第43話 なお、雑技団には程遠いとする
狼は何処かから、わらわらと湧いているようだ。半数が金貨になった筈なのに、やられた狼の3割くらいは補充されているような気がする。操る対象がいなくなったらあのバグも大人しくなるだろうと踏んでいたのに。完全に誤算だった。
「ダメだ、一度消して具現化させてみても、ディスプレイが真っ黒だ」
「私の方も弦が直らない。もう物理的に攻撃するしか」
絶望的な状況だということは私にもわかる。なむろあみえの動きに注意しながら二人の会話を聞いていると、いきなり全ての期待を注がれた。
「頼んだぞ、夢幻」
「あなたに頼るしかない」
「は?」
理解が追いつかないが、この二人は一体私に何を託そうとしているのだろうか。志音の方を見ても、訳がわからないという顔をしてる。
「え、ごめん、なに?」
「だから、夢幻に何かアームズを呼び出してもらおうと」
「私、もう枠余ってないよ」
「は?」
「そ、そんなことはないはず。夢幻はダウジングで呼び出したまきびしをずっと使って……」
「言ってなかったっけ? こっち来るまでに呼び出ししちゃったんだよ」
「なっ……! でも武器なんだろ!? 何を呼び出したんだ!?」
「まきびし」
「…………?」
菜華が理解不能という顔をして眉を顰めている。知恵に至っては本当に意味が分からないようで、固まっていた。彼女にも分かるように、私は説明をした。
「色々あってね。私の枠はまきびしとまきびしで埋まってるよ」
「はぁ!?」
「知恵……私、怖い……」
菜華は本当に動揺を隠しきれない様子で知恵に抱きついた。お前の方が怖いわボケナス。こんな奇人、いや、鬼神に恐れられるなんて心外だ。
「なぁ、アレ。ヤバくねぇか?」
志音の視線の先には鳥が飛んでいた。とても可愛らしい、カラフルな鳥。そう、小鳥。小鳥……銀貨を持っているんだっけ。
「こっちに来てるな」
「応援、なんてことはないよなぁ」
「なむろあみえに操られてると考えるのが妥当だろ。まきびしで対応できるか?」
「逆に聞くけど、あんな何十匹もどうにかできると思う?」
「無理だろうな」
はい。完全に打つ手無しだ。ただの小鳥ならまきびしで口やら目やらを狙えば撃退できたかもしれない。だけどあいつらは、恐らくあのバグに操られている。ならば先程の狼がそうだったように、多少の攻撃には耐えるだろう。一匹ならまだしも、あんなに大勢の相手は無理だ。
攻撃を一撃でも受ければ試験脱落。このルールのせいで、この場にやってくる術が無い狼よりも、小鳥は厄介な存在と言えるだろう。
「はぁ〜……お前ら。試験失格になる覚悟、あるか」
「そういえばこれ試験だったけな。命のが大切だ、何かやれることがあるんなら言ってくれ」
知恵は観念したようにそう言った。隣で菜華も頷いている。しかし、心無しか悔しそうだった。
「菜華?」
「……試験が失格になるのは、いい。私はあのバグが許せない、それだけ」
なむろあみえを睨みつけながらそう言う菜華の横顔からは、深い怒りが見てとれる。何がそんなに気に食わないんだ。そういえばあいつを見たとき、彼女は知恵に有無を言わせず手伝わせた。初っ端から気に食わない何かがあったのだろう。
「彼女は素晴らしいアーティストだった。よりにもよって、あんなに醜い者が軽卒に真似をしていい存在じゃない」
「あー……」
つまり、そういうことか。菜華の怒りはとても分かりやすいものだった。確かに”あの人”はカリスマだが、歌と踊りが優れているだけではない。いつまでも変わらないスタイルや美貌を見れば、彼女に詳しくない人間にだって分かるはずだ。並々ならぬ努力が陰にあるんだろうな、と。現に私がそうだ。まさにプロ根性ってヤツだと思う。努力家でひたむきなその姿が彼女のカリスマ性をより確固たるものにしたと言っても過言ではない。いや、私は本当に全然詳しくないけど。でも、ファンが頭にくる理由としては充分なものだと思った。
「お前が本家をリスペクトしてるのは分かったけど、今は諦めろ」
「なぁ菜華。なんとか脱出できたら、二人であいつを探そうぜ。そんで決着をつける。どうだ?」
「知恵……! キスをしても?」
「ダメに決まってんだろ」
感極まった菜華がなんか変なことを口走った気がするけど、聞かなかったことにしよう。それにしても、いきなり試験失格の話をしてくるなんて、志音は何を考えているのだろうか。まさかと思うけど、いや、まさかね。
「とりあえず、なむろあみえから離れるんだ。距離を取れたら強引にあっちに戻る」
「それができないから困ってるんでしょ」
「もうこいつしかないだろ」
狭い岩場の上にトライクが召喚される。瞬時に、何故志音が失格の話をしたのか理解した。
「まさか、これで……?」
「あぁ、二人乗りだからどうなるか知らんけど、自分で走るよりかはマシなんじゃないか?」
「どうやって乗るの?」
「テレビで見たことあるぞ! 20人くらいで組み体操みたいにしてバイクに乗ってる映像!」
「岩場から飛んで着地した瞬間、分解して狼のエサになるがよろしいか?」
「あ、よろしくねぇわ」
他にいい案が浮かばなかったので、結局二人ずつ座ることになった。後ろには私と知恵が、前の席には菜華が座って、ハンドル操作をするため、その上に志音が座る。私と知恵では志音と体格差がありすぎるためこういう組み合わせになった。
ちなみに、菜華が”知恵を膝の上に乗せたい”と死ぬ程ごねたけど、「帰ったら知恵にキスさせるから」と耳打ちしたら安らかな顔をして静かになった。ごめんね、知恵。あなたは犠牲となったの。でもこうでも言わないと、知恵を上に座らせる私の身まで危なかったから仕方無いよね。
「んじゃ行くぞ。早く行かないと、せっかく菜華が散らした狼共の数が完全に補充されちまう」
「怖ぇ……っつーか、本当に四人も乗って動くのか?」
「知らない。でも、もうこれしかない」
「行くぞ!」
志音はバイクを発進させるとそのまま派手に地上に着地した。本日二度目の着地である。こんな無茶をさせて壊れないのだろうか。まぁ壊れても志音のものだからいいけど。
着地と同時に、菜華から借りた弦の切れたギターをでたらめに振り回した。知恵を膝の上に乗せたままなので、完全に腕だけで振ってる。ちなみにこれ、思っていたよりもずっと重い。菜華は平気な顔でこれをずっと肩からぶら下げていたけど、あの細い体のどこにそんな力があるのだろうか。
「ぎゃん!!」
たまたまギターが狼にヒットする。ぶつかった衝撃でよろめき、つい志音の頭にもヒットさせそうになった。
「あぶねぇな!? 今なんかかすったぞ!?」
「志音。がんばれー」
「……おう」
運転の邪魔になるという理由で、動けない菜華は時折、志音に頑張れとエールを送っている。困った顔でいちいち返事をする志音を見てるとなんか笑えた。
「おい! 右のルート行け!」
知恵は画面が映らなくなってしまったパソコンを呼び出しながら叫んだ。側面を操作し、DVDドライブから何かのディスクを取り出している。
「ちょ、何して」
「右のルートったってお前、狼だらけじゃ」
「うっせー! 行け!」
乱暴にそう言い放つと、知恵はCDだかDVDだかわからないそれをフリスビーのように投げた。勢い良く投擲されたそれは、狼の体を切り裂いた後、知恵の手元に戻ってきた。多分、世界で一番危険なディスクの使い方だと思う。フリスビーというよりはチャクラムという武器を彷彿とさせた。なんかのゲームで見たことがある。
「っしゃあ!」
ほんの一瞬だったが、道が開けた。志音はすかさず加速し、横から跳んできた狼を思い切り撥ね飛ばした。後ろは任せろと言わんばかりにギターを振り回すが、もう腕が上がらないくらい疲れた。まだ数える程しか振ってないのは分かっているが、そもそもこれ振り回して使う道具じゃないしね。動きが鈍くなったいたせいか、私の腕が狼の標的になってしまう。
「ぼさっとしてんなよ!」
知恵はディスクで狼を退け、気をつけろと私に怒鳴った。ホント、悪いヤツではないんだと思う。というか、結構良いヤツな気がする。それだけに、あえて何とは言わないけど、凄いのに目をつけられて若干気の毒だと思った。
「……あれって」
菜華の視線を辿るように振り返ると、鳥達が一直線にこちらに向かってきている。ヤバい。苦し紛れにまきびしをぶつけようとしたが、すぐに止めた。バイクがそれを踏んだら、パンクしてガチで詰むからだ。覚悟を決めてギターを握り直した瞬間、突然辺りが真っ白になった。そして地響きが鳴り、鳥達の鳴き声が聞こえる。
「なっ……!? 私の覚悟が、遂に周囲を巻き込んでしまった……?」
「よくわかんねぇけど、札井はもし無事に帰れたらすぐに病院行け」
まずはお前を病院送りにしてやろうかとギターを構えた私だったが、そんな考えは閃光が止んで視界が戻った瞬間、どっかに行った。
狼とは違う、見た事の無い獣が宙に浮いていたのだ。私達を襲った鳥のなれの果てが、地面で銀色に輝いている。
敵か味方か分からない生き物の登場に、私達はもちろん、バグと狼までもが硬直していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます