第201話 なお、疲労感がハンパないとする

 リアルに戻ってきた私達はダイビングチェアから降りると、真っ先に夜野さんのところに向かった。みんなそれぞれ思うところがあったらしく、井森さんや志音まで付いてきたので、総勢6名で椅子に座る夜野さんを見下ろすというイジメみたいな光景になっている。

 特に知恵は見るからにむっとした表情をしているし、家森さんはいつもの飄々とした笑顔のまま、だけど放たれるオーラがブチ切れている。よっぽど嫌だったんだろうな、井森さんとあんなことさせられたの。経緯については自業自得なんだけどな。むしろ八つ当たりとすら言えるでしょ。


「お前アレなんだよ! 一般公開するときは絶対実装するなよ!?」

「え? なんで? 面白くなかった?」

「面白いとか面白くないとかじゃねー! やっちゃいけないことってあるだろ! あと全然面白くもねー!」


 声を荒げる知恵と、きょとんとしている夜野さん。私は知恵の意見に賛成している。だけど、そんな諭すようなことをいくら言っても無駄だと思うんだ、夜野さんって完全にマッドサイエンティストだし。知恵に助け舟を出したのは、意外にも志音だった。


「夜野、知恵が言ってるのは一般的な感覚としての話だ。技術は確かにすげぇよ。でも、人の関係性を弄くり回すと軋轢が生まれるだろ? あの機能は取っ払った方がいいぞ」


 軋轢。志音はそう言った。分かる、軋轢ね。そう、軋轢。さらっと難しいかっこ良さげな言葉を使うな、ゴリラめ。私だって軋轢くらい言えるし。「軋轢……!」、と声に出してそれを証明する。みんなが一斉に私の方を向いたけど、私がその後に何も続けない様子を確認すると、すぐに夜野さんに視線を戻した。うん、それでいいの。言いたかっただけだから。

 夜野さんはその間も、分かったのか分からなかったのか曖昧な返事をしてキーボードを叩いている。あれがプログラムの修正であることを祈るばかりだ。


「色々大変だったと思うけど、本当にありがとね」

「鞠尾さん……鞠尾さんも、ご苦労さま」

「あたしは哉人っちのサポートをしてただけだよ」

「この人のサポート、絶対一筋縄じゃいかないでしょ」


 からからと笑って家森さんは夜野さんを見ている。井森さんも同意見らしく、彼女を諌めることなく微笑んでいた。

 鬼瓦先生が夜野さんと私達の間に入って手を叩く。不穏な空気を察して動いたのかもしれない。先生の判断は正しい。家森さん達って笑顔で人刺しそうだもん。


「色々と思うところはあるようだが、協力してくれて助かった。俺からも礼を言おう。いいデータが取れたらしいから、みんなの意見は前向きに検討するように、あとで俺からも言っておく。今日は解散だ。次の高度情報技術の時間にはまたバーチャルでの実習があるから、備えておいてくれ」

「次の実習ってなんすか?」

「次回のお楽しみだ。それぞれVPでアームズを強化したり、アームズの活用法を考えたりしておくように」

「えー、教えてくれてもいいじゃん! ねぇ、札井さんもそう思わない?」


 家森さんが私の顔を覗き込む。彼女の言う通り、ケチくさいなーと思わなくもないけど、ここまで先生と接していると、彼がここで実習の内容を伝えない理由くらい分かる。


「多分、私達だけ内容を聞くと不公平になるから、じゃない?」

「あー、そういう?」

「そういうことだ」


 夜野さん達と先生はさっきのダイブの解析や修正があるとかで、まだしばらく残るらしい。私達は自分の鞄を持って実習室から出て行った。

 校門の前で別れを告げ、志音と帰り道を歩く。志音はぼんやりと間抜けな顔をしながらテクテクと進んで、ある時いきなり振り返った。


「な、何?」

「あたし、考えてたんだ」

「何がよ」

「今度、VP体験室が空いているときに、二人で一緒にダイブしないか?」

「いいけど、何をするの?」

「あたしとお前の、ガチンコバトルだ」


 ガチンコバトル……?

 チンコ……?

 いやチンコは置いといて、志音とバトル……?


 いや無理無理。死ぬわ。何? こいつもしかして私のこと殺したいの? 怖すぎるんだけど。


「え、やだけど」

「なんでだよ!」

「アンタの強さは私が嫌ってほど分かってるっての!」


 そう、私は忘れたりしない。期末テストの時のことを。

 あの時は私が志音の服と体の間にまきびしを呼び出して、結構強引に勝ちに行ったけど、こいつが望んでいるのはもっと別の、正しい戦いのはず。アームズとアームズのぶつかり合いで、ちゃんと勝負したがっているんだ。

 私は攻撃はあいつの薙刀に軽くいなされた。その攻略法は、今でも思い付かない。いくつか試してみたい手はあるけど、確実に勝てそうな方法なんて、何も。


「夢幻、ビビってんのか?」

「は? ビビってなんかいないけど? ただ勝てる算段が無いから気が進まないだけ」

「ビビってんじゃねーーーか」


 呆れた様子で肩を落とすと、志音は私の横に立って、ぐっと肩を抱き寄せた。肩取れる。そんな強い力に耐えられるように私の体は作られてないから。


「お前は強いよ。あたしが真面目に戦ってもいいかもしれないって思うくらい」

「あんたが強い前提で物事を判断してるのがムカつくから足踏んでいい?」

「ダメだぞ」

「分かった」

「いってーな!」


 私は踵ですぐ横にあったつま先を踏むと、うずくまって足を押さえている志音の前に腕を組んで立ち塞がった。


「ちゃんと手加減してくれないとイヤ」

「そんな威張って言うことじゃねーだろ……」


 ふらっと立ち上がった志音は一言、手加減はしない、とだけ言った。やっぱコイツ、私のこと殺す気じゃん……。


「本気でやらなきゃ意味がないだろ? あたし、お前のアームズの弱点に気付いたんだ。それを克服してくれ。頼む」


 要するに志音は私が心配だから、私にもっと強くなってほしい、と。どうやらそういうことらしい。

 気付いたことがあれば口にすればいいのに、日本語が不自由なんだろうか。って言いたいとこだけど、そういうことにしてしまうと現国の成績がこいつよりも悪い私の立場が悪いから言えない。悔しい。


「弱点って何? いま教えてよ」

「駄目だ。戦いの中で目の当たりにして対処しないと、きっと意味がない」

「えぇ……」


 私、少年漫画の主人公じゃないから、戦いの中で強くなるみたいなこと期待されても困るんだけど……。花も恥じらって爆散するJKってこと、忘れてるんじゃないだろうか。


「まぁ言いたくないならいいけど……別にすぐじゃなくても良くない? 次の実習のときにでも」

「駄目だ。あたしが気付いた弱点ってのは、バーチャルの敵がいかにも使いそうな手口だ。次の実習までには克服するぞ」


 えぇ……この人めんどくさいんですけど……。


「明日、ホームルームが終わったらソッコーでVP体験室にダッシュするぞ」

「……はぁ、はいはい。あんたがそこまで何を気にしてるのか分からないけど、可及的速やかに私の弱点をどうにかしたいのは分かったから」

「おう」

「とりあえず今日は疲れたから、何か美味しいものが食べたい。できれば麺類で、こう、味がしっかりしてて、食べ応えのあるもの」

「……鷹屋に行きたいならそう言え。行くぞ」

「ご馳走さま!」

「奢るなんて言ってねー!」


 何言ってんのかな。彼女を食事に連れてくのにご馳走しない女なんていないでしょ。あれ、そうしたら私も志音に奢らなきゃいけなくなる……難しい……今日はやっぱり疲れたんだな。全然頭が回らない。

 難しいことを考えるのはやめにして、とりあえず鷹屋に行こう。それがいい。ダメって言われても絶対鷹屋スペシャル頼んでやる。

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