第174話 なお、いないところでは褒めやすいとする

 私は意識をA実習室に移すと周囲を見渡した。少し身を乗り出して、同じ列にいる家森さんに手を振ってみる。彼女は笑顔で返してくれた。正面を見ると、巨大モニターには何も映っていない、つまりダイブ中の他のペアの動向は今回は見れない、ということらしい。

 駄目元でダイビングチェアに備え付けてある小さなモニターをぐーっと自分の前に動かしてみる。ずっとこの椅子を何かに似てるなぁと思ってたんだけど、この間気付いたんだよね。歯医者さんで座らされる椅子に似てるって。このモニターも鏡付きの照明になんか似てるし。まぁ画面はもうちょっと大きいけど。

 モニターの電源を入れてみると、顔だけ知っているクラスメートの姿が映った。矢印のボタンを押せば、チャンネルを切り替えることができるようだ。なるほど、今回は各自見たいペアの動向をチェックしろということか。そうだよね、みんな自分の相方がどうしてるか気になるよね。私はあんまりだけど。

 だけど、誰と組むことになったのかくらいは確認しておきたい。チャンネルを回して志音の姿を探そうとしたら、一回目で出て来た。志音ったら、私に見てもらいたがりなんだから。


 隣にいるのは知恵だった。この二人ならバグへの対処も問題ないだろう。というかかなりバランスがいいはずだ。志音を前衛にして知恵がサポートしてくれれば、大体のことはこなせそう。なるほど、先生、かなりガチで相性良さそうな二人をぶつけてきたな。

 うんうんと頷きながら、スピーカーボタンをタップすると、二人の音声まで聞こえてきた。私のこと褒め讃えたりしてないかな。むしろしてろ。


『なんであたしらのバグ、あんなに遠いんだよ』

『しょーがねーだろ。あたしがバイク呼び出して、お前が戦ってもいいんだぞ』

『はぁ……歩くか』

『おう』

『夢幻は誰と組んでんだろうな』

『さぁ。まぁ、あいつならなんとかするだろ。まきびしで』

『そうだな。なんてったって、まきびしがあるもんな』


 なんだあいつらぶっ殺すぞ、まきびしで。

 私は沸き上がる殺意を押さえることなく、モニターの二人を睨んでいた。突然、志音が止まれと小声で知恵に指示を出し、腕を出した。まるで危険なものを見つけたような反応である。


『おいおい……なんだよ、あのペア』

『うわっ……碧と菜華……すげぇ組み合わせだな』

『知恵、見つかると面倒だから遠回りしてポイントに向かうぞ』

『だな』


 二人はそう打ち合わせると、彼女達の視界に入らないように引き返して別のルートを歩き始めた。鬼瓦先生は何を考えてるんだろう。ヤンキー二人をペアにしたと思ったら、ヤバめのガチレズ二人を組ませるなんて。そういう神経衰弱じゃないんだよ。でも、そうだとしたら……私と家森さんは、なんだろ。美少女枠かな。


『最近気付いたんだけど、夢幻の武器ってめちゃくちゃ強くないか? 相方から見てどう思うよ』

『どう思うも何も、使いこなせりゃ強いに決まってんだろ。元々、違うアームズに変更しようとしてたのを引き止めたのはあたしだ』

『そうなのか。そりゃ正解だな』

『おう。まぁ、あいつだからこそ、あの武器が映えるんだけどな』

『どういう意味だ? ヴィジュアル的な話か?』

『お前それ夢幻にバレたら殺されるぞ』


 大丈夫だよ、志音。私の頭の中では既に知恵はミンチだから。ヴィジュアル的にまきびしが似合う女ってなんだよ。くのいちか。

 あっ……もしかして、知恵は私のことをミステリアスで神出鬼没で何かと巧みな女性だと思ってるってこと……? もう、それならそうと言って。ちゃんと口にしてくれなきゃ。私だから気付けたけどさ。


『夢幻は、あいつは。アームズの呼び出しがめちゃくちゃ上手い』

『志音、本人が居ないところで言う嫌味はただの陰口だぞ』

『そういう意味じゃねーよ!』

『だって、夢幻のアームズの呼び出しが上手いなんて、お世辞でも言っちゃダメだろ』

『そーじゃねー! じゃあ聞くけど、お前、さっき菜華達を見つけたくらいの距離から、あいつらの服の隙間にアームズ呼び出せるか?』

『いや無理だろ。考えるまでもねぇし。そんなの、プロのデバッカーだってキツいんじゃねーの?』

『あいつ、期末試験の時に、あたしにそれやってのけたんだよ』

『すげぇな、マジかよ』

『っつか観てなかったのかよ』

『その、菜華が絡んできて、途中は結構見逃してる』

『あぁー……ならしかたないな』


 私は信じられないものを観ている。冗談のつもりで考えていたことが、現実のものとして存在しているのだ。いや、現実っていうかバーチャルっていうか、まぁそこは置いといて。

 本当にこの二人が私を褒めるとは思わなかった。正直、アームズの呼び出しが上手いなんて言い出したときはもう一度ダイブしてやろうかとすら思ったけど。


『昔、母さんが言ってたんだ。バーチャルにはバーチャルの空間認識能力みたいなもんが要求されて、それは努力では伸ばしにくい部分だって』

『お前の母さんもデバッカーなんだっけか』

『おう。さっき知恵も言っただろ、プロのデバッカーでもなかなか出来ることじゃないって。それは正しい』

『やっぱそうなのか。そうすると……夢幻ってすごいヤツじゃんか』

『あれは、紛れもなく才能だ。まきびしならあいつの才能と相性がいい。絶対に変更させたくなかった』

『なるほどな。それ、夢幻は知ってるのか?』

『まさか。言ってないし、これからもしばらくは黙ってるつもりだ』

『なんでだよ』

『あいつ絶対調子に乗るだろ』

『あー……』


 志音? 安心して?

 もう既に、かなり乗ってる。乗りまくり、と言っても過言ではないくらい。調子という名の波に乗っているという感じ。

 志音の話を聞いて腑に落ちた。例えば期末テストの井森さん。あのバカデカい斧をヤギの頭の上に呼び出して落とせば、不意をつくことくらい出来たんじゃないかとか、考えなくもなかったのだ。すぐに呼び出しを解除して手元に戻せば、なんら問題ないよね。

 でも、やらなかったんじゃなくて、できなかったんだ。そしておそらく、その発想すらなかったということが、この会話ではっきりと分かった。


『まきびしよりもいいものがあれば、あたしも提案しただろうけどな。思いつかなかったし、最近じゃあのアームズもやっと使えるような代物に仕上がってきてる』

『……だな。発想力がものを言いそうだけど、あいつならその辺大丈夫だろ』

『やっちゃいけない発想の宝石箱だもんな』

『おう』


 キラキラした表現で唐突に私の頭の中をディスるな。あげて落とすような真似をされてムカッとしながら二人の会話を聞いていると、突然二人の足が止まる。

 視線の先に何かあるようだ。次にズシーンズシーンという音が響く。おそらくバグだ。カメラの視点がぐるっと回って二人の正面を映すと、鬼のような見た目をしたバグが、金棒を手に、大きな音を立てて歩み寄っていた。身構える二人に慌てている様子はない。なんか強者の風格を感じさせるから、もっと怯えたりして欲しいな。


『やぁっとおでましか』

『ったく。どうする?』

『お前が何かするまでもない。あたしが一気に片をつける』

『へーへー。んじゃま、テキトーにサポートに回っとくか』


 私はここでモニターを操作して、菜華達を探した。

 え? 志音達? あれはもういい。だって勝つし。私は志音が薙刀を呼び出した時点でそれを確信していた。だってあれ、伸びるんだよ?

 ああいう敵さんを相手にするならリーチが長いものがいい。こんなの私でも分かる。私がモニターの中で菜華達を見つけたと同時に、戻ってきてたのか、と隣から声をかけられた。


「……は?」

「なんだよ」


 誰がそんなチョッパヤで敵をデリートしろって言ったんだよ、やり直してこい。いい感じで悪戦苦闘して「やっぱり夢幻が助けてくれないと、私は……」ってなってから辛くも勝利してこい。

 私は妙に出来のいい相方にイライラしながら、モニターの画面を睨みつけた。

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