初任務

第51話 なお、電光石火の認証とする


 先行部隊が帰還すると、拍手で迎えられた。私達が先行したときはこんな風に歓迎されなかった気がするけど、全然気にしていない。

 あの4人は素晴らしい働きをした。思わず拍手したくなるのも頷ける。なので全然気にしていない。全然気にしていないからもうこの事は考えたくない。


 知恵達は近くの席のクラスメートから、直接労いの言葉がかけられている。あの様子を見ると、特に菜華に対してのようだ。知恵までもが菜華を褒めている。

 あの2人がなんだかんだ上手くやっていける要因はああいったところにあるんだろうと、ふと気付いた。だって私が知恵だったら、「は? 私が楽譜作らないと? スピーカーで出力しないと? 攻撃できないんですけど?」となる。

 そう思わずに、周りと一緒に菜華の働きを褒められるって何気に凄い。


「思っていたのとは違う展開になったが……まぁ、ビジュアルで判断してサポートに回るのも時には必要だ。出しゃばらずに役割を果たすというのは案外難しいことだ。乙達はもちろん、八木達もよくやった。ご苦労だった」


 鬼瓦先生は噛み締めるようにそう言い、四人を労った。八木君達には少し残念な結果になったと思うけど、まぁ大袈裟じゃなく命掛かってるしね。しかたないと思う。


「さて。今のダイブを見て、それぞれ思うところがあったと思う。これから各自チームに分かれて作戦を打ち合わせしてくれ。今からプリントを配る。全て埋めたチームから提出して帰っていいぞ。札井、小路須、家森、井森。この四人は奥の設備エリアに来てくれ」


 奥の設備エリアというのは、ガラスの壁で仕切られた向こう側のことだ。エンジニアと呼ばれる人達が出入りしているのをたまに見かけるが、生徒があそこに招かれることは稀だ。

 というか、勝手に立ち入り禁止なんだと思っていた。あの空間からはなんとなくそんな空気が漂っているのだ。


 クラスメートが打ち合わせを進める中、私達は先生に連れられて設備エリアに足を踏み入れた。

 どこかで嗅いだことのある匂いが鼻腔をくすぐる。数秒考えてやっと思い出した。


「新しいパソコンの匂いがするね」

「は? 新しいパソコンの匂いってなんだよ」

「は? ゴリラ故に新しいパソコンを見たこと無いの?」

「見たことあるし、ゴリラ故にって言うのやめろ!」

「ゴリラ故に怒ってるの?」

「やめろっつってんだろ!」


 家森さんが後ろからまぁまぁと割って入ると、先生が呆れたようにため息をつく。そして、ごちゃごちゃと入り組んだパソコン機器の一つに、迷うことなく手を伸ばし、一台のパソコンにタッチした。比較的大きいディスプレイにはなにやら不穏な報告書の見出しが見える。


「お前らに頼みたい内容がこれだ」


 先生は腕を組み、困ったようにため息をついた。バグの撃破デリートが実習の課題、となると、私達はそれをこなせない可能性すら出てくる。


「お前らの表情の意味は分かる。ただ、隣のクラスの先生とも話し合った結果なんだ」

「でも……」

「あぁそうだ。お前達だけに、通常の調査任務をこなしてもらうことになる」


 そう、ディスプレイに表示されているデータにはこう記載されていた。

 ダイブ中の行方不明者の調査依頼、と。


「行方不明になるのは若い女ばかりのようだ。3年生のペアが調査に向かったところ、出現が予想されるエリアを虱潰しに歩いても見つからなかったんだ」

「じゃあ私達が行っても意味ないんじゃないですか?」

「もちろん、お前達が調査して何も見つけられなかったらそのように報告を上げる」


 妙だと思った。3年の先輩達に探せなくて私達にできることって?

 逆なら分かるけど、この順番じゃ、まるで私が先輩達に出来なかったことを期待されているようだ。


「先生、なんであたしらが先輩達のあとに調査に行くんすか?」

「そうだよね!? 私も志音と同じこと思ったー。わざわざ私達なんかが行ったところで、ねぇ?」


 家森さんは井森さんの顔を覗き込んで同意を得るように話かける。井森さんはそうねぇなんて言いながら、先生の言葉の意味を考えているようだった。


「隠すつもりは無かった。ただ話す順番がな。まぁ俺の段取りが悪かったな」

「で、なんであたしらが行く必要があるんすか?」

「最初は行方不明者の調査、あるエリアでダイブ中の人間が失踪ロストした、という報告書が各所に出回ったんだ」


 事前調査として任命されたのがこの学校だったという。実績のある学校やグループは相手から指名されるパターンも多いらしい。そしてSBSSでは3年生に調査を命じ、異常無しという報告をあげることになった。

 調査結果を受けて、関係機関が改めて事件を整理した結果、被害者が全員15〜16歳の少女であったことが判明したらしい。


 なるほど、それは確かに私達の出番だ。鬼瓦先生に女装させて放り込むのも楽しそうだけど、そのままバーチャル空間そのものに大きな歪みが生じて、全てを無に帰してしまいそうだし。


「とんだ変態野郎が相手ってことか」

「許せないね」

「えぇ」


 話の概要を聞かされて、何故か3人はやる気満々だった。

 大丈夫かコイツら。


「え、これって必須なんですか?」

「お前……何ヘタれたこと言ってんだよ……」

「いや大事でしょ!? 命掛かってるんだよ!? 私はミイラを取りに行ったミイラにはなりたくないの!」


 この無謀で考え無しの3人を私が止めなければ。本気でそう思った。何も分かってないけどどんどんいなくなるって怖過ぎるし。

 これを聞くと解決する意思があるのかと思われそうで嫌だけど、でも気になるので確認しよう。


「あの、向こうで行方不明になったってことは……その子達は……?」

「最初の被害者が確認されてからまだ一ヶ月も経っていないため、彼女達の肉体は全て然るべき医療機関で保管されている。目を覚ます可能性は捨てきれないからな」


 肉体はまだ生きていると聞いて少しほっとした。しかし、すぐに「目を覚ます可能性は捨てきれない」という、非常に後ろ向きな表現の意味に気付いて鳥肌が立った。

 雨々先輩の話を思い出す。彼女の相方は家族に看取られたと言っていた。


「もちろん、強制ではない。うちのクラスには前回のテストの1位と2位が揃っているから先に打診が来ただけだ。お前らが断れば、隣のクラスの3位・4位のペアがダイブするだけだ」


 結局、押し付けるだけにしかならないのか。3人はかなり乗り気だったし、あとは私の問題だ。彼女達は無理強いをするような人間ではない。私が嫌だといえばそれで話は終わるだろう。


「え、やるよね?」

「えっ」


 予想外の言葉に声が上擦ってしまった。

 家森さんは私の肩を抱いて笑っている。


「仮にも1位がさー、舐められちゃいけないと思うんだよ。ね?」

「そうだな。ここで逃げたら、あたしと付き合ってるって噂なんか比じゃないくらい居たたまれなくなるぞ」


 二人は私を勇気付けるように頷いている。

 なんとなく雰囲気に飲まれて、私はこの依頼を受ける気持ちにな………


 るわけ無いだろ!

 たかだか雰囲気とかいう実態の無い同調圧力に押し切られてたまるか!

 卑怯で結構! 雑魚上等!


 私はディスプレイが置いてあるテーブルを、両手でばんと叩く。勢いよく鳴った音に3人だけではなく、鬼瓦先生の肩までビクつく。そして「ニンショウシマシタ」の声に、今度は遅れて私がビクつく。

 え、認証? よく分からないけどしてくれたの? ありがとうね?


 …………いやいや、何がどうなった。私は恐る恐る手を離すと、そこにはタブレット端末があり、目の前のディスプレイを操作できるようになっていた。

 ディスプレイには【他3名の認証待ち】というメッセージが表示されている。


「……?」

「ふっ。まさか、真っ先にエントリーとはな」

「さすが札井さん! そうこなくちゃ!」


 いやごめん、二人共なに言ってんの?


「先生。ここをタッチしたらいいんですか?」


 井森さん? 沈黙を破ると同時にイケイケな確認しないで?


「あぁ、この任務を受けるに当たっての同意書にサインし、同時にエントリーを完了したことになる」


 おにちゃんどしたー?

 んー? 調子悪い感じー?


「ビビってる風だったのは冗談かよ」

「そうだよね! 札井さんがそんなチキンなこと言うわけ無いし!」


 いや言う言う。めっちゃ言うから。っていうか今も机叩いて「アンタ達の基準で好き勝手言わないでよ!」って逆ギレするつもりだったから。


 取り消したいけど、今更そんなこと言ったら確実にゴミを見るような目で蔑まれる。ゴミ look eyes。知ってる。

 ここまで来たら、このめちゃめちゃ強そうな3人におんぶに抱っこしてもらって実習をこなすしかない。


 新しいアプリを試すように、気軽にタッチパネルの指紋認証でエントリーを済ませる3人を眺めながら、私は遠い目をしていた。

 鬼瓦先生は私の横顔を気の毒そうに眺めていた。

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