第46話 なお、乙事主はいないとする


 カチンという音が響いたかと思うと、私はダイビングチェアに座っていた。この奇妙な感覚には、いつになったら慣れるんだろうか。なんとか中間テストという山場を一つ乗り越えたところだと言うのに、毎回初めてみたいにビックリしてしまう。


「先生帰って来たの?!」

「札井さん達も目覚ましたよ!」

「マジかよ! 良かったな!」


 クラスメート達が大騒ぎしている。志音と顔を見合わせ、二人でなんとなく仲間外れのような気分を味わう。まるで私達がバグに襲われていたことを、みんなが知っているようだ。いつも鬼瓦先生が立っているところには、見慣れない先生が立っていた。


「四人とも、鬼瓦先生も。無事に帰還してくれてよかった」


 男性教師はニカッと笑うと簡単に自己紹介をしてくれた。居昼いびる じょう先生というらしい。いつもお腹を空かしてそうな名前だけど大丈夫だろうか。


 とにかく、私達はこの試験の全容を聞かされた。生き物は高度情報処理科の生徒が作ったプログラムであること。夜野さんが作ったAIが乗っ取られて、なむろあみえがあれ程の脅威になったこと。モニターも映らなくなり、心配した鬼瓦先生が飛んできてくれたこと。一足先に戻った生徒達には居昼先生から事情が説明され、みんな固唾を飲んで見守っててくれたこと。そして最後に、私達が高度情報技術科中間テストの1位と5位であることが伝えられた。


 1位は私と志音だ。さらに得点の方もトップで、副賞もゲットした。まぁ当然である。なんせ最後の最後にブーストかけまくったんだから。知恵達もラーフルに構い過ぎなければ、もう少し順位をあげられただろうが、変人はさておき、ヤンキーの方は動物が大好きなようだから難しかったかもしれない。今だって、あの狼はプログラムだったと聞かされてほっとしている。あれ程1位に執着していたというのに、その順位よりも気がかりだったのだろう。


 私は立ち上がって二人のダイビングチェアまで歩いていった。ただならぬ雰囲気を察して志音が私の後についてくる。実習室は徐々に静かになり、二人の前に辿りつく頃には機器の動作音が良く聞き取れる程に静まり返っていた。


「んだよ」

「お疲れ様」

「……へへっ、おう」


 知恵はダイビングチェアの上であぐらをかきながら、私達を認めるように笑った。変人ペアと関わってしまったと後悔したこともあったが、結果的に二人と組めて良かったと思う。きっと志音もそう思っているはず。


「先生、副賞なんですが、この二人に譲渡してもいいですか?」


 知恵達はもちろん、志音までもが驚いていた。うん、わかってる。まさか私がそんなこと言い出すなんて思ってなかったのだろう。私の心は最後に火事場泥棒したときから決まっていた。しかし、鬼瓦先生は腕を組んで、眉一つ動かさず言った。


「それは聞けない相談だな、札井」

「っつってもなぁー、あたし100点も加点される余地ねぇし」

「そういう問題ではない。それを認めてしまえば」

「居昼先生は見てましたよね? 私と志音は何も出来なかった。鬼瓦先生が来るまでバグと戦ったのはこの二人です」

「うぅん、そうだなぁ……」


 嘘は言ってない。志音は何も出来なかったというか、呼び出したアームズの都合もあるけど。だけど、この二人が前線で戦ってくれたのは紛れもない事実なのだ。


「じゃあなんで札井さん達が1位なの? あ、嫌味じゃなくてね?」


 声の主は家森さんだった。もちろん、嫌味じゃないのは分かっている。むしろ当然の疑問だろう。家森さんはみんなの疑問を代弁しただけだ。


「褒められたやり方じゃないんだけど、こっちに戻ってくる直前に、鬼瓦先生が倒してくれた狼の金貨を拾いまくったんだよ」

「本当に褒められたやり方じゃなくてウケる」


 家森さんは腹を抱えて笑った。若干いたたまれない気持ちになりつつも、私は再び鬼瓦先生に向き直る。


「先生が来た時、狼がたくさんいましたよね?」

「? あぁ、おびただしい程にな」

「あれでも3分の2くらいの数に減ってたんですよ。この二人がやっつけてくれたんです」


 私は訴え続けた。借りを作るのは嫌だし、それ以上に……この二人の努力が認められないのは、なんか嫌だ。


「わかった、今回は緊急事態でもあったし、特別だ。だが、今後二度とこのようなことはないぞ」

「やった!」


 横を見ると、志音は腕を組んで笑っていた。相方と相談もせずに自分勝手な行動を取ったと思われかねないが、志音自身も副賞については最初からどうでも良さそうだったので、そこについては不問ということで。まぁ、志音の成績が悪くて喉から手が出るくらいに副賞を欲していたとしても、多分同じことをしたけど。


 とにかく、これで副賞の100点加点は知恵と菜華のものだ。最下位を免れたかどうかはわからないが、これで首の皮一枚で繋がった状態にはなっただろう。もっと喜ぶかと思ったのに、知恵はぽかんと口を開けて私達の顔を見ているだけだった。


「もしかして、嬉しくなかった?」

「いや、え……いいのか?」

「いいのかも何も、元々こうするつもりだったし」

「夢幻……! お前……!」


 突然の衝撃によろめきつつも、私は知恵を抱きとめた。痛いから離せと言っても聞いちゃくれない。知恵は私の肩に顔を埋めながら、何度もお礼を言ってきた。


「……………………………………………………………………」


 斜め前方から無言の圧力を感じたが、絶対に視線を向けたくない。見たら死ぬ。いや、見なくても死ぬ。このままだと死ぬ。っていうかおかしいよね。私はアンタ達の為に先生に掛け合ったし、知恵だって全教科0点のアンタの為に副賞を狙って、それが叶ったからこそこんなに喜んでるのに、元凶のアンタにそんなキレッキレの研ぎ澄まされた殺意をギュンギュンぶつけられるのっておかしいよね。


「札井、それくらいにしとけ。ほら、な……?」

「!?」


 さすがの志音も察して、ストップをかけてきた。それはいいんだけど、私じゃなくて知恵に言え。私が知恵を抱きとめて離さない、みたいなシチュエーションを作りあげようとするのやめろ。


「……というワケだから、知恵。離してね」

「聞いてたか、菜華! あたしら副賞貰えるんだ!」


 そう言って知恵はダイビングチェアに座ったままの菜華に駆け寄る。菜華は私を見つめながら、無表情のまま「うん、嬉しい」と言った。思ってないだろアンタ。この殺意を向けられているのが私じゃなかったら気絶してただろう。私だからこそ、チビるくらいで済んでいるのだ。


 ぱんぱん、と音がして振り返ると、鬼瓦先生が手を叩いていた。あまりにも大きい音だったので発砲事件でもあったのかと思った程だ。


「積もる話もあるだろうが、あとは放課後にやってくれ。今日はみんなご苦労だった。これにて中間考査を終了とする。解散!」


 先生が締めの挨拶をすると、皆がおもむろに行動しはじめた。ダルそうに立ち上がる者、軽い挨拶を交わしながら扉から出て行く者、今回の実習の感想を語り合う者。私達は立ち尽くしたまま今回の実習について振り返った。


「終わったんだね」

「あぁ」

「夢中で気が付かなかったんだけどさ」

「なんだ?」

「私、二度目にまきびしを呼び出した時、まきびしを呼び出そうとして呼び出したの」

「は?」

「いつもは煙とかの演出付きじゃん。”間違って”まきびしを呼び出ちゃってたから」

「あぁ、なるほど」

「今回はそれが無かったんだよ。初だよ。成長したと思わない?」

「でも結局まきびし以外のものを呼び出したことって無いよな」

「黙れ小僧」

「なんでモロになるんだよ。あと、せめて小娘って言ってくれ」


 中間考査を終えて、自分の課題が嫌というほど分かった。今回はたまたまどうにかなった。しかし、次回はそうはいかないだろう。もう少し反省をしたいところだけど、試験が終わった実感がやっと湧いてきた。今はこの解放感に身を委ねたい。


 私は背伸びをして、教室をあとにした。

 小僧は実習室においてきた。

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