第135話 なお、陰湿とする
「すげぇな……」
「おい、なんだよアレ」
一頻り空を見上げてから視線を前に戻すと、視線の高さくらいの、小さなステージのようなものが見えた。高さも幅も、概ね体育館のそれと似たようなサイズだ。両端が階段になっており、背面には2メートル程の壁がついていた。
ただし、舞台には綺麗な布が敷かれており、
ここからでは誰かを判別することはできないが、それを見上げる二つの人影も確認できる。
「誰かいるな」
「行ってみっか」
知恵は言い終わる前に走り出した。私を含めた三人も、釣られて駆け出す。徐々に鮮明になっていく後ろ姿。ふらふらと揺れるポニーテールと、ゆるふわなウェーブがかった長髪。あれは井森さんと家森さんだ。
「おっ。来たねー」
にかっと笑って家森さんが振り返る。まるで私達が来るのがわかっていたかのようだ。彼女の笑みに手を振って応えると、ステージの上を見る。そこには、小さなきらびやかな和服を着た女の子が座っていた。
小学生と言われても信じてしまうほど小柄だけど、化粧をしているので、もしかすると同い年くらいかもしれない。結われた長い髪は艷やかで、月明かりを浴びて輝いており、この空に流れる天の川を彷彿とさせた。
「あの子は……?」
「なんかねー、この子が扉のカギになってるみたいなんだよねー」
「あ? どういうことだ?」
「この方が指定するものを用意できれば、帰還する為のゲートを作ってくれるそうなんです」
井森さんは頬に手を当てて、ステージを見上げた。女の子はムスッとした顔で扇を広げ、私達の顔をそれぞれ品定めするように観察する。
「えーと……」
「わらわはかぐや姫。となれば、望むものはおのずと分かるじゃろう?」
予想外の名前と口調にたじろいでしまったが、彼女がその名を名乗るなら話は早い。私はすぐに志音に竹を持ってくるように指示した。
「なんで竹なんだよ」
「寝床が欲しいのかと思って」
「この子が寝れるサイズの竹って、それもう竹じゃないだろ」
志音は呆れた顔でため息をつくと、ふんぞり返っている幼女に話しかけた。
「あたしらにむちゃくちゃな要求でもするつもりか、アンタ」
「龍の首の
「全部だろーが」
睨み合う幼女と志音を他所に、私は一人動揺していた。
ねぇ、火鼠って何? 裘って何? ”何”で合ってる? ”誰”の方が適切?
冷静さを欠いていた私はこともあろうに、一番知らなさそうな知恵と視線を合わせてしまった。
「……あたしが知ってると思うか?」
「ううん」
「なぁ菜華。夢幻があたしのこと見つめてくる」
「……夢幻?」
「はぁ!?」
知恵のヤツめ、私を懲らしめる為に菜華を使うとは、随分とやるようになったじゃないか。クソ、ふざけんな。
私は両手を上げて、菜華と敵対する意思がないことを示す。私達が謎の小競り合いをしている間にも、志音と井森さん達はかぐや姫と名乗る幼女との会話を進めていた。
「あ〜、その三つが必要だから3チームを合流させたんだ?」
「はて。わらわは知らぬ。主らが協力したいならば止めはせぬし、別行動を取るというならばそれでもよいじゃろう」
「時間制限もありますし、別行動を取るメリットは無さそうですね」
「だな。3つのアイテムが必要なら、丁度ペアで一つずつ担当すりゃいいし」
「ねぇ志音、火鼠って何?」
「水をかけられたら死ぬっていう、架空の生き物だよ」
「ヒトカゲかな?」
「あいつは尻尾限定だろ」
かぐや姫の望む物のビジョンが未だに定まらないが、もう志音を頼ればいいだろう。
そうと決まれば作戦会議だ。かぐや姫には適当に挨拶をして物陰に隠れ、私達はそれぞれ何を担当するか話し合った。
「まず、龍の首の珠、これは私達はパスね」
「なんでだ?」
「雰囲気的に、神龍系の長い奴じゃん。私達じゃ攻撃当てるの難しくない?」
「それは井森達も同じだろ」
「だねー。まぁ本当に存在するか分かんないけどさ」
家森さんは軽い調子でそう言うと、ステージの裏を確認した。
「この道がそれぞれのお宝に続いてる感じかな?」
道は三つ又に分かれている。もちろん、どの道がどこに続いているか等を記す看板のようなものは見当たらない。
「っぽいけど……どうしよう」
「良かったら私達が適当な道を選んで、様子見て来ようか?」
「いいの?」
「もちろんよ。彼女はこれ以上のヒントを出すつもりは無いみたいだし。時間内の帰還ができればクリアになるんでしょう? 慌てて散り散りになる必要は無いわ」
非常に頼もしい申し出である。他に有効的な手段が思いつかない私達は、家森さん達のお言葉に甘えることにした。
「んじゃ、適当に待機でもしててよ」
そう言い残し、二人は颯爽と右のルートを進んでいった。英雄の背中を見送るような気持ちで彼女達を眺める。夜道を行く二人の姿は、すぐに見えなくなった。
私達はそのまま、分かれ道の手前に座り込む。ここならかぐや姫にも見えないし、小さい声で話せば聞こえないだろうと判断したのだ。
「任せちゃったけど、私達もなんか考えないと駄目だよね」
「うーん……ま、偵察が無難だって意見にはあたしも賛成だ。かぐや姫の言うアイテムが本当にそういうモンかどうかも疑わしいしな」
「どういうことだ?」
「だって実在しないモンばっかなんだろ? あたしは、その、かわごろも? とか良く分かんねぇけど。龍が実在しない生き物だってことはさすがに分かるぞ」
ちなみに、この話し合いの最中、菜華はずっとギターを弾いていた。誰も咎めたりはしない。いつもの光景なので、みんなスルーである。
「動きたい気持ちもあるけど、とりあえずは待ってみようぜ。龍や火鼠に当てはまる敵が設置されてたとして、月光達がなす術も無くやられるなんてことはないだろ」
「だな。今回の試験で言える事はただ一つ。ここがVP空間だってことだけだ」
志音は腕を組んでそう言った。ちなみに、それについては私も同意見である。VPでもない限り、ここまで狙い通りの出題をする手段が思いつかない。あのかぐや姫はバグではなく、あくまで水先案内人、ということだ。
ゲートをくぐったら帰還できるという特殊ルールが適用されている点も、この推測が正しい事と裏付けている、と思う。
恐らく、ダイブ直前に粋先生と先輩がしていた準備というのは、通常は体験室からダイブするVP空間を、A実習室からもできるようにする為のものだったんだ。
そんなことを考えながらぼーっとしていると、知恵が暇つぶしにしりとりでもしようと言い出した。他にもっとなんかなかったのかと思ったものの、代案が思いつかないから黙っておいた。
「あほくさ……まぁいいけどよ」
「それじゃ、言い出しっぺの知恵の名前からスタートさせよ」
私は適当に始まりの言葉を指定すると、知恵が隣に居た菜華に投げた。
「んじゃ、菜華からな」
「エッチ」
「すごい……知恵とエッチってループできるじゃん……」
「おいやめろ!」
私は口元を押さえながら震えた。志音も「マジだ……」なんて言って驚いている。菜華はずっとブツブツと「知恵、エッチ、知恵、エッチ」と繰り返している。そして、言う度に顔がにやけていく。普通にキモい。
「ったく、人の名前で遊びやがって! 今の無し! 仕切り直しな!」
「夢幻に仕返ししてやれよ」
「おっ、それいいな! 今度はあたしからな! 夢幻!」
「はい、終わりね」
「あ!? てめぇらグルになって! 汚ぇぞ!」
「知恵……馬鹿……」
なんか知恵が自爆してる。私はちょっとした”気付き”について発言しただけなのに、こんなに恨まれるなんて。どちらかと言うと私じゃなくて、私の気付きに感動して、何度も呟いていた菜華にこそ仕返しすべきなのでは。
しかし、こいつの立場上、そういうことをしにくいのもなんとなく分かる。私は彼女を慮り、新たな提案をした。
「今のは完全にハメられたね、可哀想に。志音にこそ仕返ししてやったら?」
「おう、そうだな! よし、あたしからな! 志音!」
「はい、終了」
「てめぇら!!!」
この人本当に馬鹿だな。呆れを通り越して、感心すらしてしまう程のアレさである。そして、何故かこんなやりとりを見ながら、菜華は「知恵……エッチ……」と再び呟いた。今のどこにエッチな要素があったのか分からない。アンタの感性どうなってんの。
「ちゃんとやろうぜ、そうだな……
「げ……げ……ゲロ」
「もっとまともな言葉あっただろ!」
菜華は若干言い難そうにそう言うと、案の定怒られていた。しかし、ルール違反ではない。菜華の隣に居た志音がゲームを再開させる。
「まぁまぁいいだろ。ろ、か。ローマ」
「ま? マント」
私と志音は無難な言葉でその場をしのぎ、初の1周目成功を達成する。高校生が数人集まって、4回目でやっとしりとり1周させられるっておかしいよね。
「軌道に乗ってきたな。菜華、あんま変なこと言うなよ? トマト」
「わかった。トド」
「うーん、土間」
「ま……マスカラ」
2周目も問題なく終了させ、みんな余裕そうな顔をしている。私を除いては。
私はというと、ある可能性に気付き、ガリゴリに神経をすり減らしていた。知恵はにこにこと、屈託のない笑みで次の単語を口にする。
「落花生!」
「イギリス」
知恵と菜華がさらっとこなした3周目。
そして志音の番である。
「スか。スマ」
「お前いい加減にしろ!!」
私は志音のネクタイの結び目を乱暴に掴んだ。予感は確信に、不安は怒りへと変わった。突如激昂したように見えたのだろう、知恵と菜華は慌てて私達を引き剥がそうとする。
「お、おいどうしたんだよ!」
「夢幻、落ち着いて。スマというものは存在する、海にいる魚で」
菜華は一生懸命、ルールから外れていないことをアピールしているが、違う。そんなことで怒ってるんじゃない。スマって魚のことなら私だって知っている。
「そうじゃない! こいつ! 私にまきびしって言わせようとしてる!」
志音は胸ぐらを掴まれながら、顔を真っ赤にして笑いを堪えている。
正面を見ると、私の指摘で志音のイタズラに気付いたらしい知恵と、菜華までもが視線を逸らして震えていた。
なんだ。なんなんだこいつらは。菜華が堪え切れずに、ぶふっと吹き出した所で、私の怒りは頂点に達した。
「お前ら絶対に殺してやる!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます