第166話 なお、幸せについて本気出して考えてみるとする

 チャイムが鳴ると、私は鞄を引っ掴んで立ち上がった。クラスメートへの挨拶もそこそこに、教室を後にしようとした。っていうか普段から挨拶なんてまともにしてないんだけどね。

 しかし、それを当然の如く阻止する女がいた。呼び止められて振り返ると、志音は不思議そうに私を見ていた。


「何? 急いでるんだけど」

「トイレか?」

「私が急いでるイコールトイレって思うのやめろ」

「別の用事か。いんや、お前はどういう学習計画を立てたのか、気になって」

「あー……」


 鬼瓦先生はアレを読むと言ってたし、急いで向かわなければいけないということはないだろう。私も志音がアームズについてどう考えているか知りたいし。

 私はしばらくこいつと雑談してから職員室に向かうことにした。


「あんたはあのプリントになんて書いたの?」

「わりと普通だし、あんまり参考にならないと思うけどな。もっと種類を増やしつつ、それぞれを強化させたいって感じだな」


 そうだ、志音は元々両親の施設を利用してアームズを馬鹿みたいに強くしているんだ。しかし、私のような一点集中型とは違い、色々なアームズを使い分けるタイプには別の難しさがある気がする。つまりアームズの数だけ強化の方向性を考えなければいけないということだ。それはそれで大変そう。


「お前が何を考えてるか、手に取るように分かるな」

「だって……大変そうじゃん」

「逆だ、逆。あたしは用途に合いそうなアームズを呼び出してるんだ。方向性なんてモンはハナから決まってんだよ。だからそんなに悩むことはない」


 なるほど、志音の話は実に理に適っていた。私が頷いていると、先輩面をしたゴリラは語り出す。


「イメージってのは大事だぞ」

「どういうこと?」

「たとえば、あたしはたまにブーメラン使うだろ?」

「あぁあの軽そうな腹の立つ武器ね」

「言い過ぎ言い過ぎ。まぁあれも、最初は上手く戻ってこなかったし、そもそも武器として使うつもりなんて全くなかったんだよ」


 志音のブーメランと言えば、初めてダイブした時にも見ている。私にとって彼女の代表的な武器の一つだ。それがそんな辿々しいアームズだったなんて、なんだか想像がつかない。


「え?」

「投げたら上手く戻ってこなかったし。一回呼び出しを解いて、手元に呼び出せば良かったんだけどな。手元に戻ってきたらかっこいいだろ。だからそうなったらいいなと思って使ってた。そうしたらいつの間にかそうなってた。あたしも当時小さかったからな。自分が投げるのが上手くなったとばかり思ってたんだが。ある日、気になってリアルでも同じことをしてみたんだ」

「志音がリアルでもブーメラン持ってるってなんかウケる」

「ちゃんと話を聞け」


志音は私の頭をぽかりと叩くと、咳払いをして続きを話した。

頭蓋骨陥没したかも……痛……。


「まぁ、結果はわかるだろうけど、戻ってこなかったんだよ。幼いながらに、アームズの成長と、その成長には自分のイメージが大切なんだってことがわかったんだ」

「へぇ……先生も言ってたっけ。バーチャルの私達は、脳で生きてるって」

「まぁそういうことだ。お前はアームズをどういう風に強化したいんだ?」


 そうして私は話した。今の強化の方向性には概ね満足してるということを。志音はなるほどと呟くと、腕を組む。なにやら真剣な表情だ。


「採用するのはお前次第だけど、別方向の強化もイメージしてみたらどうだ?」

「どういうこと?」

「例えばアームズを軽くするとか」

「軽く……? でもそれじゃ攻撃力低そうだし……」

「どうしてお前はそう攻撃的なんだよ……軽ければ移動スピードは上がるんじゃないか? 他にも使える場面は多いと思うぞ」

「確かにねぇ」


 志音にしてはいい着眼点だ。軽くする、か。考えても見なかった。そうして私は閃いた。


「小さくするとかもありかもね」

「そうだな。質量をイメージで操作しつつ、サイズも変えられるとくりゃ、使いどころは格段に上がりそうだ」


 正直あまり期待はしていなかったが、志音との会話でかなりイメージが広がった。もっと色んな人の話を聞くのもいいかもしれない。ちょうどそこに家森さんが通りがかった。彼女のイメージする強化とはどんなものだろう。確か刃物専門だと思ったけど。


「家森さん、いいとこに!」

「やっほー。どしたの?」

「家森さんはどんなイメージで強化するつもりなのかなって思って」

「あぁー」

「あたしも気になるな、良かったら教えてくれ」


 家森さんはニコニコしながら、「シンプルだよー」と言って笑った。シンプルとはどういうことだろうか。思考を巡らせていると、彼女は一言でそれを言ってのけた。


「切れ味」

「え?」

「切れ味だよ。刃物に求めることなんてそう多くはないでしょ」


 そんな一点の曇りもない眼で女子高生が”切れ味”って言える?

 この人本当に危ない人だな、なんて思いながら絶句していると、志音が呆れたように言った。


「まぁ……なんつーか、お前らしいな」

「そうかな? 参考までに教えて欲しいんだけど、志音は刃物を使うとしたら、どんな強化をしたい?」


 これは面白い。家森さんは刃物という括りの中から色んなアームズをイメージするだろうけど、本質的には私と同じようなタイプだ。一方で志音も薙刀など、刃物がついているアームズを使うことがある。やはり同じようなものでも個性が出るのだろうか。


「確かに切れ味は大切だな。あとは、例えば日本刀とかだと強度も上げたいとこだな」

「強度、ねぇ。必要かな?」

「最低限叩いて攻撃できるようにはしといた方がいいだろ?」

「うーん」


 やはり二人は気が合わないらしい。この件に関しては私は志音に賛成だったりする。言われるまで気が付かなかったけどね、強度なんて。でもあった方がいいに決まってるし。まぁ家森さんも無いよりはあった方がいいとは思っているだろう。ただそれよりも切れ味を優先させたいってだけで。

 家森さんは、私よりも極端な指向の人なのかも。かもじゃないわ、あんな澄んだ瞳で”切れ味”って言えるJK他にいないわ。


「まっ、参考にさせてもらうよ」

「おう。井森はどうなんだろうな」

「井森さんはねー、あの人のことだから私と大して変わらないと思うよ。もっと大きいの出したいとか思ってそう」


 他人事のようにそう述べると、彼女はけらけらと笑いながら鞄を手に取る。そうして「んじゃねー」と言うと、颯爽と教室を後にした。私達はその後ろ姿を見送ると、目を合わせる。


「あいつも大概変人だよなぁ」

「そうだね。まぁアンタには言われたくないだろうけど」

「いやむしろあたしだけはそう言う権利あるだろ」

「自分がまともなつもりでいるの?」

「お前よりはな」

「それどういう意味……?」

「「生まれて初めて変人扱いされた」みたいな表情で聞いてくるのやめろ」


 私は信じられないものを見るような目で志音を見つめて首を振った。「ムカつくからやめろ」と言われて顔面をがっと掴まれる。痛いんだけど。


「そういえば、どっか行くところだったよな、お前」

「うん。ちょっとね」

「あたしも付いてくか?」

「え。いいよ。帰んなよ」

「そうか……」

「あからさまにしょんぼりすんのやめてくれる?」


 私は志音のアイアンクローから逃れると、ため息混じりにそう言った。気まずいんだよ、そういう顔されると。


「あのな、鷹屋の割引券が手に入ったんだ。お前と行こうと思ったんだけど」

「えっ」

「用事があるんならしょうがないな」

「待った」


 鷹屋と言われて予定を変更しない女子高生がどれほどいるだろうか。少なくとも私には心当たりがない。それほどあそこのラーメンは最高なのだ。夏だからとかそんなの関係ない。冬には冬の、夏には夏の味わい方がある。私がいますべきことはただ一つ。


「ばか! 早くそれを言ってよ! アームズの話なんて鷹屋に向かいながらでも出来たじゃん!」

「いやでも」

「早く! ダッシュ!」


 私は志音の手を引いて鷹屋へと走った。食べてから学校に戻るつもりだけど、食べたあとのことは今は詳しく考えられない。どのメニューを頂こうか、それしか頭にないのだ。

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