インターバル
第202話 なお、たまにはパーとする
「なんつータイミングだ。そんなのありかよ」
「まぁ、私達ってそういうとこあるよね」
教室で私は苦笑いをしていた。ちなみに志音は項垂れている。帰りのホームルームで凪先生から言い渡されたのは、設備点検の為のVP体験室使用不可。明後日までかかる予定らしく、とりあえず今日は大人しく帰れ、とのことだった。
やる気満々だった志音はかなり悔しいらしく、大きなため息をついて、珍しく眉を下げている。まぁ、先生ももうちょっと早くにアナウンスしてくれたら、と思うけどね。VP体験室の状態なんて、私達と知恵達、あとは家森さん達にしか関係のないことだからね。クラスの生徒のほとんどが関係のないことを、ホームルームで伝えてくれただけ有り難いと思う。
……まぁ本人もそんなことは分かってるんだろうけど。私よりよっぽど頭の回るヤツだし。
「志音、なんか落ち込んでねーか?」
「どうしても今日VP体験室使いたかったみたいなんだよね」
「そんなに使いたいなら体験室の前に正座して真一文字に口を結んでいればいい」
「ヤバい奴じゃん」
いつもの調子で絡んできたのは知恵と菜華だ。菜華の場合、冗談とかじゃなくてマジで「いいこと教えてあげる」みたいな気持ちで言ってそうで怖い。
「こうなったらもう諦めるしかないな」
「志音達は今から帰るのか? じゃあ駅前のゲーセン寄ってこうぜ」
「ゲーセンか……まぁ、あたしはいいけど。夢幻は?」
「行こ行こ。前に知恵に誘われた時も行けなかったし」
「そういやそんなことあったな」
私は身支度を整えて鞄を手に取ると志音に持たせた。知恵達はもう準備ができてるようだったから少し歩いたんだけど、付いてきたのは志音だけだ。振り返ると、二人は若干呆れた顔で私達を見つめていた。何よ。
「なんかあったの?」
「お前が自然に志音を荷物持ちにさせてるから驚いたんだよ」
「別にこれくらいいいって。こいつの鞄軽いし」
「……知恵、私も知恵の鞄を持つ」
「張り合わなくていいんだよ! おい! 返せ!」
菜華は知恵から鞄を奪い取ると右手に持った。ちなみに左手には自分の鞄、背中にはギターを背負っている。なんかイジメられて鞄持ちさせられてるみたいな絵面だけど、本人が満ち足りた表情をしているからギリギリでプラスマイナスゼロになってる。いや、なってるのか?
「……まぁいっか」
なんか言おうかと思ったけど、菜華は今更知恵の鞄を手放したりしないだろうから何も無かったことにして歩き出した。
昇降口に辿り着いて靴を履き替える。つま先で軽く地面を叩いて横を見ると、知恵が靴を履くのに少し手こずっているところだった。というか靴……? え、なんで……?
私の畏怖する視線に気付いていないのか、知恵はカランコロンと音を立てて菜華の隣に移動する。志音も異変に気付いて、ドサっと手に持っていた鞄を落とした。それ私のじゃん。自分の落とせや。
「知恵? その靴? は何?」
「下駄だぞ。知らないのか?」
「そうじゃないわ。私が知りたいのはなんで下駄を履いてきてるのかってことだよ」
「あぁ、それか」
知恵は困り顔でガシガシと後頭部を掻いてから言った。昨日、靴が爆発したんだ、と。
え? 靴ってそういう機能付いてたっけ? 私のは付いてないと思ったけど、もしかしてそれが今のトレンドなの?
私と志音は互いの目を見て沈黙した。こいつ何言ってんだ? と。
「あーとな。靴にジェット噴射機能が付いてたら登校が楽だろ?」
「…………まぁ、そうだね」
私はいくつもの言葉を飲み込んで知恵の問いかけに答えてると、おもむろに歩き出した。校舎を出て校門を目指す道すがら、知恵は話を続ける。
「だから踵のところに付けてみようと思ったんだよ」
「…………おう、そうか」
うん、いま志音も絶対言葉飲み込んだよね。眉間にすごい皺が寄ってる。多分言いたいことがたくさんあるんだと思う。志音は普段、私という常識人とつるんでいるんだから、こんな奇想天外な話を聞かされるのに慣れていないハズだ。
「試してみたらジェットの力が強過ぎたんだ」
「それで爆発したの?」
「いんや、付けること自体には成功したんだ。履いて試してみたら噴射の角度が悪かったのか、両足が宙に浮いて頭からすっ転んだんだよ」
「馬鹿なの?」
ついに耐えきれなくなって言ってしまった。だって馬鹿でしょ、プライベートで誰も居ないところで何面白いことしてるんだ、こいつは。
菜華の方を見ると、彼女は難しそうな顔をしてぽつりと呟いた。
「…………正面に人はいなかった? 知恵のパンツを見た人はいない? 大丈夫?」
「大丈夫だぞ」
菜華ですら色々な言葉を飲み込んだ様子だったけど、それで出てくるのがこんな発言なんだからもう流石としか言えない。
知恵はその後ジェット機能の調整をしようとして、そこでやらかして靴が爆発したということだった。もう頭がおかしいとしか思えないけど、その馬鹿げた発想を試す行動力と技術力だけは評価に値するのかもしれない。
「成功したら絶対楽しかったのになぁ。ま、それで母さんに靴貸してくれって言ったらこれが出てきたんだよ」
「知恵のお母さんもヤバい人なの?」
「会ったことあるけど、まぁあの母にそれを言ったら下駄を出してきそうな感じではある」
「聞こえてるぞ」
知恵はムッとした表情で隣にいる菜華と私を睨み付けているけど、自分の娘の登校用の靴として下駄を出すのは絶対にヤバい人でしょ……そこは間違ってないでしょ……。あと下駄を出されて普通に履いてくるあんたもヤバいでしょ……。
「あたしの母さんは着付けの先生なんだよ」
「着付けって、和服の?」
「おう。今じゃ着てる人全然いないけどな。そりゃそうだ、何百年も昔のもんだし。うち、古いだろ。うちに金が無いってのも理由の一つなんだけど、金があったって母さんはあの家を改装したりはしなかったと思うぞ」
なるほど。きっと知恵のお母さんは古きを重んじるって感じの人なんだろう。そういえばこいつの家、黒電話なんてあったし。旧式の電話回線なんて特殊なもの、逆に高くつくんじゃないかと思ったけど、そういうことだったのか。
話をしながら歩いている間に、辺りの景色が賑やかになっていた。ゲーセンの場所は知恵が知ってるらしいから、私達は知恵の先導の元、歩道を歩いて行く。
「にしても、普通の靴買った方がいいんじゃないのか? 歩きにくいだろ」
「おう、今朝母さんが古いの引っ張り出して来てくれたから、明日からはそうするぞ」
「なんでそれ履いて来なかったんだよ」
やっぱ母子揃ってヤバいじゃん。私の感心を返して。
私がなんとも言えない顔で知恵の後頭部を睨んでいると、菜華から「いつもの知恵よりも少し目線が高くて新鮮な気持ちになる。これはこれであり。知恵は何を身に付けても可愛い」なんて謎のフォローが飛んできた。
いやそういう意味じゃないんだけど……まぁいっか。
「着いたぞ。ここだ」
立ち止まった知恵が建物を見上げる。看板にはWAIWAIアミューズメントと書かれている。思ったよりも立派な建物だ。古い機種から最新機種まで取り揃えているようで、入り口から見えるところにはUFOキャッチャーが所狭しと並べられている。付き合いで来たつもりだったけど、実際に見るとやっぱりワクワクする。私は志音にさっと手のひらを見せて言った。
「志音、お財布」
「あぁ」
「そっちの鞄から出して」
「これはあたしの鞄だから自分の小遣いで遊ぼうな」
何よ、ケチ。私がムスッとしていると、志音は自分の鞄から財布を取り出した。前々から思ってたけど、志音ってホント私に甘いよね。
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