第140話 なお、両生類が好きかもしれないとする


 私の使命は、かぐや姫に恋の素晴らしさを説くこと。明らかに人選がおかしいけど、こうなってしまった以上はしかたがない。私がやるしかないのだ。


【そんなことないよ】【応援してるよ!】【いーなー】。主にこの3つの言葉を使いこなして、未だに若干ビビくった表情で私を見る女を唆す。ねぇ、いい加減慣れてよ。


「菜華とのことは、その、不可抗力というか……賭けに負けてしかたなく、という感じじゃったんじゃ」

「い」


 危ない、また”いーなー”と言うところだった。私は強引に発言を中断させる。

 っていうかこの選択肢偏り過ぎだよね。もう一つだけ追加しよう。【本当に?】これで行こう。


「本当に?」

「ど、どういうことじゃ。わらわは」

「本当に?」

「……本当だもん」


 かぐや姫は口をとがらせ、いじけたような顔をしている。だけど、私と目を合わせようとはしなかった。まるで何か後ろめたいことがあるように、逃げるように視線を逸らしている。


「応援、してるよ」

「……よいのじゃろうか」


 ここだ。ここで用意したテンプレ以外の言葉で、完全に落とすんだ。私は”まて”を解除された犬の如く、嬉々として語った。


「いいに決まってるじゃん! 大体、その”心に決めた人”とはどういう関係なの?」

「どういう……普通に話をしただけじゃ」


 普通に話をしただけで、なんでこんな一方的に惚れさせてんの?

 先輩本当に怖いんだけど。っていうか今さらだけど、この子には同性愛とかその辺の概念はないんだろうか。もしかすると、先輩が男だと思ってる……?

 先輩の声は高くはないけど、男性と間違えるには少し無理がある。誰が聞いても、落ち着いた女性の声と言えるはず。見た目も中性的だけど、制服で来たんだろうし、やっぱり間違える要素は無いか。


しょうといっての、それは大層綺麗なお方なんじゃ」

「綺麗? 女の人なのかな?」

「女……? 何を言っとるんじゃ……?」

「いや、性別の話だけど……」


 なんで性別の話をしただけで、私の方が頭おかしいみたいな顔されてんの?

 あとやっぱり先輩が女だって分かってなくない?

 名前? 名前で男だと思ったの?


「性別とはなんじゃ?」

「ざんしーん」


 あまりに斬新な疑問に、私はついそのまま口走ってしまった。そうか、この子はあくまで水先案内人。必要の無いことはインプットされてないんだ。だったら感情そのものを組み込まなきゃいいのに。いや、それはそれで味気ないか。

 私が腕を組んで考え事をしていると、目の前の姫は不機嫌そうに、私の膝を叩いた。叩かれてるというのに、触られたことに少し嬉しくなってしまう。子供に懐いてもらえない世のお父さん方もこんな気持ちなんだろうか。


「性別とはなんじゃ! 答えんか!」

「え、えーと。世の中には男と女っていうのがいるんだよ」

「しかしわらわはかぐや姫じゃ」

「男と女とかぐや姫っておかしいでしょ。かぐや姫も女なの。分かるかな」

「分からぬ」


 え……難しい……何も知らない子に、どうやって男を説明するの……? 私が男なら、さっと脱いで股間を見せて「こういうのがついてるのが男」って説明できるのに……いや、犯罪だな。


「色んな人達に、貢ぎ物を持ってこさせたでしょう?」

「そうじゃが?」

「たまに、声が低かったり、背が高い人がいなかった?」

「おったのう。大体髪も短かった」

「それが男!」

「そうなのか!」


 めちゃくちゃざっくりだけど、どうやら理解してくれたようだ。しかし、普通は男に恋愛をするものだ等と吹き込んでは、後に控えているメンツが苦戦することになる。そうならないように、嘘を吹き込んでおこう。


「普通はね、男の人は男の人と、女の人は女の人と恋愛をするんだよ」

「そうじゃったのか」


 なんかすごいヤバい宗教の教祖になった気分。しかし、ここで引き返す訳にはいかない。私にはこの嘘を貫き通す義務があるのだ。


「わらわが女を好きになるのは当然ということか?」

「うん、そうだね」

「では何故、先程”女の人なのかな?”と聞いたのじゃ? 当然のことならば、いちいち確認するまでもないじゃろうが」


 鋭いちゃんかよ。そんなのもうスルーでいいじゃん。こっちだって、先輩のことを知らないフリするだけで手一杯だったんだから。しかし、私がついた嘘を基準とすると、こういうことになる。


「いい、かぐや姫。中には、女でありながら、男を好きになる人や、その逆もいるの」

「ほう。普通ではないという事じゃな?」

「そう。でも、その人達に普通を押し付けるのは良くないよね?」

「もちろんじゃ」

「だから私は”女は女と恋愛すべき”という前提無しであなたと話をしていたの。あなたの思い人がどちらであったとしても、私は受け入れて相談に乗るつもりだった、ということ。分かるかな?」

「ほう……なるほどのう……お主、なかなかいいヤツなんじゃな」


 ごめんね、本当は大ホラ吹きの悪いヤツなんだよ。誤摩化すようにかぐや姫の頭を撫でると、彼女は気持ち良さそうに私の手のひらに頭を押し付けた。猫みたいなその仕草に癒されつつ、自分がとんでもない嘘をついたクソ人間だという事実から目を背ける。

 イヤホンからは、「お前……遂にやりやがったな……」とか「その嘘はやべぇだろ……」とか、あと甲高い笑い声が聞こえてくる。家森さんが笑い転げているのだろう、ガサガサというノイズも一緒に届いていた。BGMはギター。菜華はちょっとでいいから私の頑張りに耳を傾けて。

 嘘をつきまくって性格を褒められた私は、テンプレの【そんなことないよ】で適当にその言葉を流し、本題に入った。


「で、話を戻すけど……その人とは話をしただけなんだよね?」

「そうじゃが……」

「付き合ってる訳でもないのに、何をそんなに気にしてるの?」

「むっ……わらわが浮気してるようで落ち着かぬのじゃ」

「……そんなことないよ」


 っぶなー……。「実際そうじゃん、心が浮ついてるからそういうことになるんでしょ」って言いそうになった……。自身の未遂の発言に、心臓をばくばくいわせながら、私は続けた。


「色んな人と接して、本当に誰が好きか、ちゃんと考えた方がいいんじゃないかな?」

「そもそもわらわは水先案内人じゃ……こんな、色恋にうつつを抜かしているようでは……」

「かぐや姫! いいの!」


 何がいいんだろうね。全然分かんない。だけど、啖呵を切った責任は取らなければいけない。もうどうせ大嘘つきなんだし、でまかせでもなんでも、とにかく任務を遂行することだけを考えよう。


「人を好きになるって……そんなおかしいことかな……? 自然とそうなってしまうものじゃないかな……?」

「む……」

「好きになったら成功して欲しい、笑顔でいて欲しくなるよね……?」

「うむぅ……」

「じゃあ、その人が笑顔になるために自分ができること……したくなるよね?」

「なる……」

「その人の為に何かしてあげたいと思うことがあったら、その気持ちに嘘はつかなくていいんだよ」

「……わかった!」


 よっしゃ!

 ここであえてゲートについて直接的に言わなかったのは、露骨さを出さない為だ。私の最高のお膳立てにより、残りのメンツは随分とやりやすくなった事だろう。

 あとは適当なところで切り上げて、バトンタッチすればいいだけ……。と思ったのだが、かぐや姫が私の服の裾を掴んで離さない。


 ねぇスカート掴まないで? 立ったときにずりってなったらどうするの?

 今日のパンツいい感じじゃないからやめて?


「夢幻は、どのような女が好みなのじゃ?」

「え?」


 え……?

 そもそも女の人の好みとか全然ないんだけど。こわ、何その質問。最初から最後まで斬新過ぎるんだよ、この子。

 しかし、私のついた嘘を基準とすると、やはり私も女の子が好きということになる。どんな子が好きなんだろう。

 好きな女優さん等が特に居ないので、この質問に難儀しているが、もしかすると普通はもっと簡単に答えられる質問なのかもしれない。こんなことなら、もうちょっとテレビとか観とくんだったな。


「言えぬのか……あ、まさか、先程のメンツの中にそなたの思い人がいるのではないか?」

「……そんなことないよ」


 だから危ないって、私。今めっちゃ「は?」って言いそうになった。しかし、この一瞬の間が、嘘をついているような演出になってしまったようだ。


「照れるでない照れるでない。良いではないか」

「いや……ホントに、むしろあのメンツだけは勘弁してくれってくらい、ないんだけど……」


 しかし適当な名前を出さないと、おそらくこの女はしつこく同じ質問を繰り返すだろう。そうとなれば、もう覚悟を決めるしかない。まず、知恵の名前はNG。それはかぐや姫的な意味ではなく菜華的な意味でNG。もう言わなくても分かるよね?

 あと、菜華もNG。気にしてないフリしてるけど、知恵、絶対怒るじゃん。嘘だって分かってても怒るじゃん。あいつはいいヤツだから、恨まれたら精神的に結構くる。

 志音は無し無しの無しとして、もう選択肢が井森さんと家森さんしかない。ボロが出ても嫌だし、ここに来る予定の無い井森さんを選ぶのが得策と言えるだろう。


「あーもう、分かった分かった。あのね、ウェーブした髪の子、いたでしょ。おっぱい大きい子。あの子だよ」


 嘘でも恥ずかしいわ、クソ。

 私は妙な気恥ずかしさで耳やら頬やらが熱くなるのを感じながら、ちょっと早口でそう言った。マジっぽくて、それが余計恥ずかしい。真っ赤になる負の連鎖に陥ってる気がする、ヤバい。

 そうこうしていると、イヤホンから井森さんの声が聞こえる。彼女はただ私の名前を呼んだ。怖い。他にもなんか言って。


「ほう、あまり覚えてはおらぬが……そうかそうか。お互い、頑張ろうではないか」


 かぐや姫は、戦友として私を認めてくれたようで、爽やかな笑顔でそう言ってくれた。まぁ百歩譲って、私はまだ一途な設定だけどね。

 かぐや姫、アンタ色んな女と話してデレデレすることを頑張るの? それ多分アンタが幼女っぽい見た目だから許される努力だよ。


 そんなことを考えたあと、少し遅れて気付いた。あ、なんか今、すごい自然に帰れる流れだ、と。

 でもいま帰って大丈夫かな。なんかいかがわしいことされたりしないかな。っていうか絶対されるよね。さっきだって、家森さんと井森さんに腰とか撫でられたし。癪だけど、志音の隣座ろうかな。いやそれは癪過ぎるから、もう井森さんにされるがままになろうかな。

 ふらふらとした足取りで、私はなんとか皆のところへと向かうのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る