第136話 なお、抜け道で引っ掛かって渋滞するとする

 私が3人を追いかけ回していると、家森さん達が右のルートから戻ってきた。声をかけられてから存在に気付いたことを、どうか許してもらいたい。


「えーと……うん、札井さん達が何してたのかは聞かないけどさ……」

「ごめんなさい、偵察に行ってくれてたのに、私達ったら遊んでて……」

「気にしないで。私達も途中で引き返してきたんだし」


 井森さんの報告は、私達の期待を悪い意味で裏切るものだった。

 あの道は途中、吊り橋が壊れて進めなくなってたとか。おそらくはアームズを呼び出し、そのトラブルを乗り越えろということだろう。


「ねぇ、今回の私達のアームズの枠、知ってる人いる?」

「……分かんねぇよ」

「やぁー……実は私達も聞き流しちゃってたみたいで……はは……」

「菜華が呼び出しているとこ見ると、ゼロではないみたいだけどな」


 みんな、先輩のチート発言で放心状態だったんだ、仕方がない。私なんてトリガーの使い方忘れたしね。どうしよう、どんどん焦ってきた。


「しょーがねーだろ。まず、あたしらの枠は1つと仮定するぞ。そんで菜華はギターを呼び出しちまったから移動用にアームズを呼び出す人員としては除外する。いいな」

「わかった。じゃあ、戦闘要員にするってこと?」

「ショッカーみたいな言い方してやんなよ」

「うーん……イヤな予感しかしねぇけど……菜華、一応聞くぞ」


 知恵はギターを見たら、なんとなくその機能が分かるのだろう。私達にはちんぷんかんぷんだけど、知恵だけが菜華のギターを見て暗い顔をしていた。


「そのギター、アンプは内蔵……してないよな」

「うん」

「よし分かった。アレはあのままじゃ武器にならない」

「ちょっとアンタの相方自由過ぎない? マジで」


 これが何を意味するのか、私にだって分かる。菜華のギターを武器として生かす為には、知恵もパソコンを呼び出さなきゃいけない。つまり、移動用アームズを呼び出せる枠が一つ減るということ。


「じゃあ二人には攻撃を担当してもらうってことでいい?」

「まぁ……そうするしかないな。で、だ。問題は真ん中と左側のルートにも似たような障害があるんじゃないかって話だ。それぞれの道の先にボスがいるとして……はぁ……できれば、あたしはサポートに回れるアームズを呼び出したかったな……」


 知恵が腕を組んで、眉間にシワを寄せていると、菜華は申し訳なさそうにすり寄った。しおらしく「ごめんなさい……」と謝り、知恵の腕をきゅっと掴む。こんなに反省した様子の菜華を見るのは初めてだ。

 しかし、知恵が「ま、しょーがねーだろ。気にすんな」と言い、頭にぽんと触れると、何事も無かったようにギターを弾き始めた。


「え!? 反省のターンおわり!? 短くない!?」

「知恵は気にするなと言った」

「言ったけれども!」


 しなやかなスナップで、ちゃかちゃかと弦を奏でながら菜華は宣う。うん、もういいけどね。あんたらの攻撃強いし。


「できるだけ移動やサポートに回らなきゃいけないアームズの数を減らしたい。わかるな?」

「えぇ、当然よね。多くても2つ、できれば1つで対応したいところね」

「でもそうすると、全てのルートを偵察する必要があるよねー」

「その為の持ち時間だったのかもな。今度はあたしらと知恵達でそれぞれ偵察に行って、どんなものを呼び出したらいいか決めるか」


 4人がまともに話し合う中、菜華はBGMを奏でることに、私はそんな彼女の手を眺める事に熱中していた。

 何度見てもすごい。手が生きてるみたい。いや生きてるんだけど。死んでたら怖いんだけど。


「おーい、夢幻。帰ってこーい」

「札井さんはなんかいい案ないのかな?」


 何がおかしいのか、家森さんはけらけらと笑いながらそう言った。私だって何も考えていないワケじゃないんだ、ただちょっと周りが優秀だから楽して乗っかってただけ。


「一応考えてるよ。もしかしたら移動用アームズとかサポートとか、そんなことする必要無いかもって思ってる」

「どういうことだ?」

「私のアームズ、結構な重さを持ち上げられるんだよ」

「ま……ふふふ、そうなんだ」

「井森さんいま絶対まきびしって言おうとして笑ったでしょ」


 失礼かよ。

 ちゃんと聞いて! と憤りながらも、私は前回の実習で既に座った実績があることを説明する。しかし、みんなに私がおしりを負傷したことを思い出させたようで、余計笑いを誘ってしまった。

 菜華ですらギターを触る手を止めて、ピックを指に挟んだまま口元を押さえている。ねぇ。真面目に喋ってるから。オイコラ。


「知恵のパソコンを大きくて頑丈めにして呼び出しして、それを椅子にしたらいいんじゃないかなって言おうと思ったけど、みんなムカつくから一回おしりにまきびし刺さってみるといいと思うよ」

「ご、ごめんって」

「ごめんなさい。ふざけていたワケじゃない。ただ、おしりにまきびしが刺さった夢幻を思い出すと冷静でいられなくなる、それだけ」

「それがムカつくって言ってんだよ」


 私はイライラしながら、まきびしを呼び出す。攻撃の意思はない、ただ、実演しないと分かってもらえないと思ったのだ。

 いいんだよ、私の枠はどう使おうと。むしろ、何を呼び出そうとしてもまきびしになるんだから、私に余計なことをさせない方がいいとすら言える。


 菜華は肩から外したギターを水平にこちらに差し出すと、これを浮かせてみて欲しい、と言った。任せろと言う代わりに、ギターを下から支えるように、いくつかまきびしをセットする。


 安定した様子で宙に浮くそれを見ると、おぉという声が響いた。


「マジでなんとかなりそうだな」

「試したことはないけど、100メートルくらいなら制御できると思う」

「あの吊橋もそれくらいの長さだったと思うけどねー」

「ちなみに下は底が見えない程の崖だったわ」

「一か八かが過ぎるだろ」


 そんなギャンブルみたいな感じで私がこの場の全員の命を預かるの? 無理。嫌。っていうか100メートルってちょっと盛ったし。

 私は、違和感を感じていた、もう一つの可能性について口にした。


「っていうかさ」

「何だ?」

「他の道は分からないけど、右の道はめっちゃ過酷そうじゃん」

「だねー」


 家森さんは頭の後ろで手を組みながら肯定する。みんなの表情をぐるりと見渡して、私は続けた。


「雨々先輩、行ってないんじゃない?」

「……あの先輩がそんな下らない嘘つくわけねーだろ」

「嘘なんて言ってないよ。先輩は課題を無視して15分でクリアしたんじゃない? って話」

「そんな馬鹿な……」


 有り得ねぇよ、そう続けたのは知恵だけだった。志音はもちろん、家森さん達ですら、あの先輩ならやりかねないという顔をしている。というか、どうにかしてそうしないと、リハのスタート地点がかぐや姫の前からだったとしても、時間的に間に合わないと思う。


「ここからは私の憶測なんだけど……あの人、かぐや姫を口説いたんじゃないかなって」

「それは飛躍し過ぎだ。先輩はそんなキャラじゃないだろ?」

「何か根拠があるのか?」


 私は先輩に、先輩の相方の性別を尋ねたときの話をした。マコトと言っていたので、どちらかと聞いたら、ネコと言われた時のことを。

 当時の私達は意味が分からなかったけど、色んな意味で当事者っぽい四人はすぐにピンときたようだ。


「……おいマジかよ」

「鳥調さんは分かるだろうなーって思ったけど、知恵も意味分かってるっぽいのは意外だなー」

「うっせ」


 知恵は顔を赤くしながら視線を逸らす。家森さんはからかうように彼女の横顔を見つめ続けた。


「まぁ意味が分かるなら話は早いな」

「あの先輩が女の子に手出す趣味があるって、恵まれてんねー」

「あら家森さん、羨ましいの?」

「そりゃーね。背も高くてあの顔で、しかも成績優秀だよ? ずるいじゃん」

「でもボーイッシュな子と絡むとBLみたいになるじゃない。志音さんとか」

「カミソリカーブであたしに被弾させるのやめろ」


 家森さん達が訳の分からない事を話しているところ悪いが、時間が限られているのだ。先輩がかぐや姫を口説いたという根拠については納得してもらえたみたいだし、私は本題を切り出すことにした。


「とにかく、どうにかしてあのかぐや姫を口説こう。成功すればそれが一番早くて安全だから」

「少なくとも橋ではデッドオアアライブが待ってるしねー。ま、いんじゃない? 楽しそうだもん」


 こうして私達はかぐや姫を口説く作戦に打って出たのである。

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