第143話 なお、さようならとする

 志音のおかげで開通したゲートを眺めて、私達はそれぞれ複雑な表情を浮かべていた。っていうかアレめっちゃ眩しい。ここからでも眩しい。あの中を通るってヤバくない? 目をつぶっても瞼を貫通してきそうなんだけど。


「なんていうか、ね」

「おう。志音ってあんなことできるんだな」

「そうね、あれは見事としか言いようがないわ。志音さんのような容姿の持ち主が見せる気弱さ、そのギャップを存分に利用した上手い手ね。彼女は無意識かもしれないけど、元々かぐや姫は母性本能をくすぐれば弱いタイプ。先輩や志音さんのような、少年性を合わせ持つ子に甘えられるとぐっとくる子だわ。それは鳥調さんとのやりとりを見ても明らか。つまり」

「ごめん、井森さんキモい」

「酷い!」


 酷くないわ。

 いきなり語り出されてびっくりしたけど、要は井森さんも太鼓判を押す手口だったということ。あいつはこういうの苦手だと思ってたからびっくりした。少なくとも知恵は私と同じような印象だったみたいだけど。


「夢幻の為にあそこまでやるとは。流石」


 菜華がギターを弾きながら聞き捨てならないことを呟く。私の為と言ったように聞こえたが、気のせいだろうか。


「おい、菜華。それどういう意味だよ」

「そのまま。元々志音はあんなこと、すらすらと言えるタイプじゃない」

「あー、やっぱそっち?」


 家森さんは菜華の言葉の意味を即座に理解したようで、ステージに背を向けて笑っていた。直接見てないのに眩しそうな顔をしている。あれもう兵器じゃない?


「おそらく志音は札井さんに免許試験受からせる為に頑張ったんじゃないかな?」

「それでだけであんな歯の浮くようなさらっと言うなんて……こりゃ愛だな」

「はぁ? そんなんじゃないでしょ」


 私達があーでもないこーでもないと話していると、遠回りした志音が戻ってきた。なんとなく顔を合わせるのが気まずくて、ピッカピカに光っているステージを睨みつける。ちなみに、目を細めてもあまり効果はない。


「戻ったぞ」

「頑張ってたねー。札井さんの為に」

「うっせーな、別にいいだろ」

「否定、しないんだ」

「そもそもあたしは免許試験なんてどーだっていいしな」


 私の為という言葉をあっさりと肯定すると、志音は照れ隠しするように、みんなに「早く行こうぜ」と告げた。

 こいつの対応については理解できる。元々クラスメートの前で「お前が好きだから」なんて大それた告白まがいの発言をした女だ、これくらい訳ないのだろう。それについてはいい。ただ、顔を赤らめながら言うな。こっちが恥ずかしい。


 私達はぞろぞろと志音のあとをついてステージへと向かう。これで免許試験は合格となるわけだが、どうにも実感が湧かなかった。


「本当にこれで試験クリアなんて、信じられないね」

「そりゃ信じられない方法でゲートこじ開けたからな」


 知恵はそう言うと腕の後ろで頭を組んで笑った。今回、アームズを使用して活躍したのは、イヤホンを呼び出した知恵と、ギターを呼び出した菜華の二人だけだ。私達は一応、試験合格に貢献した。特に志音の働きは凄まじかったと言えるだろう。

 よく考えたら井森・家森ペアって何もしてないな。成功という名の波に乗るのが上手だったということか。そんなことを考えていると、家森さんと目が合った。


「いやぁ、今回は完全に棚からぼた餅ってヤツだったね。井森さん」

「そうね。みなさんには感謝してもしきれないわ。それに札井さんに告白までされちゃったし。とても有意義な時間だったわ」


 二人は談笑しながら歩く。っていうか井森さん、私に選ばれたこと引きずり過ぎ。どれだけ嬉しかったの。あのときのことを思い出しているのか、志音の表情が若干曇る。しかし、それを隠すように、すぐにむすっとした顔になった。

 私の安易な選択がこんなに尾を引くとは思っていなかった。なんかすごい責任を感じる。見なかったことにしよう。


「私達が帰還して、他のチーム戻ってきてると思う?」

「どうだろうな。終了時間までにはまだ結構あるし、いない可能性も高いだろ」

「そもそも、正攻法で勝負していれば、私達も今頃この道の先のどこかで奮闘していたはず」


 菜華は三つに分かれた道を眺めながら言う。私も彼女の意見に賛同する。試験開始から凡そ2時間経った。分かっているだけで、3つのターゲットに、断絶されたルート。クリアできるかどうかも怪しい。


「マジで眩しいな」

「おぉ、来たか」


 かぐや姫は優雅に扇をひらひらとさせている。表情は分からない。逆光で何も見えないのだ。ここまで来ると、眩しさがうるさい感じというか、会話に上手く集中することも難しかった。


「ちょうどよかったのう。そろそろゲートが開通する頃じゃ」


 彼女はそう言って振り返る。視線の先にある光源は徐々に弱まり、壁だったそれは一転して黒く染まってしまった。真っ黒ではない。小さな点、赤い光、ぼんやりと光る一帯などが見える。


「宇宙みたい……」

「みたいというか、そういう設定じゃ」


 あ、設定とか言っちゃう感じなんだ。少し驚きながらも、壇上のゲートから目が離せない。あれほど眩しかったものが、今は枠を少しだけ光らせて、黒い大口を開けている。

 私達は壇上に上がると、ゲートの前に立った。


「ここ入んのかよ……ちょっと怖ぇな……」

「大丈夫? 良ければ、胸でも揉む……?」

「どんな効果があるんだよ」

「あ。私はする側のつもりで言ったけど、別にされる側でもいい」

「まず質問に答えろ」


 知恵と菜華はゲートを覗き込むようにしてアホな会話をしている。段々隠さなくなってきたな、コイツら。まぁ途中までとはいえ、セックス実況されてるからね。肝心の知恵が、いよいよコソコソするのダルくなってきてるのかな。


 しかし確かに、知恵の言う通りだ。この枠の中に入るのは、結構怖い。ゲートをくぐれなんて言われたけど、落ちる予感しかしない。とりあえず、志音を通してどんな具合か確認してみよう。

 ついさっきまで志音がいたところに手を伸ばしたが、その腕は虚しく空振る。


「え?」


 振り返ると、志音は「やべぇ」という表情をして、かぐや姫の隣に座っていた。見たところ、少し顔色が悪い。あまりにもヤバ過ぎて顔色まで悪くなってしまった、という風に見える。


「何してんの?」

「主らは合格じゃ。というか、合格でも不合格でも構わぬ。ただ合格にした方が早いからそうさせた。それだけのこと」

「それはどういうことかしら。志音さんが喜ぶことをしてあげたいとゲートを解放したのではなくて? ここに拘束されてしまっては、彼女は喜ばないわ?」


 困ったように声を発する井森さんだが、細められた目は一切笑っていない。必要であればかぐや姫を斬り伏せる。そんな冷徹さを感じさせる瞳だ。


「たわけが。わらわだって志音には幸せになってもらいたい。しかしの、とりあえずは、二人きりになりたいのじゃ。早う行け。わざわざゲートを解放したのは、邪魔者を放り出す為じゃ」

「チョロい上に重い女って、大体地雷なのよねぇ」

「ま、まぁまぁ二人とも、ね?」


 馴れない仲裁なんてしてみたけど、ほとんど意味はなかった。井森さんとかぐや姫は激しく見つめ合っている。ねぇ、その視線の交錯だけでビッグバン起こりそうだからやめて?


 それに、私はかぐや姫が間違ったことが言っているとも思えない。

 だって考えてみて。志音ったらものすごい攻めてたでしょ。口説きにかかってたでしょ。少し心を開いて、証明にゲートを解放した瞬間、さようならっておかしくない?

 私がかぐや姫だったら、せめて心を開いた状態でもう少し話をしたいと思うだろう。


 この辺、やはり雨々先輩は上手い。かぐや姫は言っていた、話をしただけだ、と。先輩からの好意を示さず、あくまで片想いとしてかぐや姫に尽くさせる。もちろん、彼女はそれに文句を言うことはできない、自分が勝手にやったことなのだから。

 というか、そもそも、先輩は口説いてゲートを開けさせる気自体、あまり無かったのだろう。テストでここにダイブしたと言っていたし。たまたまドストライクの容姿をしていた彼女に、かぐや姫が世話を焼いた、というのが真相な気がしてきた。


 つまり、だ。志音は自分の発言に責任を持つ必要があると思うの。


「井森さん、私達が争う必要はないと思う」

「でも……」

「さようなら、志音」

「お前って本当にマジでお前だよな」

「わかる、今の札井さん〜って感じだった」


 家森さんは呆れたように笑い、当の本人は「言うと思った」という顔をしている。皮肉なことに、私の発言に最も理解を示しているのは、志音なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る