第7話 なお、4歩目からは遠回りになってでも逆方向に向かうものとする
放課後。今日の授業を反芻していた。
アームズ……それが私達の命運を分ける鍵になるだろう。
毎年2~3名の行方不明者が出ると聞いていたが、もしかしたら機器の不具合等で戻って来れなくなったのではなく、戦死したのでは?
戦うという事実を伏せるため、担任はあの日、私に反論しなかったのでは?
実は目の前で生徒の死を目撃していたのでは?
疑問が止め処なく湧いては消える。
「次回、遂にバーチャルに行くんだな」
ゴリ……志音が噛み締めるように言う。こいつとしても色々と思うところはあったようで、いつものようにうるさくはない。
「そうだね。で、なんで私の席のところまで来たの? 帰れば?」
「一緒に帰ろうぜ」
「嫌だよ、一人で帰りなよ」
「本当につれないな。お前」
「ほら、早く帰らないとみんな心配するよ」
「っせーな。あたしの帰りを待ってる奴なんていないからいいんだっつーの」
「いるよ」
しお……ゴリラは眉を顰め、こちらを見ていた。バツの悪そうな顔。こいつ、もしかして何かワケ有りってヤツだろうか。しかし、私は構わず続けた。
「微生物とか」
「はぁ?」
「土ってたくさん微生物がいるんだよ? 知らないの?」
「死ねってか!」
言いたいことが伝わったようで嬉しい。私は上機嫌で鞄に教科書を詰めた。だけど志音はまだその場から離れなかった。話は終わったつもりだったけど、そうではないらしい。
「アームズ。どうすんだ」
顔を上げると、志音は真剣な顔をしていた。あんたにそんな心配をされるほど、私は落ちぶれてはいない。一応、当てはある。だけどそれは実習の時までのお楽しみだ。今ここで言うつもりはない。真似されると嫌だし。
「大体の構想はできてるよ。人の心配より、自分の心配をしなよ」
「……ちゃんとあるんならいいんだ。相棒だからな。何かあったらあたしも困るし」
こいつ、ナチュラルに人を見下しているな……? まぁいい。
志音の言うことは間違ってない。私は平凡な生徒だ。座学はもちろん、芸術センスや運動神経に至るまで、私という存在のその全てが、反吐が出るほど平凡なのだ。
そりゃSBSSに入学するくらいだから、世間的に見たら優秀な方だろうけど。それでも上には上がいる。私には秀でた才能も無ければ、これだけは誰にも負けたくないと打ち込めるものは無い。
こいつはそれを見透かしている。だから心配だったのだろう。自分に最適な武器を考え出せるかどうかが。
「ま、そういうこと。そうだ。私も志音に聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
もうここには私達しかいないし、頭の片隅で妙な存在感を発揮されるのにもうんざりしてきたところだ。聞くなら今だろう。
「なんで私なの?」
「? どういうことだ?」
「だから、どうして私をバディに選んだの?」
好きだからなんて言われて有耶無耶になっていたけど、そんな理由で納得出来るわけがない。そもそもその好きだから、という理由が不可解なのだから。
どんな言葉が返ってきてもいいように、私は少し身構えた。
「お前さ。変じゃん」
「……は?」
……は?
変?
え? 誰が?
っていうか平々凡々って言ってたよね? 矛盾してない?
考えていたことが顔に出ていたようで、志音は私の疑問を察していた。
「いや平々凡々って言ったけど、それはお前のスペックの話で、性格の話じゃないし」
つまり私は性格が変だと?
ここまで話せば話すほどムカつく人間っていうのも珍しい。志音の胸ぐらを掴みそうになるのをぐっと堪えて、代わりに睨んだ。
「入学式初日に担任に噛み付くなんてまともじゃねーよ」
「あれは……」
「面白いヤツだと思ったんだ」
「ぐっ……でも、アンタ寝てたじゃん」
「起きてたよ。机に突っ伏してはいたけど、意識はあった。ぼーっとしてたらおもしろい奴がいるだろ? そんで気になってたんだよ」
そんな「この俺を知らないとは……ふっ、お前……面白いヤツだな」みたいな、乙女ゲームのキャラクターのような発言をされる日が来るとは、夢にも思ってなかった。
私は落ちんぞ。イケメンでもなければ男ですら無い、というか哺乳類というだけで人類ですらないゴリラに、私は決して屈服しないぞ。
「お前いますごい失礼なこと考えてるだろ」
「失礼なことなんて考えてないよ。ただ乙女ゲームの生徒会長キザキャラみたいって思っただけ」
「それ以上に失礼なことが思いつかないくらい失礼じゃねぇか」
まぁ、とにかく、こいつが私に目をつけた理由は分かった。知らないところで恨みを買ったということもないようだし、その点では一安心だ。
「でさ。あたしへの良くわからない疑いも晴れたようだし、一緒に帰るか」
「うん、いいよ」
一緒に帰るくらいいいだろう。観念してそう答えた。
そして続けた。
「3歩だけね」
「それ一緒に帰るって言わねーから!」
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