第69話 なお、非道とする
「あーテステス。聞こえる? 聞こえるよね? デカい声出すと疲れるから、マイクで喋るから。よろしくー。つーかマジでおでこ痛いんだけど」
the適当。こんな適当に生きてる人間見た事ない。先生というよりは先輩のような人、というのが第一印象だ。
寝癖としか思えない、前向きに表現するなら無造作ヘアーをぐじぐじといじりながら青い作業着の女は挨拶をした。
奥の部屋から、彼女と同じように額を押さえながら鬼瓦先生が出てきた。おそらく、なんらかのアクシデントで衝突事故が起こったのだろう。
見ていないけど、多分あの女が悪い。鬼瓦先生可哀想。
「私はバーチャルプライベートの担当、
やる気あるのか、この人。しかし、担当というからには、その辺を一任された責任者なのだろう。
この人があの難関資格、
「一応、簡単な説明はしてあります」
「居昼先生がしてくれたの? 悪いねー。んじゃ、ざっと、諸君達が許可証を手に入れる為の道のりを教えてしんぜよう……!」
適当な人、やる気の無い人、だけどすごい人。そしてふざけた喋り方をしている人。お気付きだろうか……。そう、彼女は……。
紛れもない、変な人である。
この空間に何人の変人をねじこめれば気が済むんだよ。もしかしてここって、変人の素養が無いと関われない出来ない科なの? じゃあ私がここにいるのおかしくない?
「えっとねー。簡単に説明すると、まず夏休みの試験に合格してもらわないといけないんだ? そこで合格したら許可証自体は発行してもらえんのよ。こっからが大変なんだけど、それは置いといて。
厄介なのは大変なのは”こっから”だけじゃなくて、”ここまで”もって事なんだよねー。要するに、その試験は誰でも受けられるって訳じゃないの。普段の素質とか、筆記テストの成績とかそういうの全部ひっくるめて私がソーゴーテキに判断すんのよ」
粋先生はだらだらと流れについて説明をした。
とりとめのない話をするように、彼女は言葉を紡ぐ。
「平均すると3〜4人くらいかな? 許可証発行されるのは。でもさー、成績上位者から選んでる訳じゃないかんね? 出来がいいのがたくさんいたら、その分だけ許可証発行の推薦状を書くよ。
逆に言うと、例え一番だったとしても、ふさわしくないと判断したら落とす。別に許可証持ってる生徒がいないクラスがあっても、全然困らないしねー。わかるかな」
すごく適当な語り口だったけど、言葉を濁したりしない分、理解しやすかった。つまり完全に実力主義なのだ。周りに惑わされることなく邁進しろ、ということだろう。
「ちなみに、今の試験を受ける資格がありそうなのは、そこの三人だけだよん」
粋先生は顎で私達の方を指しながら、少し意地の悪い笑みを浮かべている。いきなり振られると思っていなかったので、驚いて肩がビクついた。この場に集まった生徒達の視線が、一斉にこちらに向けられる。
「え、えっと……」
いたたまれなくなって、とっさに端末をいじっていた井森さんの手首を掴んでしまう。いい迷惑だろうけど、ちょっとの間だけ……ごめんなさい。嫉妬か羨望か、その両方か。何やら意味の込められた視線を感じて、とにかく居心地が悪い。
視界の隅っこでは若干丈の合っていない作業着を着た女が、イタズラっ子のような顔をしている。時間にしてほんの数秒だろう、しかし果てしなく長く感じた。先生は戯れ過ぎたことを悪びれる素振りも見せず、話を再開した。
いや、しようとした。
「んっ……はぁ……あぁん……あっあっあっ♥」
意味が分からなすぎて、完全に思考が停止した。
耳を疑う程になまめかしい声が、静まり返った教室に響き渡った。
それも爆音で。
それ絶対喘ぎ声だよね。
釈明の余地無いよね。
音の発信源は井森さんの手の中にある端末だ。
先程のモデルの卵だという子が、一人で励んでいる動画が流れていた。
アホかコイツ。
そして次に、井森さんは私に「もう……札井さんったら……」と言ったのだ。
「は?」
は?
私が喘ぎボイスの関係者であるかのような発言は謹んでいただきたいのだが? 普段の口調も吹っ飛ぶ勢いで、謎の濡れ衣を着せられた私は、ほとんど声を発することが出来なかった。
そしてやっと気付いた。私に手首を掴まれた拍子に、端末を誤操作してしまい、送られてきた動画を再生してしまったのだ、と。
このスマホの持ち主がアダルティな動画を所持しているということは、既に誰の目にも明らかだ。私が激しく否定すれば、井森さんのスマホだったということで、彼女にドスケベ大魔神の容疑がかかるだろう。
いや実際その通りなんだけど、彼女にだって普段のキャラというものがある。そういったものに縁遠いキャラ作りをしているのだ。
図書委員っぽい、大人しい、優しい、怒っているところを見た事がない。それが彼女のイメージの全てである。まさか極悪非道のクソレズビッチだと思う生徒はいないだろう。
だけど私にだって危機感はある。ただでさえ志音との仲を疑われているのだ。そんな私がこんな音声を発する動画を持っていたと思われたら、それは人生の終わりを意味する。
知らんぷりを決め込むか否か、迷いに迷って逡巡する。
沈黙は私に選択を急いていた。
私がいまこうして悩んでる間にも、端末は切なげな声を響かせている。
ちょっと静かにして。っていうか動画止めろ。
しかし、動画の中の彼女がこちらの事情など預かり知る訳もない。いっちゃういっちゃう……! という声が、講義室内にギンギンに響く。うるせぇよ、どこへでもいけよ。そして戻ってくんな。
そのとき、思いがけない人物が動いたのだ。
「これ……」
菜華である。彼女は井森さんの端末に手を伸ばし、掴み、動画を止め、そしてブレザーのポケットへとしまいこんだ。
「えっ……?」
「鳥調さん……?」
そして言った。
「知恵に返しておくね」
あ。
「う、うん」
「そ、そうね」
小さなどよめきが起こり、すぐに止んだ。
ごめん知恵、マジでごめん。
ぶっちゃけ、一番最初に「助かったぁ~!」って思った。
マジごめん。
「鳥調さん……いまのは……?」
「知恵が言ってた。夢幻が困ってたら助けてやれって」
「そ、そうなの?」
菜華は頷いて私達を見た。
うん、助かったんだけどさ……。
「私達は助かったけど、乙さんの評判が……」
「それは仕方がない。知恵の言った通りのことはできたし」
「できたし?」
「私があの動画を所有していたと思われるのはイヤ」
「結局そこかよ」
「え、でも動画としてはいい出来だったわよね?」
「知らんわ」
もうやだ。
この一連のやり取りで3キロくらい痩せた気がする。
私は恨めしそうな視線を教卓の女に向けた。
「まぁそういうことだから。あのスケベっ子達に負けたくなかったらみんなも頑張んなねー」
誰がスケベだ誰が。引き続き、粋と名乗った教師を睨み続けたが、多分全く効いてない。
許可証発行の試験、通称【免許試験】が執り行われるのが夏休み真っ最中と言っていた。ということはその前に免許試験を受ける者が選定されるので、山場は一学期の期末試験だろう。
「許可証が発行された後も色々と手続きがあるんだけど、それはここでは説明しないよーん」
また意地の悪い笑みを浮かべて、粋先生は腕を組んだ。
「どーせここにいる9割が落ちるんだし」
1時間前は存在すら知らなかった教師に掛ける言葉では無いと、分かっていつつも、こう思わざるを得なかった。
こいつ、ホントに性格悪いな。
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