第141話 なお、ホックは2連とする
みんなのところに戻った私は、苦渋の選択で、菜華の隣に正座した。なんで正座なのかは自分でも分からないけど、気分的にそうしたかったのだ。
胡座をかいてちゃかちゃかとギターを弾くその姿はかなり男前。音を抑え気味にして弾いてるところもなかなかニクい。さっきからギターの先端が肩にガシガシ当たってるけど、この際そんなことはどうだってよかった。
「ごめんなさい、札井さん。私、あなたの気持ちに気付いていなかったわ」
「いやアレ嘘だから。分かってて言ってるでしょ」
「それでも数ある女性の中から私を選んでくれた事には変わりないでしょう?」
ねぇ誰か助けて。
井森さんは私の正面に座り、彼女もまた正座をしていた。膝を突き合わせて座る私達を眺めて、知恵と志音は呆れた顔をしている。なんでよ、私頑張ったのに。
「あたしもどうにかしてやりたいけど、さっきのは自業自得だろ」
「はぁ!? じゃあアンタ、かぐや姫が”性別”知らないって予測できたの?!」
「それにはあたしも驚いたけど……志音の名前挙げとけば丸く収まったのに」
「丸く? こいつの名前挙げたら丸どころかイガイガのトゲトゲじゃん」
「まるでまきびしだな」
「ほらぁ! コイツムカつく!」
私は志音を指さして、知恵に訴える。まぁまぁと私達を宥めながら、家森さんは笑っていた。彼女にとって、これほど面白い状況はないだろう。
事態が混乱すればする程、彼女と井森さんは楽しむ傾向にある。本当に人間の血を引いているのかどうか、疑わしくなる程だ。いくらか悪魔の血混じってるよね?
「志音さん、札井さんに意地悪を言うのはいただけないわ。いくら自分が選ばれなかったからって」
「そんなんじゃねーよ」
「でも本当はー?」
「ちょっとガッカリした。って何言わせんだよ」
妙な間の手を入れて志音をからかうと、家森さんはケラケラと笑って私を見た。なんだろう。志音を選ばなかった理由とか聞かれたら面倒だな。
「なんで私じゃなかったの?」
「そっち!?」
「そっちって?」
「あ、いや……なんでもない……家森さんを選ばなかったのは……ほら、まずサイコパスじゃん?」
「ヤバい人前提で話すのやめて欲しいなぁ!?」
彼女は心外そうな顔をしているが、そのリアクションこそ心外である。彼女のこれまでのやらかした出来事を思い出してみて欲しい。普通の神経じゃ出来ないことしか思いつかない。
井森さんは私の隣に座って、選ばれましたという顔をしている。私に選ばれたくらいでこれほど誇らしげにする彼女は、ちょっとだけ可愛かった。ほんのちょっとね。
「っていうか、井森さんを選んだのはアレだよ。かぐや姫の前に行かないって言ってたから。二人の内どっちかの名前挙げたら、「この人は夢幻の好きな人」って意識して、落とすのに支障が出るかもしれないでしょ」
「あぁ、なーる。札井さん、結構考えてんだね」
「誰か今、アナルと?」
「黙ってギター弾いてろ」
知恵が菜華を黙らせる。私の意見に納得したらしい志音と家森さんは、大きく頷いていた。二人とも、知恵と菜華の名前を出さなかったことについては言及しなかったということは、前提としてそうすべきじゃないと分かっていたのだろう。ねぇ井森さん、制服の隙間から手を入れるのやめてくんないかな。くすぐったいから。
「背中すべすべね」
「触らないで。で、次はどっちが行くの?」
「私が行ってもなぁ。できれば私も面倒は回避したいし」
「面倒? お腹触るのもやめて」
「そそ。タイプじゃないし」
「それだけで面倒って……ブラ外そうとしないで」
「タイプじゃない女の子との会話ってそれだけで面倒じゃない?」
「いや分かんないよ。ホック外すなって言ってるでしょうが!」
私は井森さんを叱りつけ、ブラを付け直すと家森さんの隣に座り直した。家森さんの発言にも大分問題があったんだけど、つっこみの手が回らないので放置で。
井森さんは残念そうな顔をして、頬に手を当てている。え……なんでそんな、やんちゃな男の子に手を焼いてるお母さんみたいな顔できるの……? むしろアンタが性にやんちゃな男の子みたいになってたんだけど……?
「かぐや姫はガードが緩くなってそうだし。今のうちにあたしが行っていいか?」
「ま、それが無難だな。志音を最後に持ってくるつもりだったけど、流れ的に今だろ」
「知恵、すごく素敵なフレーズが思い浮かんだのだけど。聞いてくれる?」
「んあ? おう、静かにな」
こっちにもお母さんがいる……お母さんだらけじゃん……。お母さんまみれ……。私はこの状況に一人で動揺しつつ、周囲を見渡した。立ち上がる志音の名前を呼んで振り返らせる。なんかムカつくからいじってやろうという、私なりの親心である。
「あの、志音の名前、出さなかったの、気にした……?」
「……いや、別に」
「ごめんね……」
「謝るなよ、余計惨めになるだろ……」
「だろうね」
志音は私の頭の上にげんこつを降らせると、草影に消えていった。めっちゃ痛い。どうでも良さそうな顔してるけど、やっぱ結構気にしてんじゃん。志音の後ろ姿に向かって、べろべろばぁをして送り出すと、私達はステージを見つめた。
「あいつ、上手くやれるかな」
「まぁ夢幻よかマシだろ」
「はぁ? ちんちくりん生物がなんか言った?」
「だれがちんちくりん生物だよ!」
知恵と口論しながら、もし志音に口説かれたらと想像してみる。駄目、どんな切り口でこられても、カツアゲの予感しかしない。
事実、初めて会ったときは「ヤンキーに絡まれた」という認識しかなかったし。アイツはどちらかと言うと、第一印象で大分損をするタイプの人間だと思う。だんだん心配になってきた。
「まぁ大丈夫じゃない? 札井さんがそのために下地を作ってくれたんじゃん?」
「そうよ。かなり危険なことを言っていた気がするけど、背に腹は代えられないわ」
「夢幻はいい仕事をした。誇るべき」
変人スリーが私の功績を讃えてくれる、嬉しいけど、ここまで素直に褒められるとなんかこそばゆい。私は誤摩化すように、ステージの後ろから周り込もうとこそこそしている志音を睨みつけた。
「っつかさ」
「何?」
「お前、いいの?」
「……志音があの子を口説こうとしてる事についてだったら、知恵の目に親指入れるけど、どういう意味?」
「……ごめん、なんでもない」
愚か者め。そんなことでいちいち妬いたりしないわ。っていうか、私達はそういう関係じゃないし。あんた達と一緒にしないで欲しい。
なんならかぐや姫と志音がキスしても全然平気。むしろそれくらいやって徹底的に落としてこいという気持ちすらある。
「よう、かぐや姫」
「む……?」
「あたしは志音ってんだ。休憩に来たから少し話さないか?」
「構わぬぞ。しかし、主のチームの夢幻、あやつはいい奴じゃの」
「そうか?」
そうか? じゃないわ。そこは肯定して。なんで懐疑的なの。私は早速、口を挟みたい気持ちを押し殺す。
「夢幻はわらわに大切なことを教えてくれたのじゃ」
「大切なこと?」
「そうじゃ。主も知っておろう。性別についてじゃ」
「ま、まぁな」
かぐや姫は背中を押された事を喜んでいるようだ。私は小さくガッツポーズをした。知恵は横でいいぞいいぞと、小さく呟いている。
「やはり常識のようじゃな。ところで、主はどのような男が好みなのじゃ?」
私達の時が止まった。なんなら息とか心臓も止まった。
これは、まさか……。
「え? 今の質問、どういうことだ?」
「突然不躾じゃったろうか……」
「そういう意味じゃねぇ」
凍りついた空間で、井森さんだけが「どうやら、かぐや姫は志音さんのことを男性とみなしたようね」と、冷静に状況を分析した。菜華のギターの音色が止まる。ホラーゲームで急にBGMが止むような効果やめて。
「おい……どういうことだよ……」
「あー多分ね、札井さんが『男は髪が短くて、背が高くて、声が低い生き物だ』って言ったじゃん? あの人、全部の条件に当てはまってるじゃん?」
家森さんが腹を抱えて言う。それは私の犯した罪の内容だった。
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