第95話 なお、洒落にならないとする
私は札井。たった今、二種類の殺意を背負って走ってる。
一つは背後から向けられるバグからのもの、もう一つは隣を走るクラスメートからのものである。どちらからもギンギンに漲った熱量を感じる。
私が可哀想だからやめて。
「……ったく、とりあえず適当な民家に入るぞ」
私達は角を曲がると、バグに目撃されるよりも先に空き家に入り、ドアを閉めた。私は中指と薬指をくっつけてさらに親指で下あごを作って知恵に見せた。
「なんだよそれ」
「静かに行動した方がいいじゃん。片手でキツネさん作ったら【こっちは大丈夫だ】って合図にしよ」
「そんなことしてる間にミンチになるだろうからやめような」
「菜華だったら絶対乗ってくれた」
「想像に容易いことを言うのはやめろ」
足音を立てないようになんとか二階に移動して窓から外を見ると、彼はデタラメに走り回り、私達を捜索しているようだった。
「とりあえず時間は稼げそう」
「だな」
しばらくは近付く気配が無いことを確認して、私達は話を戻した。それは知恵が試してみたかった、ということについてである。
どこから話せばいいんだろうなと呟いた後、一呼吸置いて、彼女は話し始めた。
「正直、今まであたしは夢幻のアームズをどこか他人事のような気持ちで眺めてたんだ」
「自分の事のように考えられてる方が怖いよ」
まきびしとパソコンの共通点を挙げられる人間が居たら、それは恐らく変人だ。私なら笑顔で「四文字だね」と、明らかに意味のない事しか言えない。
「実は、あたしのアームズもお前のと大差ねぇんだよ。それをつい最近思い知った」
「へぇ。変わったまきびしだね」
「そういう意味じゃねぇよ!」
茶化すしかないでしょ。だって話の前提が崩壊している。
大差ない? 本気で言ってるの? あんたのアームズ、踏んだら痛い?
”バキッ……”って嫌な音立てて使えなくなって終わりでしょ。
「なんだ、あたしらのアームズには一つ共通点がある」
「そんなのある?」
「複数のパーツで成り立ってることだ。夢幻のアームズは1粒ずつ強くなってんだろ?」
「なるほど……!」
全く気付かなかった。しかし言われてみればその通りである。
厳密に言えば菜華のギターも弦とか、色々なパーツに分かれてそうだけど、彼女のアームズはいつも単体の”ギター”として呼び出されている筈だ。
その点、知恵のパソコンは、局面に応じて仕様を変更していると言っていた。
つまり、パーツの一つ一つが意識して呼び出されているということ。それらが個別にパワーアップしても、何ら不思議ではない。
よく分からないけど、CPUとかメモリとか? いや、菜華と組むことを考えれば、スピーカーが強化されてもいいかもしれない。
私はわくわくしながら知恵に聞いた。
何が強くなったの? と。
だって気になる。
あの見るからに相性の悪そうなバグを撃破する為には、それなりのパーツがそれなりに強化されないと。
「ファンだ」
「……え?」
「ファン。機械の中を冷やす装置だよ」
はい解散。
皆さん、本日はお集り頂き、誠にありがとうございました。
考えうる限り、一番いらない強化じゃない?
なんでそれ強化された? 嫌がらせ?
「なんつーの、強くなったら呼び出さなくても分かるのな。さっきはその”予感”みたいなモンがあったから試そうと思ったんだ」
「そうそう。そうなんだよ。にしてもそのパーツは無い」
無い。
断言できる。
好きにステータス振れって言われて、画力に全フリする勇者いたらどう思う?
無いよね?
神様でもヘドバンしながらリセットボタン連打するレベル。
「お前の視線の意味は分かる。いつも無理させてきたからなぁ。その度にこいつが頑張ってくれてたんだ、縁の下の力持ちっての?」
「今は縁の下にいる人にスポットあててる場合じゃないでしょ」
「ばーか、場合なんだよ」
誰がバカじゃ。耳を引っ張り上げながら怒鳴るぞ。
そんな私の心境を知ってか知らずか、知恵は短く笑って、アームズを呼び出した。
そして水平に構えたまま、手を離す。
「ちょっ! 落ちっ……てなぁい……!」
パソコンは宙に浮いたまま、その位置をキープしていた。中からはふおぉぉぉという、風を巻き上げるような音が聞こえる。
そうか、ファンか。
「え……浮いてる……」
「すげぇだろ。内部には風の向きを変えるパーツを取り付けているからリモコンで操作可能だ」
すごい。
浮いたパソコンを上から手で押してみたが、全くびくともしなかった。かなり強力な力で浮いているようだ。
「でも、これどうするの?」
「夢幻、あたしと組め」
「え。やだ」
「ここは頷くところだろうがよ」
知恵は私の胸ぐらを掴んで恫喝してきたけど、了承する訳にはいかない。こんな言い方をされて受け入れたことをバレた日には、私は命を手放すことになる。
凶器はギター。
「言い方ってモンがあるでしょ」
「あ? 一緒に戦って下さいってか? 水くせぇな、お前」
「違う違う。”一時的に、ごく短時間、言うなれば一瞬だけ協力してバグをデリートしようぜ”。はい。繰り返して言ってみて」
「菜華のこと警戒し過ぎだろ」
こいつは馬鹿か。頭に何が詰まってるの? おがくず?
私は現に、ちょっとぶつかっただけで”触れ合おうとしてる”とか、知恵から抱きついてきただけなのに、心臓が凍りそうになるほど睨まれたりしているのだ。
警戒しない方がおかしい。
今はテスト中で、菜華だって知恵分が不足しているに違いない。そんな中で、自分が知らないうちに別の女と組んでいたら?
この様子は鬼瓦先生達が観察しているのだ。つまり彼が、後からうっかりでポロリするかもしれない。
彼がこの様子をたまたま見ていて、さらにそれについてたまたま言及する確率なんて、ほぼゼロに等しいだろうが、それでも殺気立った猛獣を刺激する要素はできる限り排除したい。
「……あーあー、わかったよ。一瞬だけ力貸せ」
「そ。一瞬ね、いいよ。でもその浮くパソコンで何をするつもりだったの?」
「試してないけど、こいつかなりスピード出ると思うんだ」
「そのパソコンに”激ヤバドローン”って名前つけよ」
「脳天にぶつけんぞ」
死ぬわ。
しかし、知恵のやろうとしたことはなんとなく分かった。さっきの”諸刃の刃”という言葉と照らし合わせて考えてみたのだ。
つまり、その激ヤバドローンを、脆そうな横っ面から歯車にぶつけるつもりだったのだろう。
「でもそれって、一回失敗したらもう詰まない?」
「それな」
「軽々しく同意してる場合じゃないでしょ」
「だけど事実だ」
知恵はパソコンを開いて、浮かせたまま両手でキーボードを叩いていた。なるほど、そういう使い方もできるようになったか。
今まで、特に移動中なんかは、片手はパソコンを持つために使われてきた。両手が使えるとなると作業効率もあがるだろうし、案外悪いレベルアップではなかったのかもしれない、と考えさせられる。
「一応解析もしてみたけど、これと言った弱点も無いみたいだな。現状、やっぱ物理攻撃以外のアプローチは思いつかない」
「そうなんだ、私は他のバグ探すから頑張ってね」
「そこでお前の出番なんだよ、逃げようとすんな」
私の出番なんてあった? あ、後ろから「がんばれー」って言ったり?
「あのデカい的に当たらないって事は無いだろう。失敗する可能性があるとしたら、それは激ヤバドローンが奴に通用しない、これだろ」
「アンタ何気に激ヤバドローンって名前、気に入ってんでしょ」
「だから、お前のまきびしでこいつを強化してやって欲しいんだ」
「無視すんなや」
強化って言っても、何をどうしたらいいんだ。眉間に皺を寄せながら考えていると、知恵はノートパソコンを手に取ってヒンジの部分を私に見せつけた。
かなり不自然な形の穴が開いている。まさか……。
「この穴にお前のまきびしのギザギザが刺さるように、いい感じでイメージして呼び出してくれ。ボーリングの球くらいの大きさにできるよな? あれがついてたら攻撃力も格段に上がると思うんだ」
「菜華にヤバいプレイ強要されて断り切れなくて酷い目に遭え」
「なんでだよ、あとそれ洒落になってねぇ」
こいつは私が仮設ロッジ設置の時に何をやらかしたか、見ていた筈だ。志音がアンカーを呼び出し、私がコアを呼び出し、そこに夜野さんがプログラムを入力する予定だった実習。
私はまきびしを召喚し、志音と夜野さん、雨々先輩にまで爆笑された。夜野さんのクラスメートにも爆笑されていたらしいけど、それは大丈夫。さすがに辛過ぎて普段は記憶から抹消してるから。
とにかく、”この形に合うようにアームズを呼び出せ”という指示はあの一連の出来事を思い出させられて、非常に嫌な気持ちになるのだ。
だからヤバいプレイで数日くらい日常生活に支障を来して欲しいという私の願いは真っ当。
「あぁ、そーいやお前、前にコアで……」
「喧嘩売ってる?」
「いや、その、大丈夫だって。お前だって成長してんだ」
「あんたに気休め言われるとはね」
「気休めなんかじゃねー。あの時は懸賞首のバグからなんとか逃げるのが精一杯だったろ? でも、今のお前なら、デカくしたまきびしをぶつけてデリートしたり、夢じゃないだろ」
「それは、そうかもしれないけど……」
「な? 強くなってんだよ、お前は」
知恵は私の背中に手を置いて、慰めるようにそう言った。気持ちは嬉しい。確かに、私だって何も変わってない訳ではない。
しかし、それとこれとは話が別である。
「励ますなら強くなった部分じゃなくて、アームズの召喚が成長したって根拠について話して欲しいんだけど、どう思う?」
「なんつーの、ほら、その、な?」
「忙しい中なんとか会う時間作ったのに二人とも生理でそれがおじゃんになれ」
「だからやめろ! お前言うことがいちいち生々しいんだよ!」
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