第100話 なお、「やったか!?」とする

 逃げよ、と言いながら既に逃げていた私だが、菜華はすぐについてきてくれた。

 すぐ後ろでばっさばっさという音が迫っている気がするけど、振り返る余裕は無い。


「夢幻、戦わないの?」

「無理!」

「なぜ? それじゃいつまで経ってもテストが」

「あいつに対抗する手段が思いつかないの!」

「……なるほど」


 菜華は少し黙ると、再び話しかけてきた。


「あの耐性付ける技、重ね掛けできると思う?」

「う、うーん……ナローフォーカス一点集中でしょ? 言葉の意味を考えたら無理っぽいけど……」

「聞き出して」

「は?」

「私は口下手」

「あ、自覚あるんだ」

「なので、夢幻がやるといい」


 涼しい顔で駆けながら、変人は私に妙な役割を押し付けた。あの技の全容を探れ、と。

 重ねて掛けたり、途中で変更したりができないかを聞き出せとのこと。


 きっと彼女は、あの技が二度目に発動された時のことを考えているのだ。どうにかして今の効果を切れさせれば、活路は見出せる、ということだろうか。


 しかし、彼女の言う通り、相手の手の内は知っておいた方がいいだろう。物理攻撃にまで耐性をつけられたら、私の攻撃すら無効になってしまう。

 幸い、私のアームズについてはまだワイバーンには知られていないけど。とにかく、今は彼女を信じて聞き出すしかない。


「ごめんねワイバーン! また今度遊んであげるからね!」

「貴様ぁ! 我にはきちんとした名前があるのだ!」

「なんていうの?」

「うさちゃんだ!!!」

「ひはははは!!」


 ふざけるな。

 頑張って走ってるのに面白いこと言うな。

 力が抜けて転げそうになるのをなんとか踏ん張り、私は強引に地面を蹴った。


「夢幻、そんなに笑ったら失礼ひひひひひ」

「貴様も笑っておるだろうが!」

「ちょっと菜華、その笑い方やめてへへへ」

「貴様らぁ!!」


 私達は結局、足元が覚束なくなって、へたり込むように前方に転がった。彼は憤慨しているようだけど、私達は悪くないと思う。

 っていうかワイバ……うさちゃんは名付けた奴にもっと憤りを覚えるべき。


「ねぇうさちゃん。それ、名付けたの誰なの?」

「我だ。我が自らをそう名付けた」

「いひひひひ!」

「菜華! 笑わないでへへへ!」

「許さんぞ!」


 誰かと思ったら自ら名乗ってるパターンかよ。

 わざと笑わせて隙を突こうとしているんだ、ここまで来るとそうとすら思えてくるが、私達が立ち直るにはもう少し時間がかかりそうだ。見事に術中にハマってしまっている。


 激昂したうさちゃんは、バサバサと翼で風を起こす。この風は当たるとマズい、直感でそう思った。爆笑しつつも、私達は転げながらそれを紙一重で回避していく。


「笑い転げおって!」

「ちがっ!」


 避けただけだろうが。笑いながら転げられるの嫌なら攻撃してくるな。

 しかし、回避に精一杯なので口答えはできない。それでもやっと復活してきた。なんとか立ち上がって体勢を整える。


 背後からは、妙な笑い声が聞こえてくる。菜華の復帰にはまだ時間がかかりそうだ。私は時間稼ぎを兼ねて、先程の彼の技について尋ねることにした。


「ナローフォーカスって言ってたよね」

「? なんだ、突然」

「さっきの技の名前。あれもあなたが自分で付けたの?」

「……また馬鹿にするつもりか?」

「まさか。ただちょっと意味が分からないなぁと思って」

「む……?」

「プロテクトとかで良くない?」


 わざとらしく腕を組んで首を傾げてみる。

 すると、彼は翼の動きを止め、語り始めた。


「ふむ。貴様、我にワイバーン等という恥ずかしい名前をつけるわりに、目の付けどころは悪くない」

「アンタにその辺のセンス褒められるって逆に心配になるわごめんなさい、なんでもないの。続けて?」

「意味は一点集中。つまりだ、この技は対象を限定することで、圧倒的な防御力を手に入れることができる、ということじゃ。あと貴様、今さらっと我のネーミングセンスを嘲っただろう」


 うさちゃんはぐるると小さく唸りながら、ツッコミを欠かさなかった。それについては本当にごめんね、つい本音が口からぽろりしちゃったの。だって私は千回人生をやり直しても、自らうさちゃんと名乗ることは無いと思うから。


「すごい技なんだね。じゃあそれをかけ直されちゃったら、私達はどんな攻撃をしても全く通じないってことなんだね」

「諦めるな小娘。我のこの術は一度掛けてしまえば、しばらく変更は不可。つまり、ギター以外の手段があるのならばまだ勝機はあるぞ」


 そう言ってうさちゃ……もういいや、ワイバーンは笑った。思ったよりも嫌な性格してるみたい。私は半ば確信しつつも、念のため尋ねてみた。


「どうしてわざわざそんなことを教えてくれるの?」

「ふははは! 我は人間が悪あがきをした果てに死んでいく様を見るのが好きだ!」

「……今までもそうやってきたの?」

「人間に会ったのは、今日が初めてだ!」

「そういう言い方するなら、せめて何度か経験してて」


 なんか抜けてんだよな……。

 私は呆れつつも、やっと逃げることをやめた。


 菜華が確認しろと言ったことについては聞き出せただろう。そしてその内容は、少しだけ私に勇気を与えるものであった。


 こいつがここで嘘をつくようには思えない。おそらく、ナローフォーカスの耐性対象を、こまめに変更できないというのは事実だろう。

 彼の説明とも矛盾しない。つまり、現状この状況をどうにかできるのは私だけ。


 風を武器とするバグとは過去に戦ったことがある。

 あのクソ村のロリコン風車だ。あいつと戦ったときは、風を生み出す機構を志音が破壊してくれた。


 つまり、あのときと同じように戦うには、翼をどうにかするしかないということだ。しかし、ワイバーンの翼は腕と一体になっているし、動きも速い。

 そう易々と攻撃させてくれるとは思えない。


「こちらから行くぞ!」


 ワイバーンは高く飛ぶと、急降下して翼で私の首を狙ってきた。


 その勢いは駄目。


 やりすぎ。


 私は後ろに倒れるように翼を回避する。そして、首が繋がってることを手で触って確認しながら、無事を噛み締める。


 ちなみにこの一連の動作の間、菜華はずっと棒立ちしてた。

 アンタも少しは狙われろ。


「そんな目で見られても……」

「……うん、分かってる。ワイバーンにとって、菜華は既に脅威じゃない」

「うん。がんばれー」


 棒読み応援を背に私は立ち上がった。

 こういう時こそ、ひるんじゃ駄目だ。


 空からこちらを見下ろすバグに、見せつけるように剣を構えるようなポーズを取ってみる。全くのブラフだ。多分、足の出し方とか、構えとか、色々とおかしいと思う。しかし、それを察せられるようではいけない。

 私は構えを取ったまま叫んだ。


「そんなに戦いたいなら、かかっておいでよ! とっておきの防御術で、私の武器に対策しなかった事を後悔させてあげるよ!」

「ふははは! 貴様のそれはフェイクだ!」

「何をう!?」


 軽い調子で言い返してみたものの、私の心はバラバラになりそうだった。いや、うん、こうなる可能性は正直見えてた。

 だって、ギターが使えなくなったって聞いて、青ざめた挙げ句、逃げた訳だしね。んじゃ最初からそんなリアクションすんなよって感じじゃん。分かってる。


 でも、ここで心が折れたら即刻負ける。私なら出来る。想定した事もないキャラクターに成りきって高笑いを決める。


「くくく……あーっはっはっは! 馬鹿な奴……! 、あなたはできなかったんだ!」

「なにぃ!」

なるまで私は待っていた。つまり、条件が満たされた、ということ」

「ぐ……!?」

「つまり、逃げるということ……!!」


 なんかすごい理由があるように、文字の上にたくさん点を付けてるけど、もちろん何の意味もない。1mmもない。

 ただ、こういうのついてると、すごい意味深っぽくなるでしょ?

 だからつけてみたの。鞄につけるキーホルダー的感覚で、なんとなく。


「な……なんということだ……!」


 かかった!

 文字の上の点さんありがとう! 多分あなたのお陰!


「ならばこれならどうだ!」


 そう言ってワイバーンは、再び肌を切る風を呼び起こした。避けようと構えたが、どうも先程とは様子が違う。トルネードのようなものがその場に留まっているのだ。


 私はそれを見上げる。こういう時、ビルの高さ何階分って言い方が出来たらいいんだろうけど、生憎、何階分かはわからない。ただ、全容を確認するために見上げている首が痛くなる程、それは高くまで続いていた。


「この風の嵐は、我が消えるまで消滅することはない! 絶えず貴様らを攻撃しつづけるのだ!」


 は? めっちゃピンチじゃん。

 それもこれも全部、文字の上の点が悪いからね。反省して。


 私は迫りくるトルネードから逃げるように横に飛ぶ。菜華はその光景すら涼しい顔で見ていた。


「だから少しは狙われろよ!」

「そう言われても」


 ぼんやりとした表情を崩さぬまま、菜華は佇んでいる。もういい、この際無視だ。とりあえず自分の事だけ考えよう。


 私はトルネードをギリギリのところで躱して、全速力で駆け出した。今度のダッシュは逃げる為のものじゃない、攻める為だ。


「ふはは、これならどうだ!」


 ワイバーンはトルネードの向こう側に立ち、その場でくるりとターンを決める。


 ふざけてるの?


 そう言いたかったが、体に重たい衝撃が走る。

 私の口から漏れたのは、言葉ではなく、息だった。


「かはっ……!」

「夢幻!?」

「ふははは! 貴様の剣がどれほど凄かろうが、近付かなければどうということはない!」


 何が起こったのか理解できない。

 しかし考えている暇はなかった。

 転がりそうになるのを、なんとか踏ん張って持ち堪える。

 そして、襲来する暴風を、またスレスレのところで躱す。


「夢幻! うさバーンは尻尾から衝撃波のようなものを放っている!」

「誰がうさバーンじゃ!」


 菜華がバグに怒られている。

 ありがとう。

 私はたった今、自分を襲った痛みの正体を理解した。

 トルネードを睨みつけ、タイミングを見計らうと、彼に向かって再び走った。


 離れていると不利になる。

 もう私が勝つにはこれしかない。

 なんとなく、剣を抜刀するような動作も交えてみる。

 ちょっと恥ずかしかったけど、騙すなら徹底的にやるべきだ。


「ほう、正面突破すると申すか。しかし、先程も言った通り、捕まってやる気はない」


 ワイバーンは高く飛んだ。

 視線を逸らさないよう顔を動かすと、太陽で目が眩む。


「さぁどうする! 非力な人間ぎゅおっ!!?」


 顔くらいのサイズ。

 黒くて、禍々しい突起が付いた鉄球のようなもの。

 つまりまきびしがバグの横っ面を捉える。


「ざまーみろ」


 意識が遠のいたのか、翼の動きが止まり、彼は地上へと落下した。

 それを確認すると、私も膝をつく。


「尻尾の一撃がデカかった……いったぁ……」

「夢幻!」


 菜華は声を上げ、駆け寄ると、立ち上がれない私の肩を優しく抱いてくれた。

 これで終わってくれるといいんだけど。


「竜巻から、まきびしが飛んできたように見えたけど……」

「そ」


 短く返事をすると、私は笑った。

 あいつをまきびしで捉える為には、二つの条件があった。

 まずは避けられないくらいのスピードでぶつけること。

 これについては説明不要だろう。


 そして、もう一つは一撃で仕留めること。

 せっかくブラフに引っ掛かってくれたのだ。

 彼が私の武器を接近戦用のそれだと勘違いしている間に、決着をつけたかった。


 トルネードの中にまきびしを生成し、暴風で巻き上げられスピードに乗ったところで大きくして軌道修正、風の渦から脱出させて勢いを殺さずにぶつける。

 これが、土壇場で思いついた私の作戦だ。


「なるほど……遠心力……」

「でも、駄目みたいだね」


 私は菜華に寄りかかり、体重を預ける。彼女は何も言わなかったが、考えていることは同じだろう。何も言う必要はない。

 私達の眼前には、地上の様々なものを巻き上げながら、猛り狂うトルネードがあった。


「消えないってことは、ね」

「うん」

「さっきの攻撃、内臓にきてるみたいで、しばらく体動かせそうにないんだよ」

「うん」

「……任せて大丈夫?」

「うん」


 本当かよ。

 そうツッコミたかったけど、やめた。

 菜華が私の肩を力強く掴んでいたからだ。

 なんとなく、大丈夫。そんな気がした。


「行ってくる」

「うん……いだっ!」


 菜華は手を離して立ち上がった。

 私は左耳から固い地面に倒れ込む。

 クソ程痛いわ。

 普通、人の頭部投げ出す? 有り得なくない?


「夢幻!? あのバグ……!」

「いやアンタだよ! もっと優しく寝かして!」

「? 悪かった、やり直す」

「もういいから行ってこい!」


 私はじくじくと痛む腹部と、新たに軽い負傷をした左耳の痛みを抱えて横たわる。

 落下から体をピクリとも動かさないバグに、彼女は歩み寄った。


 どうするつもりなんだろうか。

 任せたものの、少し心配になる。

 あと、左耳からキーンって聞こえるんだけど。

 これは少しじゃなくて大分心配。

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