Lily paTch
nns
一学期
イントロダクション
第1話 なお、板チョコはあらかじめキンキンに冷やしておくこととする
世界は終わりかけてる。
車やドアのロックですらIoT(Internet of Things)化されているものがほとんどだ。バグは人や自然の脅威となる現象を起こすのが常である。最近じゃ一世紀前のアナログ家電が持て囃される事態にまで陥っていた。
しかし、人類だって、ただ手をこまねいて傍観していた訳ではない。各国は協力して特別な装置の開発に成功したのだ。ナノマシンで脳を活性化し、意識をバグと同じ空間にリンクさせることができる。つまりはリアルの存在でありながら、バーチャル世界のバグに直接対処できるようになった。
それまでバグの影を見つけてはリアルから干渉しようとして逃げられるというイタチごっこを演じてきた人類にとって、それは画期的な進化であった。
遂にはバグに対処する人材を育成する学校までが新設・併設され、対バグの需要は高まる一方であった。IT化で機械に仕事が奪われてしまうと懸念されていた一世紀前には考えもつかないであろう、皮肉な事にAIは仕事を生産してくれているのである。
それも人々の手に負えない程に。
そしてここは、鈴重バグ対策スクール(Suzushige Bug Step School通称:SBSS)の校内。鈴重高校として創立100年を迎えた由緒ある学校だったが、そのわずか2年後、転機を迎えることになる。情報処理科が存在する高等学校はバグ対策スクールとして方向転換するよう、国からお達しが来たのだ。
県内に数か所の対策スクールが必要とされ、近隣で複数の情報科がある場合は各々で協議の上、少なくともどちらか一方の学校は転身を余儀なくされた。
そうしてSBSSとして生まれ変わったのは、今から15年前の話である。
私はSBSS高度情報技術科の一年、
で、そんな私が何故この高校の成り立ちについてこれ程詳しく知っているかというと、今さっき入学式で校長が言ってたから。以上。あと、入学案内にも書いてある。よほどアピールしたいんだろう、私は視界に入るSBSSという文字にうんざりしつつあった。
とにかく眠い。入学式直後のホームルームなんて普通はそわそわするだろうに。一生に一度と言っても過言ではない瞬間を、こうも退屈にできるとは。うちの担任は相当のやり手らしい。
教室の真ん中辺りの座席だというのに、遠慮無しに舟を漕いでしまいそうになる。奥の席は、こういうときに気兼ねなく寝れそうでいいなぁ。私はまだ顔も知らないクラスメートをぼんやりと羨んだ。そして斜め前の席に座る女に呆れた。私よりも先生に近いところに座っているのに、堂々とぐーすか寝ている。信じられない。何しにきたんだ、アイツ。
「というわけで、だ。君達は勉強はできるだろうから、その辺は心配していない。本校では年間、平均して2名〜3名の生徒がダイブしたまま帰らぬ人となる。この意味は分かるかな? えーと、札井さん」
先生と目が合って、非常に面倒な役割を仰せつかったのだと理解した。まさかいきなり当てられるとは……。半分ほど降りていた目蓋が一瞬で覚醒した。
答えなければいけないのだろうか。こんな子供でも分かるようなことを、わざわざ口にしないと駄目だなんて、なんだか憂鬱になる。
「札井さん」
しかし無視するわけにもいかない。静寂が教室を支配する中、私は立ち上がる。タイミング良く窓から風がそよいで、肩の高さで切りそろえられた私の髪を揺らした。
「はい。つまり、バーチャル空間に取り残されたままでいる、ということですね」
決まった。目立つ事はあまりしたくないけど、ここは無難に答えておくべきだろう。こんな問い、間違える方が恥ずかしい。
「ちょっと違うかな」
は?
え、無理。もう帰りたい。帰っていいかな、いいよね。
私のドヤった表情と空気は、先生の否定によってむなしく砕かれる。まさか間違えるだなんて思ってなかった。恥ずかしすぎる、恥の塊じゃん。
私は困惑した表情を隠し、あくまでポーカーフェイスを装いながら、どうすべきかを考えた。
「いいかい、彼らは亡くなったんだ。入学したばかりの君達を脅す訳ではない。しかし、我々はこういった危険の上にいると、理解してもらいたい」
担任がなんか言ってる、その間にも帰りたいという気持ちは倍々ゲームで膨らんでゆく。だけど私はぐっとこらえた。ここで帰ってしまったら、入学式直後に現れた(というか消えた)SS級バックラーとして、この高校が廃校になってもしばらくは語り継がれるような伝説を作ってしまう。
というか私が他人なら語り継ぐ。悲しいことがあってもこの話を思い出せば、大概は乗り越えられそうなくらいバカな話だ。なんとか折れかけた心を鼓舞して、私は再度覚醒した。
「お言葉ですが……」
やるしかない。ドヤってしくじった阿呆から、デキる奴という印象をクラス中に持たせるには、もうこれしかない。いや別にデキるとまで思われなくてもいいけど、せめて阿呆だと思われることだけは避けたい。
逃げ帰らないにしても、もしここで舐められてみろ。教師やクラスメートに、きっと事あるごとに雑務を言い付けられてしまう。そんな面倒はごめんだ。何事に置いても初めは肝心だ、ここでしかできない戦いがある。
「私、何か間違ったことを言いましたか? じゃあ、先生はその生徒達の死亡を確認した、ということですね? バーチャルの座標は常に不安定で未知数だと聞いたことがあります。特定の人物の生死を割り出すなんて可能なんですね。そんなことが可能とは露知らず、適当なことを言ってしまってごめんなさい。私が無知でした」
私の目は本気だった。感情で体のパーツの温度が変化するとしたら、私の目と心臓は燃えていただろう。それほどまでに勝ちに徹した。
「………いや、いい。札井さん。確かに札井さんの言うとおりだ。状況だけをみて亡くなった扱いをするのは、生徒にも失礼だった」
はい勝った。ねぇ見た? みんな見た?
おいお前、お前だよ私の斜め前のショートカットの女。人の見せ場で寝てんじゃねーよ。起きろタコ。背中と服の間に砕いた板チョコ入れるぞ。
「しかし、二度と戻って来れなくなるかもしれない、ということには変わりない。その危険と常に隣り合わせの演習が続くんだ。わかるね」
わざとらしく勿体ぶるように、名も知らぬ教師はゆっくりと歩いた。いや名前はさっき言ってた気がするんだけど忘れた。靴音だけが教室に響いて静寂を強調する。そういうのいいから早く帰りたい。今ので完全に緊張の糸が切れた。
担任は話題を今後の予定に切り替えたけど、生憎私の頭はついていこうとしない。当てられた手前、寝るのも気が引けて、チャイムが鳴るまでずっと外を見ていることにした。
先生はバーチャル空間へのダイブの話をしているみたいだったけど、私は”帰ったら制服を脱いでハンガーにかけてベッドにダイブする”ということで頭がいっぱいだった。
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