期末テスト
第94話 なお、ガチとする
私は震えていた。
満を持して迎えた期末考査、筆記の方は何事もなく終わった。私は前回よりも成績を上げ、全体で言うと上の下辺りに位置することとなった。
1位は変わらず夜野さん、3位は志音、2位はなんと菜華であった。本気を出せと知恵に言われたので本気を出したらしい。頭がおかしい。先生の立場になって考えると、あいつ滅茶苦茶成績つけにくそう。
ちなみに、命令した知恵は最下位を免れたようだが、やはり下位グループであった。
そして、私は見上げた順位表に、井森さんの名前を見つける。
23位。間違いなく上位である、おそらくは前回もこれくらいの成績だったのだろう。しかし、私が注目したのは彼女の名前である。
碧。おそらく、碧(あお)と読むのだろう。家森さんが月光というぶっ飛んだ名前だったので、彼女にも少し期待してしまったのだが、思っていたより普通の名前だった。
こんなこと考えてるなんて知られたら、酷い目に合わされそうだから伝えたりはしないけど。
そして冒頭でも述べた通り、私は震えていた。
ダイビングチェアに座り、鬼瓦先生の説明を聞いて死んだ目をしていた。隣の席から心配そうな視線が飛んできているのは知っている。
だけど、今の私には「こっち見んな」という余裕すらなかったのだ。
「質問は無いな? このテストでは、バグに立ち向かう基礎的な力が試される。脅しをかける訳ではないが、バーチャルプライベートの免許試験では、この期末考査の内容が非常に重視される。安全かつ、気を引き締めて取りかかるように」
先生もなかなかに無茶を言う。無事に帰ってきて欲しいならそう言えばいいのに。
前回のテストのような、高度情報処理科の作った疑似バグではなく、正真正銘の本物らしい。いつもの彼なら「深追いはするな」と言った筈だ。
そう告げなかったのは、一般的な生徒達が皆バーチャルプライベートの免許試験への参加を目標としていると知っているからであろう。
ここが正念場だぞ、と彼なりにヒントを出したかったのだと思われる。どこまでもお人好しな人だ。
しかし、やはり今の私にとって、そんなことはどうだってよかった。
試験の内容は至って単純。シンプル。
バグをデリートする。ノルマは一人1体。
それだけ。
振り返ってみると、私が一人でバグをデリートできたことなんてあっただろうか。いや、ない。悲しい反語である。
他の生徒と協力しても構わないらしいが、その場合、貢献度の高い方の撃破としてみなされ、片方だけが帰還できる仕様らしい。先生はモニターから生徒達の動向をチェックしており、持たされた端末にメールが帰還命令が入るとか。
つまり、どれだけ逃げ回って他人の力に頼っても、いつかは自力でなんとかしなければいけない瞬間が来る、ということである。
「相性の悪い相手だと分かったら逃げるのも手だ。判断力が物を言う。では、健闘を祈る」
床からせり上がってくる小さなテーブルを見つめ、本当に始まってしまうのだと覚悟を決める。
こんなときでもナノドリンクは美味しかった。
トリガーをセットして、深呼吸をする。
そして、ダイブしようとした瞬間、横から声をかけられた。
「なぁ」
「何?」
「頑張れよ」
「あんたは自分の心配しなさいよ」
「いらねーもん」
「知り合いだと思って後ろから声かけたのに、振り返ったら全くの別人で気まずい思いをしろ」
余裕ぶっかましやがって。
事実こいつ多分めちゃくちゃ強いから腹立つ。
私は八つ当たりするように、トリガーを強く噛んでダイブした。
周囲は民家が立ち並んでいた。日本の田舎って感じ。
バーチャル空間の中にも、こんなところがあるのか。私は周囲を見渡しながら、町を散策する。バグの気配はまだ無い。
しばらく歩くと、おなじみの紫のラインが地面で輝いていた。
町の中で安全保証地帯が切れるのか。妙な気持ちを抱えたまま、私はそれを踏み越えた。
それからさらに歩くと、路地から物音が聞こえた。
パタンという、ドアが閉まるような音である。
久々に感じる他者の気配に少し鳥肌が立つ。
そっと息を潜め、音のした方へ視線を向け躙り寄ると、今度はかさりという音が聞こえた。路地の奥を凝視しても、曲がりくねっていて見通しが悪い。
農器具が立てかけられており、奥へと進むのも困難そうだ。
曲がりくねった道の先にはいくつもの小さな光が待っている筈でしょう?
聞いてた話と違うと悪態を吐きつつ、私は物陰に隠れているであろう”何か”に話しかけた。
「……誰かいるの?」
「いるよ!」
「っびゃー!!」
背後から声をかけられ、心臓が爆発しそうになる。
飛び退きながら姿を確認すると、そこには2メートルくらいの、歯車のような金属が宙に浮いていた。
「オレって飛べるからさ! ビックリしたんだな!」
「あ、う、うん……」
空中でご機嫌そうにクルクルと回る彼(?)に、私は狼狽えながらも会話をする。随分と軽い調子で敵意はあまり感じないが、間違いなくバグだろう。
「オレってこれからやらなきゃいけないことあるからさ!」
「何をするの?」
「リアルの世界でコンピュータ管理されるトラクターを暴走させるんだ!」
「大惨事じゃん」
軽々しく恐ろしいことを言うな。
止めたいのはやまやまだが、彼は金属。私の武器とは恐らく相性が悪いだろう。
「だから先にあんたを殺さないと!」
「!」
何が”敵意はあまり感じないが”だ。敵意どころか殺意を向けられてるじゃないか。あんなバカデカい歯車、当たったらただじゃ済まない。
迷ったが、まきびしで迎撃するのはやめた。
石造りの城の壁を破壊する程度の威力はある。しかし、彼はそれよりも遥かに頑丈そうだし、かなり速い。
動きを捉えるのは難しいように思える。
とりあえず距離を取って、時間を稼ごう。そして考えをまとめればいい。
私は走り出した。
さきほど、扉が開くような音が聞こえた民家の入口を目指す。他の民家よりも中に入れる確率が高いと踏んだのだ。
思惑通り、ドアは開けっ放しになっていた。中に入ると、すぐにドアを閉める。
しかし、手のないあのバグにドアを開け閉めすることは出来ないだろう。とすると、バグと入れ違いになった幸運な人間がいる可能性が高い。
一応鍵をかけ、そして間仕切りの扉を開けては建物の奥に進む。後ろから、バグが体当たりを仕掛ける音が聞こえてくる。そして木がバキバキと割れる音も。
あそこが突破されるのも時間の問題だろう。
私は台所に辿りつくと勝手口の存在を確認し、一息ついた。こうやって民家を出たり入ったり何度か繰り返し、限界になったら隠れる。それで多少の時間は稼げると踏んでいた。
あとは、これだけ農器具がある場所なら、武器が見つかったりするんじゃないかという淡い期待もある。
しかし、私はキッチンで予想外の光景を目撃し、つい大声をあげてしまう。
「はぁ?! 知恵!?」
「うを!? お前、こんなところで何してんだよ!」
「いやこっちの台詞だし!」
「あたしは喉乾いたから水飲もうとしてたんだよ!」
「のんきか!」
コップを持っていた知恵の腕を引っ張って勝手口を出た。
そして、すぐ左に曲がり、土の上を走る。
「おいおい、なんだよ」
「バグに追っかけられてんの!」
「はぁ!? あの音ってやっぱそうだったのかよ!」
そして知恵にバグの簡単な特徴を伝えると、見るからに暗そうな顔を見せた。
分かるよ。その顔の意味。分かる。
「よりによって、あたしらと相性悪そうな……」
「でもこうして知恵がいるって分かったし! ってことは他の人も近くにいるかもじゃん!」
「おぉ! そうだな!」
「井森さんはハンマーが得意って、家森さん言ってたよね!?」
「あぁ! 横からぶっ叩けば一発だろうな!」
そんなに都合良く彼女に出会えるとは思っていない。だけど、可能性はある。
おそらく井森さんだけではなく、志音でもなんとかできるだろう。
私は持ち前の他力本願を発揮し、とにかく時間稼ぎしようと思考を巡らせた。しかし、知恵が突然それにストップをかけた。
「いや。駄目だ」
「は?」
「よく聞け、夢幻。確かに相性を見極めることは大事だ。だけど、それを克服してこそ、免許試験の道が開けると思わないか?」
「思わない。逃げよ」
「思えや!」
知恵はその場から逃げようとする私の手を引く。
私達が小競り合いをしていると、そこに景気よく勝手口の扉をブチ破ったバグが登場する。
「ほら来ちゃったじゃん!」
「じゃあ行けよ!」
知恵はバグと対峙して、私だけを逃がそうとした。
ふざけるな。
私は知恵の手を引いて再び走り出した。
「邪魔すんなよ!」
「じゃあ聞くけど、勝つ算段はあったの!?」
「……ねぇよ!」
呆れた。そして、私は知恵らしくない行動に耳を疑った。
彼女は勉強はできないが、非常に頭の切れる女性だ。分析力、判断力共に高く、志音ですら一目置く存在である。
だというのに、一体どうした。
策も無しに懐に飛び込むなんて、本当にらしくない。
「勝つ算段って程じゃねぇけど、一つだけ試してみたいことがあったんだ」
「そうなの?」
「だけど、よく考えたら諸刃の刃だ。もう少し考えるべきだった。止めてくれてありがとよ」
「別にいいけど、何をするつもりだったの?」
「オレって早くトラクターを暴走させたいんだよー!」
「なんだあいつ、思ったよりヤベェな」
「そうなんだよ」
話は遮られてしまったが、今ので知恵はバグの性格をなんとなく理解したようだ。
そろそろ走るのも辛くなってきた。しかし、また老人いじりされたら嫌なので、もう少し頑張ることにする。
「知ってっか! あのランボルギーニも、元はトラクター作ってたんだぜ! トラクターにはよ! 夢が詰まってんだ! オレってあいつらを解放してやりてぇんだ!」
「らんぼ……? おい! なんか外国語喋ってるぞ! ロシア語とかか!?」
「ただの車のメーカー名だし、ロシアじゃなくてイタリアの会社だよ」
「……そういえば、さっき何をするつもりか聞いてきてたな」
うわ……自分の勘違いを無かったことにして話そらした……こわ……。
私は絶句しながら知恵を見た。器用にも、顔を赤くして俯きながら走っている。相当恥ずかしかったんだろうな。
「それを説明するには少し時間を稼ぐ必要がある、一旦まくぞ!」
「Я понимаю!」
「てめぇブッ殺すぞ!」
だってそんな顔されたらイジらないと気がすまないじゃない。
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