第144話 なお、お約束は通じないとする

 前回のあらすじ。なんとかゲートの解放に成功した私達だけど、かぐや姫が志音ともう少し一緒に居たいと主張して、ちょっと面倒なことになりかけてる。はい、今回はあらすじ完璧だよね。


「話をするのはいいぞ。制限時間内に帰してさえくれれば」


 隣にいる小さな姫に、志音は視線を向ける。しかし、直後に彼女は硬直した。その理由は明らかだ。視線の先の女はブラックホールのような目をして、静かに問う。


「帰して……? 帰れると……思って……おるのか……?」


 あ、これヤバいヤツ。

 私は気付くと、反射的にゲートに飛び込んでいた。が、顔面を強く強打して、勢い良く床に潰れる。思いっきり肘ぶつけた、骨欠けたかも。


 ゲートが消えた……?

 顔を上げると、それまで宇宙を映していた筈の壁が、普通の木の板に戻っていた。


「……わ、わかったよ。あたしはここに残る。お前らだけでもとりあえず帰れ」

「最初からそう言っておれば良いのじゃ。主ら、驚かせて悪かったの。ほれ、ゲートは再度解放したぞ」


 姫はそう言って、扇でゲートを指す。狙いすまいたかのように私が飛び込む瞬間だけゲートを閉じるのやめろ。心の中で悪態をつきながらも、用心して腕だけゲートを通してみる。今度こそぶつからずに済みそうだ。

 みんなは志音の事を心配しているのか、再び光を吸収し始めた空間に、身を投じようとはしない。


 うん、わかるよ。これってあれでしょ。仲間一人を犠牲に、他のメンバーは先に進むか否かっていう、たまにRPGとかで見るヤツ。逆にフィクションの方が迷ったかも。

 私の心は決まっている。こいつを置いて出て行く、それは冗談でも嘘でもない。じゃ、またね。そう言って志音に挨拶すると、私は返事を聞く前に、ゲートに飛び込んだ。正直、あいつをここに置いていくことよりも、ゲートをくぐることの方が怖かった。


 宇宙空間なんだから体は浮く筈。と思ったけど、落ちてる。すごく落ちてる。怖い怖い待って。ぶつかる。視界がほぼゼロだ。だから、気のせいかもしれないけど、得体の知れない何かにぶつかる気がするの。


 あ、ほら。


 衝突する確信と同時に、私は目を開いた。悪夢から目覚めたときのような感覚だ。心臓がばくばくいってる。

 リアルに戻ってきた。じわじわとそれを肌で感じる。いつもなら考えられない状態である。

 視界にはでかでかと巨大モニターが映り込み、最近やっと慣れてきたダイビングチェアの座り心地を感じているというのに、しかリアルへの帰還を実感できないなんて。ゲートの中で落ちる感覚が、いかに強烈だったかを物語っている。


 帰還した私を出迎えたのは、笑いながら腹部を抑える粋先生だった。ちなみに隣には同じポーズをした雨々先輩もいる。二人ともそれやめて。私まだちょっとドキドキしてるのに。死体にムチ打つようなことしないで。


「マジで一人だけ帰ってくるって、すごいじゃん!」

「先生、それ絶対褒めてないですよね」

「まさか私と同じルートでクリアするとはね……ま、私は仲間を置き去りにしてないから、札井さんほど酷くはないか」


 だからサイコパス系の人にそういうこと言われると普通に傷付くからやめてってば。二人を恨めしそうな目で見ていると、家森さんが「わっ!?」と言いながら意識を取り戻した。

 モニターを見ると、井森さんもスカートを押さえて、ゲートに飛び込んでいる。こんなときですら所作が可愛らしい。私、スカート押さえたっけ。パンツ丸見えだったかも。死のうかな。


 これで残されたのは菜華と知恵だ。両者は睨み合って動かない。あちらの4人の動向が気になるが、家森さんにそれを中断させられてしまう。


「札井さん、相方がピンチですぐに帰るってヤバくない!?」

「今さっき先輩達に言われたばっかだよ」

「あまりの冷酷さにため息が出たわ?」


 井森さんの褒めてるのか褒めてないのか分からない言葉を聞いて、私は眉間に皺を寄せた。いつもは逆の立場、どちらかと言うと、私が彼女の冷酷さにビビってることの方が多い。つまり、彼女はやっと私の気持ちが少し分かった、ということだろう。


「あら、あなた達も戻ってきたのね」

「はいー。だって、私達が何かするまでもないっていうか……「あ、絶対このまま死にはしないな」って気付いて」


 そう、私も気付いていた。だからこそこちらに戻ったのだ。志音が一生戻れなくなるなんて、そんなこと絶対に有り得ない。かぐや姫は志音だけはゲートを通らせないつもりのようだが、それでも問題ないのだ。普通に帰還すればいいのだから。

 テストは不合格になってしまうが、元々私を合格させるため、付き合いで参加したようなヤツだ。そんなのどうだっていいだろう。


「札井さんがあんまりあっさりゲートに飛び込むから、どういうことか考えたんだよ」

「私としたことが、固定観念に囚われていたわ。普通に帰ればいいだけなのに。札井さんよりも判断が遅れたの、少し悔しいかも」

「仕方ないよ、志音を見捨てるという決断を私よりも素早くできる人間はいないからね」

「それは相方としてどうなのさ」


 私は誇らしげにそう述べると、胸を張った。

 話しながらもモニターを眺めるが、二人はまだ帰還しようとしない。ダイビングチェアー側のモニターに付いているイヤホンを耳にはめると、音声が聞こえてきた。良かった、これで何が起こっているかが分かる。


『帰りたくねぇよ……』

『知恵、今は帰った方がいい。夢幻達に続こう。あと、その台詞は是非私の家に来た時に言って』

『お前らってこんな時まで相変わらずなんだな』


 私も志音も大分二人には慣れた自信がある。が、まさか仲間を置いてリアルに戻るかどうかの瀬戸際ですら調子が変わらないとは思っていなかった。


『でも、志音だけじゃ……』

『知恵。よく考えて。夢幻達が何の考えもなしに、志音を置いて帰ると思う?』

『思う』

『そう……』


 なんか説得失敗して会話終了したんですけど。菜華はこれ以上続ける言葉を見つけられなかったようで、しばらくしてから少し首を傾げた。かわいいなオイ。

 というか、知恵は私達のことをどれだけ冷酷魔人だと思っているんだろうか。爬虫類・両生類コンビと同じ扱いは悲しい。


『うーん……じゃあ……』


 菜華はそう言って、おもむろにうずくまった。彼女の名を呼び、知恵がその背中に手を伸ばす。次の瞬間、菜華はあろうことか知恵を突き飛ばした。格ゲーのような吹っ飛び方をした知恵は、そのまま疑似宇宙の闇に放り出されたのだ。

 うわあー……と徐々に小さくなっていく声に、「そういえば、こいつ前にも吹っ飛ばされて崖から落ちてたな」と思い出す。


『おま……あとで怒られるぞ』

『それは分かってる。しかし、今回の知恵の言い分はあまりにも現実的じゃない』

『知恵の為にわざとテストで0点取ったヤツがなんか言ってる』


 菜華と志音の会話シーンはなかなか珍しい気がする。っていうかこんな取り合わせ、危険じゃないだろうか。志音がぎゅんぎゅんのぶんぶん丸に振り回されて水分0%って感じになりそうなんだけど、大丈夫かな。


『そんなこともあった。知恵の望みが全てだと思っていたから。知恵が帰りたくないと言うなら、私達だけで今からでも貢ぎ物を取りに行こうかとすら考えたと思う。だけど、私自身はこうするのが正しいと思っている。だから、その通り行動した。知恵は私の考えを大切にしろと言った。きっと、これがそういうことなんだと思う』

『お前……』

『志音の言う通り。きっと知恵は怒る。だけど、そうしたら、喧嘩でもすればいい』


 そう言って菜華は控えめに笑った。特別な間柄でもない私達が拝んでいいのだろうか、と心配になるくらいの、とびっきりの表情だった。

 ふと知恵の方を見ると、少し前から意識が戻っていたらしく、モニターを眺めながら、静かに泣いていた。いや、この言い方は少し適切ではない。泣いていた、というよりも、涙を流していた。本人ですら溢れ出る涙に気付いていないかもしれない。それはさらさらと彼女の頬を伝っては制服を濡らしていた。

 ロボットが人の気持ち理解した感じだもんね、感激するのも分かるよ。でもこれを言ったら確実にしばかれる気しかしないので、黙ってモニターに視線を戻した。


『というわけで。あとは志音に任せる。これで私達ペアは合格』

『おう。おめでとさん』

『おそらく、志音だけではなくて、夢幻も失念しているだろうから、一応言っておく』

『なんだよ』

『合格はペア単位。志音が不合格なら、夢幻も道連れ。それじゃ、頑張って』


 菜華はそう言うと、両手を広げ、そのまま後ろに倒れるようにしてゲートの中へと消えた。アニメのオープニングとかでありそうな、無駄にスタイリッシュな飛び込み方である。


 私はというと、衝撃の事実に、口を半開きにして固まることしかできなかった。モニターの向こうのあいつも、同じ顔をしていた。

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