インターバル

第68話 なお、心のスレ立てとする

 任務から数日後、私達はようやく平穏を取り戻していた。

 当日は報告書を提出して、鬼瓦先生に叱られながらプロフィールの項目を書き直して、家に帰ったのは8時前だった。やっぱりあの内容はまずかったらしい。まぁ薄々勘付いてたけど。


 先生が恥ずかしくない程度に、客観的に見た人物像や成績等を書き加えることになった。私のところに「若干人の話を聞かない嫌いがある」と書かれていたのは納得いかなかったけど、他の3人が大きく頷いていたので、あまり強く否定できなかった。

 志音だけならまだしも、あの2人にまでそう思われていたなんて……。 いま思い出しても凹む。


 私は現在、エクセルの講義室に居た。

 これからダイブする予定は無い。恐らくは校舎の教室に空きがなかったとか、そんな理由だと思う。時刻は午後2時50分。3時からバーチャルプライベートの説明会が開かれるのだ。


 この教室には凡そ1クラス分の生徒が集まる予定だ。

 興味のある者のみの自由参加、とはなっているものの、高度情報技術科に数ヶ月在籍していてその重要性を理解していない生徒はほとんど居ない。

 熾烈な椅子取りゲームを制することができるかどうかは置いておいて、説明だけは聞いておきたい。そう思う生徒が大半なのだ。

 よって、説明会は1ペアにつき1人まで、という制限がかけられている。ちなみに、帰りのホームルームは既に終了しているので、参加しない生徒は6時間目終了のチャイム以降、好きに帰っていいことになっている。


「あと10分か……」


 念のため、志音には時間になったら帰るように伝えておいた。絶対に私が行くと告げたところ、あっさりと「おう」とだけ返ってきたので、私はここにいるのだ。

 皆が目をギラつかせている中、志音はあまり興味が湧かないらしい。まぁ、アームズの強化という意味ではあいつは親の訓練施設を使えばいいんだし、当然と言えば当然なんだけど。


「隣、いい?」

「! 菜華!」

「じゃあ反対側は私が失礼するわね」

「井森さん! 来てたんだ!」


【悲報】開始早々ヤベぇタイプのレズに挟まれた


 頭の中でこんなスレッドを立てつつ、愛想笑いをした。二人とも頼りになるクラスメートだ。それは間違いない。だけど、その”ヤバい”部分の自己主張が激し過ぎる。

 菜華は一人のヤンキーに執着する、某界王星の重力よりも重たい女で、井森さんは女性を出された料理に例えるほど軽い女なのだ。


 似たように見えて、全く別の性質を持つ二人。時空の歪みが発生してしまわないか、それだけが気がかりだ。間に座ることになった私の命が危ない。

 国をあげて私を保護すべき。


「あなたは、鳥調さんね」

「そうとも言う」

「そうとしか言わないでしょ、クレヨンしんちゃんみたいなこと言わないで」


 なんだかんだと話していると、教室に先生が入ってきた。

 時計を見ると、既に3時を回っている。


「ふむ。やはりほとんどのペアの片割れが参加することになったようだな。ではこれからバーチャルプライベート許可証発行についての説明会を開催する」


 鬼瓦先生と居昼先生、二人はホワイトボートの前に立って、なにやら資料を広げている。プリントなんて生徒に配らせればよいものを、先生達は自らの足で配り歩いた。


「許可証発行までのプロセスをまとめたものだ。配られた生徒はよく目を通すように」


 配り終えると、鬼瓦先生は裏にある準備室の方へと消えていった。そして居昼先生はホワイトボードの前に立って口を開く。


「まず、バーチャルプライベートというものを説明しておく。一部プリントの内容とも重複する、そちらも参考にしながら聞いて欲しい」


 言葉とは裏腹に、居昼先生は説明の必要をあまり感じていなさそうだった。それもそうだ。ここにいる生徒達はそれがどういうものか知っているから集まったのだ。


 先生の説明と、手元の書類、そして、以前聞いた雨々先輩の話とを頭の中で照らし合わせていく。これと言って目新しい情報はなかった。

 それでも、管理者から与えられたという空間の実際の画像を見れたのは嬉しい。


「とまぁそんなモンかなぁ。あとは有資格者の先生から話してもらおうかな。あーもしもし、居昼です。鬼瓦先生、粋先生の準備できました? あー……っと、向こうはもう少し時間がかかるようだ。今のうちに聞いておきたいことはあるか?」


 奥に消えていった鬼瓦先生の方は、なにやら軽くトラブっているようだ。それにしても、聞いておきたいこと、か……。


 二人は何かある? と、両サイドを見て問いかけたかったけど、やめた。菜華はイヤホンで音楽を聴いているし、井森さんは女の子と連絡を取っているようだ。

 何しにきたんだコイツら。


 特に菜華を睨みながらそんなことを考えていると、視線に気付いた彼女は顔を上げた。そして目が合った瞬間、あることに気付いてしまう。


「知恵じゃなくて菜華が顔出してるの、結構意外かも」

「? 知恵が出ても説明を理解できない」


 酷い。そして否定もできない、なんかごめん。菜華は淡々とそう言ってのけた後、またイヤホンを装着しようと手を動かした。手首を掴んで、「せめて話はちゃんと聞きなよ」と忠告する。

 どうしてもやると言うなら離れたところに座ってくれ。連帯責任で一緒に怒られたら、たまったもんじゃない。


「知恵は、出てこいとだけ言った」

「そりゃまさか説明会中にイヤホンするとは思ってないでしょうよ」

「あぁ、なるほど……わかった」


 そう言うと菜華はやっと音楽プレイヤーをしまった。背筋をしゃんと伸ばして、両手は膝の上。はい完璧。

 よしこっちは片付いた。あとは井森さんだ。


「……井森さん?」

「……あっ、ごめんなさい。それで、何の話だったっけ?」

「う、ううん……その、そろそろ本格的に説明会が始まるから、端末しまったら? って言おうとしただけ、なんだけど……」


 気まずい。気まずさだけで窒息死しそうだ。

 いま息をしているだけでも奇跡のように感じる。

 それくらい気まずい。


「そ、それ……」

「あぁ、これ? 冗談だったんだけど、本当に送ってきてくれたの。可愛いよね」


 井森さんは画面を隠すこともせず、端末を操作する。もちろんこちらに見せつけている訳ではない。ただ、視界にたまたま入ってしまったそれから、私が視線を逸らせないだけだ。


「井森さん、それ、見えるから」

「そう。この子スタイルいいよね。モデルの卵なんですって」


 井森さんは”送ってきてくれた”という画像を見ながら微笑んでいる。私がこんなに気まずい思いをしているのは、その写真が普通の写真ではないからだ。

 何とは言わないけど、もうね、肌色100%。おそらく彼女は井森さん以外の人間に見られるなんて思っていないのだろう。すらりとした肢体を大胆にさらけ出して、それを写真に収めていた。


「結構まじまじと見るのね。この子の連絡先、教えようか?」

「やめてやれ」


 井森さんにツッコんだ次の瞬間、前の方で大きな音が鳴る。教室内にいた全生徒の視線が注がれるそこは、準備室の扉だ。


「いっ……たぁ〜!」


 甲高い悲鳴が聞こえたかと思ったら、今度は扉が激しく開かれた。悲鳴の主であろうその女性は、おでこを擦りながら、不満そうに教卓まで歩く。


「ほんっとに痛い……くっそぉ……」


 身長は私と同じくらいだろうか。つまり普通だ。ただ、スーツでもなく、普段着でもなく、彼女は作業着を着ていた。顔については、眼鏡をかけていることくらいしか分からない。


 居昼先生は黙って彼女にマイクを渡す。興味が湧いたのか、両隣の不良少女達は、作業着の女性を凝視していた。

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