第214話 なお、不味さは愛情なんじゃカバーできないとする
放課後、私達は自然と円になって話をしていた。私と家森さんと志音の席が近いので、そこに井森さんがやってきて、知恵がふらふらっと歩いてきて、当然菜華が付いてきて、たったそれだけで6人の小さな集会になる。
「ちょっと遠いけど、デバッカー協会の
「知恵が行きたいならデルタにでもラブホにでも行くから大丈夫」
「ラブホは自分が行きたいだけじゃん!」
家森さんはけらけら笑っているけど、デカい声でラブホなんて言ったもんだから周囲がちょっと静かになった。
みんな教室に居残って真剣に話し合ってるのに、私達だけ性的な研修先決めようとしてると思われるじゃん。やめてね。
「知恵。お前、
「あぁ。あそこは情報処理科の連中の領域なことが多いからな。2ヶ所行っていいってんならもちろん行きたいけど。そっちに行っても、情報処理科向けの話しか聞けなさそうだからδにしたんだ」
「知恵でもそういうこと考えるんだ……」
「お前、あたしをうんことかで大爆笑してる少学生か何かだと思ってんだろ」
「概ね合ってるでしょ? うんこうんこ!」
「ふふ、ふざけんなよっ」
知恵ったら可愛い。うんこって言われたらちょっとニヤってした。隣で目の中を♥にしてうんこに小ウケする知恵を見てる菜華はキモいけど。
「二人はδにほぼ決まりなのね。私達はどうするの?」
「さぁ。井森さん行きたいとこないの?」
「そうねぇ、家森さんが行きたいところは行きたくないかしら」
「あっ、それいいね。私もそうしよー」
「それだと一生決まんねぇだろうが」
志音は私達の心の声を代弁して二人につっこむ。知恵が通信機器関連を担う協会に行きたいと言うのはそんなに不自然じゃなかったけど、この二人の場合、どこに行っても違和感があるっていうか。
まぁどこに行っても外面のいい二人のことだから上手くやるんだろうし、案外適当に決めちゃうんだろうな。
「さっき夢幻と話をしてあたしなりに考えてみたんだけど、
「お前らもオンラインじゃなくて直接行くつもりなのか。にしても、なんでβなんだ?」
「もしかしてだけど、いまカロチンの話してる……?」
「してねぇよ、なんで急に野菜の話になるんだよ」
なんでって、私がβって言われても全然ピンと来ないからだけど。ヤバい人を見る視線を感じたので、急いでタブレットを取り出して、βが担当する機器を確認してみる。
βは、主に家電関係に影響を及ぼすバグが管轄の組織らしい。言われてみればそうだった気がする。
しょぼそうに聞こえるかもしれないけど、そんなことはない。ネットで調べてみると、デバッカー協会βが関わった案件がまとめられたサイトを見つけた。
市場の業務用冷蔵庫ばかりが狙われて、とんでもない額の被害が出た事件、あれ解決したのってここだったんだ。当時はすごい騒ぎになっていた。ニュースなんて関心の無い私も、あの騒動のことは覚えている。
「あたしらの生活に密接してるし、被害先のイメージもつきやすいだろ?」
「うん、でもβってこの近くなの?」
「あぁ、各協会の住所見たら分かると思うけど、デバッカー協会は分散して運営されてんだ」
「これは恐らく、地域に限定して悪さをするバグが出たときの対策ね」
「私達が行くδは北関東。βは最も近い施設になる」
菜華はケータイを操作しながらそう言った。こいつ、ぼんやりしてそうで私よりも色々把握してる。調べものをしてるみたいだったから何を調べているのかと聞いたら、北関東で評判のいい宿泊施設を見ているのだとか。画面がやけにピンク色だったけど、ツッコんだら面倒くさそうだったからスルーした。
こいつ……研修を小旅行かなんかと勘違いしてそう……。っていうかデルタにも行くけどやっぱりラブホにも行くんじゃん……。
それから私達は教室を出て校門で別れた。志音と二人きりになってから、気になっていたことをぶつけてみることにした。
「あんたのお母さんが所属してるっていう
「Ωはデバッカー協会唯一の本拠地を持たない組織なんだよ」
「え、だって国家規模のヤバい案件を扱う組織なんでしょ? 拠点が無いと不便じゃない?」
「まさか、逆だ。拠点があると不便なんだ。ヤバい事案が発生したらその他の一番関わりが深そうな協会の施設を借りたりするらしいぞ」
「あー……それでお母さん、家にいないの?」
「おう。日本中、なんならたまに海外に行ってるしな。父さんが帰ってくる日の方が多いくらいだよ」
話によると、志音のお母さんは志音が中学に上がってしばらくしてから現場に復帰したらしい。お父さんも忙しい人で、お母さんはさらに忙しい環境で。一体どうやって育ったんだコイツ、と思っていたけど、やっと謎が解けた。
勝手に娘のことを放置してる酷めのママンだと思ってたけど、全然そんなことは無いっぽい。いや、親の後ろ姿を見て志音が同じ道を進もうと決めたくらいなんだから、一緒に居れる時間は少なくてもきっと幸せな家庭なんだろう。
「そっか……良かった」
「あたしが山でゴリラに育てられた訳じゃないって知ってほっとしたのか?」
「よく分かったね」
「自虐したあたしも悪いけどそりゃねぇよ」
こんなこと言ってるけど、志音はさほど気にしてなさそうだ。信号の無い交差点の安全を確認してる横顔に向かって言った。
「志音が、一人ぼっちじゃなくて、かな」
「……!」
私の発言に驚いた志音は、結構なスピードでダンプがドドドドと近付いているにも関わらず、何故か一歩踏み出して死にそうになっていた。
志音の鞄を引っ張って尻餅をつかせる。いてっ! なんて声を上げて、こいつはやっと我に返ったみたいだ。
「お前が柄じゃないこと言うから死にかけたろうが!」
「はぁ!? 遊びに行く度に両親がいない兄弟もいないじゃ心配になるのが当たり前でしょうが!」
「だからお前がその当たり前をこなしてるのが怖いんだよ!」
っはぁ〜〜〜〜〜??
ちょっと何言ってんの、このなぞなぞチンパンジー。
うっほほうほうほうほっうほっなんだけど。ムッカつく。
私は立ち上がったばかりの志音の首根っこを引っ掴んで道路の方へと押してやる。車が来てるので、今は絶対に渡ってはいけないタイミングだ。おらおら。
「やめろって!」
それから志音は何度も謝って、私はぷりぷりしながら少し先を歩く。
別れ道に差し掛かったので、振り返って「じゃあね」と言おうとしたんだけど、志音の方が先に声を上げた。
「夢幻、ありがとな」
「何がよ」
「あたしは全然平気だ。でも、この前。夢幻の家に行った時な。母さんが家にいるっていいなって思ったのも事実だよ」
歯切れ悪くそう言うと、志音はまた明日なと告げて、私に背を向けようとした。だから手を掴んだ。こんなことを言わせたまま、誰も居ないあの家に帰すのが、正しいことだと思えなかったから。
「夕飯、うちで食べてけば」
「……おう」
そうして志音は札井家にやってきた。ダンッダランッダランッとかなり特殊な足音を鳴らして私を出迎えてくれたのは母だ。っていうかこの足音が父のものだったら私はいい加減泣く。志音の姿を見ると、母は「あらぁ〜!」という奇声を上げて喜んでくれた。
「あ、お邪魔します」
「お母さん、今日の夕飯なに?」
「生姜焼き! まだ作ってないけど!」
「だってさ。志音。頑張ってね」
「え、あたしが作るのか?」
「あら! しーちゃんが作ってくれるの!? やったー! 材料ならスーパーで買ってくるだけにしてあるからね!」
「それ何も準備してないってことっすよね!? っていうかしーちゃん!?」
お母さんが材料代を渡すと、志音は本当にスーパーへと買い出しに出かけた。その後、ネットで調べたというレシピを見ながら作ってくれたんだけど、あんまり美味しくなくてすごく面白かった。
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