中間テスト〜バーチャル〜
第31話 なお、両者共にヤンキーと呼ばれると若干嫌な顔をするものとする
夜野さんをギャル達に任せてから、私は適当に午後の授業を消化した。
そして帰りのホームルーム。ついに待ちに待っていたあの事について、説明があったのだ。
淀みなく話す凪先生の顔は心なしか晴れやかだ。その様子は、問題を考えたり採点したり、テスト期間というのは教師にとっても面倒なイベントであることを窺わせた。
「テストが良かった人も悪かった人も、まだまだ終わりじゃないぞ。高度情報技術のテスト実習が残ってるからね!」
まだまだって言うけど、あと一つじゃないか。CMに入る直前の煽りみたい。私は机に肘をついてぼんやり先生の言うことを聞いていた。
「突然だと思うかもしれないけど、実習は明日だ。みんな、今日はゆっくり休んでくれ。一応予備日はあるが、テストの性質上、どうしても不利になってしまうからね」
先生の表情は真剣そのものだった。しかし、後発組が不利になるテストとはなんだろう。そういえば宝探しとかいう噂が流れていたっけ。確かに、宝探しなら大人数で探した方が有利かもしれない。自分で探せなかったとしても、周りの声や動きを頼りに動けるのだから。
「詳しいことは当日、鬼瓦先生から説明がある。明日は一日そのテストにあてることになるけど、朝は普通にホームルームをするから、いつも通りに登校するように」
朝からということは、半日程のダイブになることが予測される。説明で2時間くらい使えば話は別だろうが、きっとそんなことはしないだろう。大変な一日になりそうだ。
「ま、そんなに気負わないでくれ。それじゃ、僕の話はこれで終わりだ」
起立、礼。号令を合図に、教室は一気に騒がしくなった。当然というべきか、明日のテストの話題で持ち切りだ。不安と期待が入り混じったような落ち着かない空気の中、私の心はほぼ安堵の気持ちで満たされていた。
丸一日を使い、さらに後発組が不利になるという情報から推測できるのは、アームズの呼び出し自体がテストという訳ではなさそう、という事である。もしそうならそんな時間、絶対に必要じゃない。高度情報技術科は2クラスだ。クラスではなく学科単位で一人一人テストしても精々2時間で充分だろう。
誰もそんなことを心配していないようだが、私にとっては非常に重要なことだった。理由はあえては言わないけど、本当に良かった。
ゆっくりと帰り支度を整えていると、隣から声がした。
我らが仲裁隊長の家森さんだ。
「余裕そうだねー。明日は自信ある感じ?」
「ううん、全然」
「えー?」
彼女は実に楽しそうに、からからと笑った。家森さんはこうして時折、私に話しかけてはリアクションを楽しんでいる。傍から見たらただ単にちょっかいをかけられているだけに見えなくもないだろうが、声の掛け方から悪意は感じられないし、誰に対してもそんな感じの人っぽいので全然悪い気はしない。むしろ、人に話しかけたりするのが苦手な私にとっては有り難くすらある。
恐らく私達は相性がいい。最近はそんなことすら考えるようになっていた。
彼女が隣の席で良かったと、そう思っているのだ。
「自信無いの?」
「うん。でも、ほら、指定されたアームズの呼び出しとかじゃ無さそうって分かったから」
「あー……」
家森さんは色々なことを察したようで、気の毒そうに目を伏せた。私も雨々先輩の相方さんが亡くなったと聞いたとき、同じような顔をした気がする。それはもう、この上なく気まずそうな顔だ。待って、私の身の周りではまだ不幸起こってないから。その顔やめて。
「宝探しって皆は噂してるけど、どう思う?」
「凪先生が言ってた話とも矛盾しないし、信憑性あると思うなー」
彼女はあっけらかんとそう答えた。しかしどこか他人事のような感じがする。デバッカーの実習について、あまり深く受け止めていないのかもしれない。つくづく稀有な人だ。
「まぁさ、結局は明日になってみないと分かんないじゃん?」
「そうだよね」
「私は試験の内容より、緊張で井森さんが体調崩さないか、そっちの方が心配なんだよ」
そう言って彼女は、少し困ったように苦笑してみせた。どこか儚げで、いつも優しい井森さんを思い浮かべてみる。うん、私達の戦いをモニター越しに見て泣きそうになってたくらいだし、充分有り得る。
悩みは人それぞれということか。私は相方の心配なんて本当にこれっぽっちもしてなかったし。っていうか一週間くらい賞味期限の切れたプリンを食べさせても平然としてそうだし、登校中に暴漢に襲わせても軽くしばいて普通に学校に来そうだし、何をしたらあいつを止められるのか、思いつかないくらいだ。
「そっちはそっちで大変なんだね……」
「んー……ま、こーゆーのは持ちつ持たれつだしさ」
それはまさに二人の関係を象徴するような言葉だと思った。
うんうんと頷き、私達は談笑を楽しんだ。
しかし、私達の和やかな雑談は、突如飛び込んできた物騒な会話によってかき消された。
「
「……
「だぁーから、あたしがどーのっての、やめろよな!」
「……」
「おい、聞いてんのかよ!」
振り返りたくなかった。だってどう考えてもあのヤンキーと変人の会話だし。しかし、私とは違い、家森さんは振り返るだろう。そしてこの場を収めようとするだろう。
横を見ると、家森さんはそちらに顔を向け、二人の会話を注意深く聞いているようだった。場合によっては止めに入る、そんなところだろう。
どうしていいか分からず、私はとりあえず家森さんに倣った。
「お前、白紙で答案出したの忘れたのかよ! ここで頑張らなきゃマジでヤベぇんだぞ!」
「うん……ごめん……」
ここで頑張ってももう既に大分ヤバいと思うんですが。
私は心の中でツッコミつつ、成り行きを見守った。
「……お前はお前の為に行動しろ。言ってる意味わかんだろ?」
「でも……」
「んだよ! 文句あんのかよ!」
口調はキツいが、ヤンキーの言うことには一理も二理もあった。何故かはわからないが、あの変人はヤンキーに依存している。このままではいけないという、ヤンキーの意識は至極真っ当だと思う。
この二人の言い争いを見るのは二回目だが、一回目は数時間前だ。きっとアイツはテストの一件で執着の強さを目の当たりにし、慌てて関係を修正しようとしているのだろう。
このままヤンキーが押し切るかと思ったが、変人が呟いた一言で、空気はガラリと変わった。
「知恵、私がいないと何も出来ない」
その瞬間、ヤンキーの頭の上に1トンの重りが落下するのを、私は確かに見た。うん、痛いよね。私も過去に何度か言葉のハンマーでブン殴られたことあるし。つらいよね、わかる。
「私はいつも私の為に行動してる。私がしたいと思ったことを忠実に再現してる。後悔も反省もするつもりはない」
変人はそう言い切った。うん、確かにね、普通は「この人が最下位になったら可哀想、私が替わってあげたいくらいだよ」と思ってもやらないからね。やりたいことをやってる、というかもう、やりたい放題ってレベルであることは確かだと思う。
だけど、ヤンキーはその基準を自分にして欲しくないのだろう。どうしたものか……と様子を見ていると、家森さんが突然口を開いた。
「悪いけど、二人の会話聞かせてもらったよ」
「まぁたてめぇか」
「家森さん……」
二人は会話に夢中で、私達に気付いていなかったのだろう。
存外驚いた顔をしてこちらを向いた。
家森さんは続ける。
「知恵は自分に依存してほしくないんだよね」
「? あぁ、そうだ。こいつの為になんねーだろうが」
「うん、私も知恵の言うことは正しいと思う」
「だろ?」
ヤンキーは得意な顔をして嬉しそうに言った。
変な奴と二人きりで話をしていると、どんどんと自分が間違っているんじゃないかと錯覚することがある。きっとコイツもそうなりかけていたんだろう。
「うん。でももう手遅れだから、ちゃんと責任持って最後まで面倒見なよ」
なんかいきなりペットみたいなこと言い出した。言葉にこそ出さなかったが、私は驚いて家森さんを二度見した。次いで言われた本人が、私が思ったのと同じような事を言い返す。
「お前! 菜華のことペットみたいに言うなよ!」
「えー? でも、なりたがってるじゃん」
家森さんがきょとんとした顔で言うと、変人長身美人はこくりと頷いた。もう会話についていけないと、考えることを放棄してしまいそうになったが、辛抱強く堪えることにした。ここで下手に刺激するのは良くない気がしたからだ。
家森さんの言葉の意味は分かる。
結局、このヤンキーの気持ち次第、ということを言いたいのだろう。
「知恵が嫌じゃなきゃそれでいくない?」
「は、はぁ……?」
「だからさ、”為にならない”って、それって要するに先のことを考えてるんでしょ?」
「そりゃそーだけどよ」
「それって知恵がずっと一緒に居てあげたら解決しない?」
「……」
めちゃくちゃだ。めちゃくちゃだけど、一応筋は通ってる。こいつだって変人のことを思って距離を正そうとしているんだ。変人のことを思うなら、”普通”という型に当てはめずに、いっそ添い遂げろと言いたいのだろう。
うん、言ってる意味はわかる。でも私なら絶対嫌だ。だって重過ぎるでしょ。
「っていうか菜華さんって、器量も要領もいいし。メイドだと考えたら最高じゃない?」
家森さんは少し羨ましそうにそう言った。まぁ私は嫌だけど、それでwin-winになるなら有りなのかもしれない。尽くしたいと言ってるのだから、尽くさせておけばいいじゃないか、と。そう割り切れるなら、成立しそうな関係ではある。
ヤンキーは何か言いたそうな顔をしていたが、なかなか口を開かなかった。とにかく、話は一段落つきつつある。帰るなら今だ。それじゃ……そう言いかけた私の声を、誰かが遮った。
「っつーか、なんでてめぇが菜華、だっけか? の心配してんだよ」
「あぁ? んだとテメェ、喧嘩売ってんのか」
「普通に考えてお前の将来のが危なくね? こいつがいなきゃ最下位だったんだろ?」
志音だ。私は無言で額に手を当てた。余計なことを……。
火に油を注ぎ、いや、ガソリンを、いやいや、石油プラントに火炎瓶持って特攻しやがった。
「さっきから黙って聞いてりゃ……ペットだなんてとんでもないだろ、母親の方が近いんじゃね?」
「なっ……!」
「結局はフォローされるような実力しかないお前が発端じゃねーか。嫌なら対等になってみろよ」
「……!」
「なんか変なこと言ったか?」
すごい、ヤンキーVSヤンキーなんて漫画や映画でしか見たことない。しかも片方が一方的に言葉でボコってる。ぐうの音も出ないというのはまさにこのことだろうか。
まだ何かを言いたさそうにしていたが、結局知恵と呼ばれたヤンキーは「るせぇ! てめぇら明日覚えとけよ!」と捨て台詞を吐いて、教室を出て行った。
言わずもがな、変人美女はその後をすぐに追いかけていく。
「終わったみたいだし、帰ろうぜ」
志音は平然としている。
おそらく、こいつはとっとと私と帰りたくて口を挟んだのだろう。
だとしたら一言言っておきたいことがある。
すると今度は、私が家森さんに宥められる側になってしまった。
色々と腑に落ちないが、酷く疲れてしまったので反論するのは止めにした。
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