二学期

スタートダッシュ

第165話 なお、二学期とする

 始業式。それはおそらく、学生に最も歓迎されない日だろう。

 今日は始業式と、二学期の学習計画とやらの授業のみで、午前中に帰れるらしい。早めに帰宅できるのはありがたいけど、学習計画の授業ってなんだ。


 体育館から戻ってきて一息ついていると、担任の凪先生ではなく、鬼瓦先生が教室に入っていた。休み時間は省略して、このまま学習計画を立てて、みんなを出来るだけ早めに帰らせてあげようと配慮らしい。

 私は前の席から回ってきたプリントを一枚取って、後ろに渡す。見るとそこには【デバッカーとしての実力を付ける】と書かれていた。あれ、ちょっと待って? 早く帰ってカルピスを飲むことしか考えてなかったけど、もしかして学習計画を立てるって楽しいんじゃない?


 これこれ、こういうのだよ。私はこういうのを待っていたの。

 ワクワクしながら続きを読み進めようとすると、後ろから「せんせー、プリント足りませーん」という間の抜けた声が響いた。たまにあるよね、こういうこと。


 すまなかったと言って、教壇に立っていた鬼瓦先生は、器用に机の間を小走りしてプリントを渡しに行った。前の席から送ってもらえばいいのに。こういう所作一つ取っても、やっぱりこの先生は優しいというか、見た目に反して小心者っぽいところがある。


 まぁいい。今度こそプリントに目を通そうと視線を落とすと、前の席からまた別の紙が回ってきた。後ろに回しながら見ると、そのほとんどが空欄になっていた。どうやら何かを書き込むらしい。始めに配られたものを見れば、その謎も解けるだろう。両手に一枚ずつ持ったそれを、一枚目を上にするように重ねる。


「せんせー、また足りませーん」


 ねぇ私が読むのわざと邪魔してる?

 先生はなに? あの子にさっきから嫌がらせをしてるの?

 それとも先生ガチ勢の生徒が、直接プリントを手渡してもらうために、受け取ったそれを瞬時に滅却してるの?


 血走った視線を送っていると、隣の席から「まぁまぁ」と、声をかけられた。聞き覚えのある声に振り向くと、家森さんがポニーテールを揺らしながら、けらけらと笑っていた。


「それより、札井さんは考えてるの?」

「何が?」

「だから、ここに書かれてることだよ」

「まだ読んでないんだよね」


 だからあのやりとりにムカついてるの。そこまでは声にしないけど。家森さんは「そっかー」と、実にどうでもよさげな相づちを打つ。そしてすぐにまた笑った。


「私は好きだなー。こういうの。得意じゃないかもだけど。なんか楽しくなるよね」


 彼女はそれだけ言うと、プリントを見て筆記用具を手に取った。課題に取りかかるのだろう。私もやっと書類に目を通せそうだ。改めて視線を落とすと、そこには衝撃的な文言が踊っていた。


「アームズの強化について……?」


 これは文言だけじゃなくて私自身が踊る。小踊りする。

 つまり学習計画というのは、今後デバッカーとして前線に立つためにどのように強くなればいいのかという、極めて実戦的な課題に向き合う為の授業らしい。ただ闇雲に実習を繰り返してばかりいるよりも、こうして時には立ち止まって考えた方が効率は良さそうだ。そうして”ぼくのかんがえたさいきょうのあーむじゅ”等を思い浮かべては夢想する。……こうして考えると、デバッカーってすごい中二っぽい職業だね。


 だけどこういうのは嫌いじゃない。二枚目のプリントは一枚目のそれに対応し、それぞれの課題にどう取り組むか、ということが書かれている。まず一つ目の設問は、どのようなデバッカーを目指すか。


 そうだね、どういう人になりたいのか、これはすごく重要だと思う。デバッカーの中には調査を専門とする人、バグのデリートを専門とする人、中には救助を専門とする人もいるらしい。あと、賞金首だけを狙ってる人とか。みんなどれも重要な役割を担う、なくてはならない人達だと思う。そして、私はそんな先輩達に負けないようなデバッカーになりたい。

 最初はなんとなくで目指した職業だけど、こうして入学も出来て、狭き門であるVPの免許も取得できた。自惚れているのかもしれないけど、私は結構いい線行ってると思うんだ。ここでマジにならなきゃ女がすたる、気がする。だから、3行ほど書き込めるようになっている大きな枠の中に、私の思いを端的に綴った。


 お次はアームズ強化の方向性。どういう風にアームズを強化したいかイメージしてみろ、ということだろうか。やっと核心に迫った感じがする。

 私のアームズもこれまで何度か妙な能力を手に入れてきたけど、あれらは私がイメージしたものではない。浮かせるようになったのも、大きく出来るようになったのも。なんとなく使っていたら、いつの間にかレベルアップしたような能力だ。

 それに、ここで原点に立ち返って、別のアームズを育てるという選択肢もある。慣れてきたとは言え、所詮数ヶ月の経験だ。合わないと思ったらこのタイミングで変更するのも全然ありだと思う。この先、デバッカーとして食っていくつもりがあるなら、使いにくい武器を何十年と使う方が馬鹿げていると言える。


 だけど、そこまで考えても、私は今のアームズから変更するつもりは無かった。志音も頑張って育ててみろって言ってたけど、あれはあんまり関係ない。志音はバナナが好物だし。

 まきびしを使い続けていく中で、感じたことがあった。それは、使い方次第でどうとでもなる武器であるということ。つまりは私の発想力次第。何も知らない人が聞いたら、100%ふざけてると思いそうな武器だけど、私はまきびしちゃんの秘めるポテンシャルの高さを信じている。普通にいい武器だと思ってるんだ。

 方向性について、私の場合はわりとはっきりとしていた。0から1を求めるようなことはしたくない。とりあえずは、1を2や3に、できれば5くらいまで持っていきたい。

 具体的に言うと、大きく出来るまきびしの量がもっと増えて欲しいし、サイズアップもして欲しいし、それらをもっと早く動かせるようになりたいのだ。


 考えたことを書き込むと、ふと、あることを思い出す。夏休み中に鬼瓦先生のところに行こうと思っていたのに、なかなかタイミングが無くて伺うことができなかった。しかし、志音の部屋で涼みながらゲームをしたり、お母さんと一緒にスキップをするので忙しかったのだ。


「キキ……」


 そう、私はキキとの契約について、まだ誰にも話していない。エンジンとも会わせてあげたいし、早急に手立てを打つべきだろう。紙へと落としていた視線をくっと上げると、鬼瓦先生を見る。キキについては先生を頼るとして、今はまきびしのことに集中しよう。


 次で最後だ。強化に向けて具体的にその方法を示せとのこと。これについては簡単だ。普通の生徒であればここで、”実習の中でより強くイメージを持ってアームズを呼び出す”とか、”資料を集めてみる”とか、そんなことを書くんだと思う。

 だけど私は違う、もちろんそれらも平行して取り組めば、より良いんだろうけど。まずは何をおいてもVP空間でのアームズの強化だろう。本当に免許を取れて良かったと思う。


「そろそろだ。後ろから二枚目に配ったプリントを集めてくれ。あとでじっくりと読ませてもらうからな」


 プリントが回収されると、先生はそれをとんとんと教卓の上でならす。そうして時計を見ると「そろそろチャイムが鳴るから、鳴ったら各自帰っていいぞ」と言い残して、教室をあとにした。


 すぐにでも彼を追いかけたい気持ちを押さえて、私はチャイムを待った。

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