはできないぞ。成績が振るわなかった生徒への救済処置といったところか」
……は?
プラス100点?
それすごくない?
一瞬混乱したが、言われてみれば枚数が多い=ポイントが高い、という訳ではない。金貨2枚よりも、銅貨3枚の方が、この教科の成績的には上ということになる。思った以上に駆け引きが重要になってきそうだ。
「硬貨は様々な場所に隠されている。手掛かり無しでそれらを探すのは困難を極める。そこで、ダウジング用のカードを一枚だけ渡す。硬貨はそれぞれ材質が違うので、特定の材質に反応できるプログラムが記憶された金属を呼び出せるぞ。つまり、カードは硬貨の種類に合わせて三枚だ。どのカードを受け取るか、この説明が終わったら話し合え」
なんと。ここから既に心理戦とは。このテスト、かなり厄介だ。
ダウジング用カードの選定はどうなる。かなり性格が出そうだが……。
何色の硬貨を狙うか強制的に決めさせられるということだ。成績のことだけを考えれば銅だろう。普通に考えて一番数が多いだろうし。
しかし、銅貨はそれ故、競争率が上がる。銀貨辺りにしておいた方が競争率が低くていい感じかも知れない。正直、こういう腹の探り合いは苦手だ。
私は縋るように志音を見た。
「? 決まってんだろ、銀しかねぇよ」
志音は当然のようにそう言い放った。
何か根拠があるのか?
眉を顰めていると、志音は続けた。
「知恵と菜華のペアは、崖っぷちのアイツらは金を選ぶだろ。駆け引きとか一切考慮せずに」
「あー……っぽい。選択権はヤンキーの方にあるだろうしね」
「でももしかしたら菜華がアドバイスをして、堅実に銅を選ぶ可能性も無くは無い」
「うんうん」
「そういうことだ。あいつらが選ばなさそうな色を選んだ方が燃えるだろ。
横取りするなとは言われて無いし、ダブらない方が都合が良さそうだ」
「でも副賞は?」
「あたしはプラスで100点加算される余地があるほど成績悪くないし、どうでもいい」
「デッサンのモデルやってめっちゃブスに描かれろ」
全く、いちいち嫌味なやつだ。志音は完全にあの二人とやり合うつもりでいたようだ。まぁ、あそこまで言われたら、かち合うのを前提で動いた方がいいというのも分かるけど。
「やるかやられるか、だ。だろ?」
そう言って志音は笑った。分かりやすいのは嫌いじゃない。
やる気も十分に漲った、いつでもダイブ出来る。
しかし、鬼瓦の発言は私のやる気を100からマイナス一億くらいまで削った。
「ダウジングマシンと、チェッカー。分担を決めて呼び出しをすること。今回、トリガーにはアームズ用の枠が2つ設置されている。それぞれ、探索道具と、武器を一つずつ召喚するんだ。また、ダウジングマシンについては形は不問だ。便利だと思う形状で自由に呼び出すといい」
はい? 分担を決めて呼び出し?
つまり、アームズ呼び出しのテストは無いにしても、正しく呼び出す事は必須、ということ?
この程度の事は、専用のテストをするまでも無いということ?
風向きが一気に変わったのを感じた。
巨大モニターにはチェッカーが表示された。一部はカードを使い、特殊な素材で誂える必要があるらしい。手のひらサイズの筒のような形状だ。そこにコインを通すとあら不思議。貫通しているはずの筒なのに、コインが出て来ない。中でコインはポイントに加算されて消える、らしい。筒の大きさを間違ったらコイン通らなくて詰みそう。
ダウジングマシンは自由にということだったので画像こそ表示されなかったが、基本的な形状は分かる。L字の棒だろう。うん、私こっちを呼び出したい。こっちならできる気がする。応用的な形とかはもうこの際、無視で。
「……札井、チェッカーの方を頼めるか?」
「正気?」
「まさか。冗談だって、無い無い」
「控えめに言って、持ってる蛍光ペン全部真っ黒になって欲しい。気付かずに使って重要な語句読めなくなって欲しい」
無理だけどネタにされると腹立つ。
微妙なお年頃なんだよね。
そろそろカードを配って出発かというとき、ある生徒が質問をした。このテストは毎年やってるんですよね? ポイントや枚数の最高記録とか無いんですか? 、と。
先生はこの質問にすら明言は避けた。
いい線をついていたと思うが、残念だった。
「鬼瓦のヤツ、何が何でもヒントを与えたくないみたいだな」
「教えたら教えただけ給料でも下がるのかな」
「ほう? 札井、何か聞きたいことがあるようだな」
地獄耳かよ! 心の中でそうツッコみつつ、私は愛想笑いでその場を誤魔化した。
あんな強面にあれ以上睨まれたら石になってしまう。
この気まずい空気から脱出するため、一秒でも早くバーチャル空間に飛びたい。
心からそう願った。
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