第139話 なお、魔王に世界平和の方法を問うとする
「なぁ、もしかして、舞台の壁がそのままゲートになるのか?」
「っぽいねー。3つのアイテムを揃えたらぴっかぴかに光るんじゃない?」
「札井さんと鳥調さんにダメージが入らないか心配だわ」
「誰が闇属性じゃ」
菜華が戻る間、私達はこんな憶測を立てていた。常夜灯ほどの明るさといっても、舞台と同じ幅で、尚かつ2メートルくらいの高さがある板が光っているのだ。辺りはかなり明るくなった。菜華は来たときよりも慎重に帰還し、次に向かう者の為、新たなルートを教えてくれた。
さらなる回り道が必要になってしまったが、試験の3分の1が免除になったのだ。味を占めた私達は止まらなかった。残るは私と志音と家森さん、あと、一応井森さん。
菜華の成功のあとで出ていくのは若干気まずいが、一応本命っぽい志音と手練っぽい二人。この三人のあとに何かをするのはもっと辛い、というかそもそも出番があるのかすらも怪しい。
私は挙手した。今度こそ行かせてほしいと、真っ直ぐな瞳で皆に訴えかけた。
「まぁ……そこまで言うなら……どう思う?」
「いいんじゃないかしら、面白そうだし」
「井森さんは腹抱えて笑うような何かを期待してるでしょ」
声には出していなかったが、家森さんもニコニコと頷いていた。ここまで期待されているなら、本気を出さざるを得ない。見事にかぐや姫を口説き落として、目にもの見せてやる。
私はその場に居た面子に正式に任命される前に、ゆっくりと立ち上がり、歩き出した。背後から、志音の声がする。私の名前を呼んでいる。振り返る代わりに、足を止めた。
「お前……菜華の功績を無に帰すことだけはすんなよ」
最後の最後に忠告っておかしくない?
私は耳を疑った。ここは”頑張れよ”とかでしょ。どんだけ信用されてないの、私。
ショックを受けつつ、イヤホンのはまり具合を確認しながら、かぐや姫の元へと向かう。ぐるっとステージの裏に回ると、わざとらしく伸びをして彼女から見える場所まで移動した。
「やっほー」
「? 誰じゃ貴様は」
自己紹介は大事だと思う。大概は第一印象の決め手となるのだから。そして、彼女は私達の推測によると、あの先輩の手に落ちた。ということは、あまりチャラいのはウケない気がする。
「札井夢幻と申します」
だから真面目に接する事にした。菜華のようにトリッキーに決める事ができればいいが、あれは天然でやるから許されるのだ。さすがの私も、あまり突飛なことできない。
「殺意……? 無限……?」
真面目に名乗ったのにドン引くのやめて。そういうの計算外だから。
あと漢字間違って不穏な感じにさせるのもやめて。
しかし、これは私が長年経験してきたことだ。すっかり忘れていたが、大体の人は私のフルネームに恐れ慄く。その窮地を脱する術は、十分に培われてきた。こういう時は普通に訂正するに限る。
「お札に井戸の井で札井、無限じゃなくて幻の方ね」
「そ、そうか……して、その夢幻がわらわになんの用じゃ……?」
「せっかくの休憩だし、あなたとお話したいと思って」
出来る限り優しく微笑みかけるが、かぐや姫の表情は一切解れない。こんな優しくしてるのになんでまだビビってるの? 殴るよ?
私は彼女に悟られないよう、背中の後ろで拳をぎゅっと握った。
「し、しかし、わらわは主と話したいことなぞ、ない」
「そっかぁ。私はたくさんあるけどなぁ。例えば恋バナとか」
「主には無縁そうに見えるが」
「今なんつったクソチビ」
「ひっ」
社交辞令よりも何よりも先に飛び出したのは、鋭い眼光と威圧。いけない、私とした事が。ただでさえ怖がられているというのに、こんな顔を晒しては、余計彼女を萎縮させることになる。だけど、恋バナの話題が無いって、さすがに酷いと思うんだ。
私は慌てて表情を取り繕い、ステージの端に設置された小さな階段を登る。かぐや姫は本気で嫌そうな顔をしているけど、ここは距離を詰めないとどうにもならないので、少し我慢してもらうとする。
「勝手に登ってくるでない!」
「いいじゃない、こんなに広いんだし。あ、私の膝の上座る?」
「そこに座るくらいなら針山地獄で正座させてもらうぞ」
「拒絶しすぎ」
ふくらはぎとかその辺の骨とかズタズタじゃん。その点、私の上は完全に安全。とりあえず彼女のすぐ隣に座り、私は私の膝の上に座ることのメリットを訴える作戦に出た。
この子を口説こうなんて提案しといてなんだけど、この調子じゃそんなの無理だし。ここからでもどうにか出来る人もいるのかもしれないよ? でも私には無理。
物理的なふれあいで安心感を得てもらって、そこから糸口を探すしかないと思ってる。というかそれしか思いつかない。
「どういう風に座りたいかな? あ、膝枕でもいいよ?」
「接触したくないのじゃが?」
「私の脚はね、柔らかいからすごく気持ちいいと思うよ?」
こう言っても、触ろうとすらしない。私の脇腹を扇で突っつき、あっちいけとしている。もう帰りたい。私が何をしようと、彼女はこの姿勢を崩そうとしないのである。なしのつぶてとはまさにこのこと。
イヤホンをした耳からは笑い声が聞こえてくる。井森さんがものすごく楽しそうにしてる。良かったね。
諦めて立ち上がろうとする直前、思いついてしまった。
「じゃあ私がしてもらうね」
そう言いながら、頭を寝かせたのだ。これなら彼女の元々の姿勢を崩させることもないし、自分が横になるよりかは抵抗は無いはず。
「いだい!」
気が付くと、私は固い床に後頭部から頭突きをかましていた。痛い。木が頭にばん! ってなった痛み。まぁ、この綺麗な敷物の下は木なんだろうから当たり前なんだけど。
それにしたって事態が飲み込めない。私は確かに彼女の膝目掛けて頭を降ろしたはず。痛む患部を押さえながら少し体を起こすと、膝を立てて縮こまっているかぐや姫が視界に入った。
え、反射神経……。見た目によらず、めっちゃ反応速度早くない?
あの一瞬で体育座りっぽく私の頭を回避したの?
そんなに嫌? 私もさすがに傷付くんだけど。っていうか、いま軽く物理で頭部損傷したけど。
呆けていると、左耳から聞き慣れた声が聞こえた。某ゴリラである。
「おまっ! 何やってんだよ! だからあれほど言ったろ!」
怒号で耳がきーんとする。唾を飛ばす勢いで、志音は私の対応を責めた。
え、これ私が悪いの?
だって誰も自己紹介の段階でこんな苦行強いられてないでしょ?
イヤホンの音声に返答する訳にもいかず、私はただ黙っていることしか出来なかった。私的には、知恵みたいな感じでさっと仲良くなりたかったんだけどね。
「のう、夢幻や」
「いたた……なに?」
「主、恋バナとやらに詳しいのか……?」
まさかの食い付き方だったけど、そんなことはこの際どうだってよかった。かぐや姫が私に何かを聞きたそうにしている、それだけで幸せを感じた。
「もちろん! もう30回は恋をしたからね!」
もちろん嘘である。なんなら一度もしてない。しかし問題はない。女同士の恋バナなんて、原則的に話を聞いておけば良い、万が一アドバイスを求められたら当たり障りの無いことを言って励ませば良いのだ。
私の性格上、それがわりと困難だというのは分かっているので、彼女が切り出し方を迷ってもじもじしている間に、返答の種類を決めておこう。
【そんなことないよ】【応援してるよ】【いーなー!】この3つでいく。
自分が失言メーカーだということは、私自身よく分かっている。いつもいつの間にか誰かが怒ってるし。だから、多少苦しくてもこのルールに則って動くつもり。
「わらわには心に決めた人がおるのじゃ」
「そんなことないよ」
「は?」
「ごめん、もう一回いい?」
考え事の最中で声をかけられたせいで、つい思いついた順番通りに喋ってしまった。そんなことないよじゃないわ。
私は彼女に仕切り直しを要求すると、姿勢を正した。
「まぁよい。わらわには、心に決めた人がおるのじゃ」
「いーなー!」
「よいか……? しかしじゃ。先程ここに来た菜華という女に、事もあろうに、その、接吻を……してしまっての」
「いーなー!」
いや、いくないわ。私は別に菜華とそういう仲になりたい訳じゃないし。待って、この選択肢ヤバくない? 誰? こんなの用意したの。
「む……? お主も菜華を?」
「応援してるよ!」
「あ、そういう意味じゃったか。しかし、応援されては困るのじゃ……」
かぐや姫の言う、心に決めた人というのは、恐らく先輩のことだろう。15分でゲート解放しちゃうくらいのゾッコンっぷりだったのだ、間違いない。
ここで、やっと私の使命がはっきりとした。それはパスを繋ぐこと。このあとに控えるメンバーに、心置きなく惚れてもらう為にレールを敷く。かなり重要な役割だ。今後の流れを、私が握っていると言っても過言ではない。私は密かに奮起して、かぐや姫と向き合った。
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