第6話 なお、キーボードで殴るのも有りとする
「武器の資料ね。適当でいっか。なんとかなるし」
「本当にその自信はどっから湧いてくんだよ。お前ほど平凡な生徒はいねぇよ」
先生が渡したプリントには、引くほど重要な情報が書かれていた。これを口頭で一切伝えずにプリントのみに託すとは、正気の沙汰とは思えない。
そこに書かれていたのは、自分の扱う武器の資料を用意すること。資料を忘れたら次の授業は二時間くらい、ずっとぼーっとしてないといけないのでは?
隣のゴリラに視線を向けるとやはり目が合った。もうあまり気にしないことにする。生きていれば目くらい合う。かなり強引だが、そう思うことにした。
「武器の資料な。ネットで適当なモン用意していくか」
「そう、よろしく」
「はぁ!? 自分で用意しないのかよ」
何故そのようなリアクションをされなければならないのか、皆目見当がつかなかった。さっきも言ったが、私はなんだっていい。きっとそれなりにやれる。
そもそも何に使う武器なのかが分からない。今日は機器の説明のみで、SBSSとしてどういった演習があるのか等については、まだ知らされていない。そしてバグへの対処の仕方も。
しかし機器の説明の直後に武器の資料とは……。もしかしてこの武器というのは、ものすごく重要なものなのでは……?
「いや、でもね、普通ないよねぇ……」
「なんの話だ?」
「あんたとペアを組むって話」
「少しは容赦しろよ!」
気がかりなことをこいつと共有するつもりは毛頭無かった。というか聞いたら馬鹿にされそうだし、なんなら顔を見ているだけで気分が悪い。
----
そして迎えた二回目の高度技術の授業。今回はあの建物ではなく、教室で行われていた。資料を用意していないのはどうやら私だけのようだ。てっきり実習室での授業だと思っていたのに。席順の変更も無いため、隣の席にはなんとかさん改め、
彼女は機嫌良さそうにポニーテールをゆらゆらと揺らしている。
少々いたたまれない気分になりつつも、家森さんに心配されないように、資料っぽく見える紙を適当に机に広げている。
先生が言うには、バーチャル空間の私達は徹頭徹尾、脳で生きている。あっちは科学や医療の進化を遂げてきたこの現実世界以上に”想像することは実現できる”世界らしい。
いや、そんなことはこのご時世では常識だ。だけど、どこぞの大手メーカーの機械がバグに襲われてニュースになったって、バグの対策チームは”専門チーム”としか呼ばれないし、解決をしたとしても”適切に対処された”としか報道されない。知っているようで知らないのがこの業界だ。
セキュリティ上、漏らしてはいけないことも多そうだし、どのように対処しているかはおそらくあえて詳しく報道されないようになっている。
「何も知らない人々は、バグの対策には電子機器を持ち込んで無効化したりというイメージを持っているだろう」
先生は言った。私は内心頷いていた。資料の用意に時間を割きたくなかったのもこの為だ。おそらくは護身用。はたまた私には想像し得ない使いみちがあるのかもしれないが、いずれにせよ、そんな野蛮なことは他の人間に任せておけばよいのだ。例えばあの茶髪のゴリラとか。
「資料を用意してもらったのに悪いが、しばらくはその資料を使うことはない。何事にも順序ってモンがある。まずは俺の話を聞いてくれ」
資料でもなんでもないが、私は広げていた保健だよりを、一先ず机にしまった。まさか先生も保健だよりを広げていた生徒が居るとは思わないだろう。そう思うと少しおかしかった。
隣から何か音がする。そしてなにやら眩しい気がする。光を反射する何かがあるような……。そういえば家森さんはどんな資料を持ってきたのだろう。
興味本位で視線を向けると、彼女は残念そうにむき出しの包丁を机にしまっていた。
「!?」
思わず声が出そうになった。確かに資料は紙じゃなくてもいいと書いてあったけど、実物を持ってくる……?
やっぱりこの人もちょっとおかしい。なんとなくそんな気はしていたが、家森さんの秘めるポテンシャルの高さに私は目を細めて身震いをした。
「まずはバグの成り立ちについてだ。知っての通り、バグはAIの暴走によって生まれる。暴走するAIは特定のものではなく、いつどのAIが暴走するかは神のみぞ知る。また、その原因は不明。陰謀論を唱えるものもいるが、はっきり言って眉唾物だ」
陰謀論者というのはどこにでも湧く。なんならスポーツの勝敗や、アーティストの作品までやり玉に上がることもある。そういう話はある種の夢があって嫌いではないが、やはりどこか逸脱しているのも事実だ。バグなんて、陰謀論者の大好物だろう。あのタイミングであの装置が故障して喜ぶのはどこの国だ? なんて議論が交わされているのだろう。想像に容易すぎる。
「AIの制御は場合によって一時的に可能、しかし多くの場合は、AIを制御する際に好発する活動休止時間への懸念から、それを行うことは出来ない。暴走しているAIの特定が難しく、止めてはいけないAIの可能性があるからだ。電車等の公共機関の制御、研究機関の機器に使われているAI等がその例だな。バグを叩くのは一時しのぎにしかならないが、そうせざるを得ないのが現状だ」
なるほどわかった。つまりはどんなAIでも暴走の危険があり、一時的だとしてもAIを止めてしまうことは国家の致命的なダメージになり得る。
バグはAIを稼働させる為の副産物として考え、それのみを排除する方が効率的ということか。
確かに、事故の心配があるとしても、何百キロも離れた目的地に徒歩で向かうのはいただけない。現代社会においてAIを使用しないというのはそういうことだ。
AIに頼るのを止めるか、対策を立てた上でAIを使用するか、どちらが賢い選択かは明白だ。
「そしてバグには外、つまりこのリアルの世界からの干渉は難しい。適切に対処するためにはバグが潜む仮想空間に赴き、デリートするしかないのだ」
静かに頷きながら先生の話を聞いていた私だったが、次の発言で自分の耳を疑うこととなる。
「それぞれが武器を持ち、バグを見つけ次第、好き放題ぼこぼこにする」
いきなり原始人みたいなことを言い出した。
私は驚愕し、反射的に顔を上げてしまった。先生と目が合ったが、彼は私の目を見ながら繰り返した。
「好き放題ぼこぼこにする」
「えぇ……」
今までのインテリっぽい前フリは一体なんだったんだ。これが最近、人気急上昇のデバッカーと呼ばれる職業の実態らしい。
ねぇ、パソコンでカタカタ! とかやらないの?
どうして武器でボコボコ! なの? おかしくない?
数日前、まさかとは思ったんだ。まさかとは思ったんだよ。でもやっぱりそんな原人みたいな撃退法だと思わないじゃない。
馬鹿馬鹿しいと思っていた武器の選別だが、かなり重要なもののようだ。そうとなれば私だって武器を考えない訳にはいかないだろう。
わぁ、何にしよう。やっぱり釘バットか、メリケンサック、鉄板の入った鞄も悪くないかな?
「いやいや……」
この学校を卒業したからといってデバッカーにならなければいけない、ということは無い。例えば専用のプログラム開発だったり、環境整備だったり、直接戦わなくても選択肢はきちんと用意されている。
前回の実習で白衣を着た養護教諭がいたが、彼のような仕事だってその選択肢の内の一つだろう。なんならここで学んだことを全部無視して普通のOLにだって、なろうと思えばなれる。
しかし、OLはともかくとして、現場を知らないものに開発も整備もできるわけがない。この業界で生きていく為には、あっちの世界での実習が必要不可欠、そしていつバグが発生するか分からない世界に滞在するなら、武器の不携帯はあるまじき行為だろう。
バグに対応する手段が絶対必要なのはわかっている。だけど、これじゃデバッカーというよりソルジャーだ。軍隊の兵隊さんではないか。もしくは超能力バトル。
「札井。お前、超能力バトルみたいって思ってただろ」
「思わない人いるの?」
頭が空っぽになりつつあった私は、事もあろうに先生にタメ口を利いてしまった。しかし真面目な話、いるのか? いないだろう。
想像で武器を具現化させ、それで戦うなんて。完全に超能力バトルじゃないか。少なくとも花も恥らう女学生のすることじゃない。というかその行為自体が恥ずべき行為だ。
「武器は通称、アームズと呼ばれる。アームズにはいくつかの制限がある」
先生は連々とアームズについて説明をし、私達に資料を確認するように指示した。なので、したり顔で保健だよりを再び机に広げた。プリントの正体を知る者がいたとしたら、私は完全に頭のおかしい女だろう。
「えへへ」
でも大丈夫。笑顔で机から包丁を取り出す人には負ける。
ギリギリ正常の範囲内だ。
怪しく光を反射させる刃物を見つめながら、私はそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます