第142話 なお、まさかの全力とする

 前回のあらすじ。私は極上のパスを出してお膳立てしたつもりだったけど、実際はとんでもないところにボールを蹴り飛ばしてそのままオウンゴールしました。

 どういうことかというと、志音が男として認識され、完全にかぐや姫の射程圏内から消えた。


「うわぁぁぁぁぁ!」

「夢幻! 落ち着け! 志音ならこのくらい」

「あー、聞こえるか。志音だ。いまちょっとかぐや姫から離れた。で、どういうことだよ、コレ」

「戻って! 戻って女だという事を証明しつつかぐや姫を落として!」

「滅茶苦茶言うなよ!」


 私は半狂乱になりながら志音に指示を出す。井森さんと家森さんが腹を抱えて震えているが、そちらに突っ込んでいる余裕はない。


「えぇ……まぁ、やるしかねぇしな……分かったよ……」


 志音は首を押えながら、ステージの裏から正面へと歩き出した。そしてかぐや姫の前に再び立つと、あたしは女だと、ストレートに主張した。


「女……? では、夢幻は、わらわに嘘を……?」

「あーいや、違うんだ。あいつは嘘は言ってない。ただちょっと手違いと言うか、まぁ男に間違えられるのは初めてじゃないし、仕方ないっていうか……」


 あっ、やっぱり初めてじゃないんだ。そうだよね、性の概念がはっきりしてる普通の人ですら間違えるなら、覚えたてのかぐや姫が間違えるのも無理ないよね。


「ずっと思ってたけど、志音ってスカート、似合わないもんな」

「それは私も思っていた。初めて見た時、そういった悩みを抱えた人なのかとすら思った」

「でもそういう子がベットで可愛かったらギャップ萌えしない?」

「えー? ある程度ボーイッシュならまだしも、あそこまで極まってると怖いって〜」


 みんな好き勝手言い過ぎ。でも否定する程でもないし、私は腕を組んで頷いていた。全員イヤホンをしたままなので、この声はきっちりと志音に届いている。ツッコミを入れられなくて、さぞかし歯がゆい思いをしていることだろう。


「あいっつら……」

「む?」

「いや、なんでもない。そうだな、この服、わかるか?」

「服? そのひらひらした服がどうかしたか?」

「これを履いているヤツはみんな女なんだ」

「そうなのか……! 確かに、男のような者は違う服装だったような……」


 え、ファインプレー過ぎない? 私は志音の華麗な訂正の仕方に感嘆した。これならば彼女の過去の経験とも矛盾しないし、あいつが女だという証明にもなる。悔しいけど、アイツってホントに頭いいんだな……。


「おー! これはナイスだね!」

「やるなぁ、アイツ」


 外野もかなり盛り上がっている。志音が女だと知って、かぐや姫がどうするか、皆が固唾を飲んで見守った。


「まぁよい。隣、来るかの」

「いいのか?」

「その姿勢だと首が疲れるのじゃろう? 菜華に言われたわ」

「あぁ助かる」


 志音は壇上に上がり、彼女の隣に腰掛けるとあぐらをかいた。

 ねぇ、私がそこまでいくのにどれだけ苦労したか分かってる? なんでそんな易々とそこに座ってんの?


「夢幻から聞いたぞ。色々な人と交流して、先輩への気持ちを確かめるって」

「むっ……あやつ、漏らしおったな……」


 私がお漏らししたような言い方はやめていただきたい。だけど、ここでそれを言うと、志音に「いつも漏らしてるだろ」と言われそうなので、ぐっと堪えることしかできなかった。


「別にいいだろ? 悪いことじゃないんだし」

「それは、まぁ……そうなのじゃが……ところで、いま先輩と言ったか?」

「あぁ。雨々先輩はあたしらの一つ上の先輩だ」

「雨々……?」

「笑先輩だよ。なんだ、あの人、名字は名乗らなかったのか」

「聞いてないのう……。主はなんて言うのじゃ?」


 あ。これマズいパターン。私はもちろん、順調な会話に少し気を緩ませていた知恵達にも緊張が走った。だって札井を殺意と解釈した子だよ? 小路須なんて言われたら殺害予告としか思わないでしょ。


「あっ……あー……あたしは、小路須って名字なんだ」

「え……ころす……?」


 ほらドン引きじゃん。嘘でも知恵辺りの名字を借りておけば良かったものを。いや、そんなことをしたら「疑似結婚……?」と、菜華に予告無しで殺害されてしまう可能性があるか。かと言って、井森さん達の名字を名乗っても後々面倒くさそうだし……咄嗟にそこまで想定したなら、なかなかの危機回避能力である。


「よい名ではないか」

「そ、そうか?」

「うむ。しかし笑が主らより年上だったとはのう。確かに少し大人びた感じはあったが」


 は?

 え、名字の話題それだけ? おかしくない?

 私の名字で引き倒したくせに、直接的な殺害予告でそのリアクション?

 1億歩くらい譲って引かなかったのはいいとして、名前を褒めるってなに?


「かぐや姫は大人っぽいのが好みなのか?」

「さぁ……分からぬ」

「そうか。私みたいのはやっぱり駄目か?」

「え!?」


 うわ、ぶっこむ……。志音思ったよりぶっこんでくる……。私達は一斉に息を飲んだ。今まで、彼女に対してこれほど直接的なアプローチを仕掛けた者はいなかった。色々すっ飛ばしてキスとかハグとかさせてた人が若干1名いるけど、色々アレなので除外で。


「そ、その、分からぬ!」

「分かんねぇか」

「そうじゃ! 主は男みたいだし!」

「いきなり心臓抉る系のディス飛ばすのやめような」


 かぐや姫の照れ隠しでいきなり心臓を抉り取られている志音には自己再生しておいてもらうとして……これ、かなりいい感じなのでは?

 よく考えると、二人の出会いはかなり少女漫画チックというか、ある種運命的だったと言える。かぐや姫から見れば、第一印象は最悪だが、これは鉄板のパターンだ。最初が悪ければ、あとはもう上昇するしかないじゃないか。


「ねぇ、志音、なんとかいけそうじゃない?」

「そうね。あそこまで積極的にいけるとは思っていなかったから、正直意外だったけど……」

「おいお前ら止めろよ、失敗フラグ立てんな」

「釘を刺すとは。さすが知恵。私の知恵」

「別にお前のじゃねーよ」


 菜華はむすっとして、抗議の音色を奏でている。その特殊な文句の言い方やめなさいよ。

 バカップル二人はおいといて、私と井森さん達は志音へと視線を向けた。


「なぁ。あたしじゃだめか?」

「その……主は、わらわがいいのか……?」

「そうじゃなきゃこんなこと聞かねぇよ」


 志音はかぐや姫の顔を覗き込んで畳み掛ける。なんか見てて恥ずかしくなってきた。志音ガチじゃん。どんな顔をしているのは分からないけど、多分すっごいキザな顔してるんだと思う。あいつにそんな顔できるのか分からないけど、多分あいつが思うキザっぽい表情を作っているに違いない。


「先輩のどこが好きなんだ?」

「どこが……笑は、優しいし、綺麗だし、素敵なところをたくさん持っておる」

「しかも滅茶苦茶強いみたいだしな。そりゃあたしじゃ敵わねぇか」

「そんなことはない! そ、その……主だって、十分魅力的、じゃ」


 私達は静かに志音の勇姿を見守る。今になって考えれば、あいつが男と勘違いされたことも、いいきっかけとして働いているように思える。つまり私すごい。私って天才。


「本当にそう思ってくれてるのか?」

「も、もちろんじゃ! 何故疑うのじゃ!」

「だってなぁ……あたしが先輩に勝ってるとこなんて……身長くらいか?」

「たわけめ! これでどうじゃ!」


 かぐや姫は振り返って背後に手をかざす。すると、これまで淡く発光していた壁が、より強く光を放った。

 キィィ……ィィン! という音がこちらまで響いてくる。明るい。というか眩しい。その光の強さは、ラーフル救出の際の祠を彷彿とさせる程だ。


「なっ……!」

「これで分かったか。わらわの言葉に嘘偽りが無かったことに」

「これって……」

「ノルマは達成された、ということじゃ」

「……いいのか?」

「夢幻達を呼んでくるがよい。このゲートをくぐれば晴れて試験合格、じゃ」


 突然の展開に、私達は驚きを隠し切れなかった。【どーせ私なんてイジイジ大作戦】がこれほど上手く行くとは。っていうかこんなチョロいなら最初から志音出せば良かったね。

 私達は何とも言えない気持ちで、煌煌と光る壇上の壁を見つめた。

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