第109話 なお、マーベラスとする

 ドン、カン、ドン、カン、ドドッドカン! ドン!(特大) ドン!(特大)

 はい私ったらマーベラス。やはり通常モードでは相手にならない。自身の才能に身震いしながら、リザルト画面を見つめる。この調子だとほぼ満点だろう。


「うるせぇ! ドン!(特大) じゃあねぇんだよ!」

「もう一回、遊べるドン!」

「遊ぶな!!」


 志音は見た事もないくらい不機嫌そうな顔をして、私の手を掴んだ。ちなみに、止めるまでに15分くらい掛かった。眠いっていうのに、その間パットをパコパコ叩く音に耐えてくれたのかと思うと、こいつの辛抱強さに脱帽しそうになる。


「いいか、叩くヤツはやめろ」


 本気で怒っている。これは従わなければならないだろう。私はしゅんとした顔で、曲に合わせてボタンを押す系のコントローラーを持ってきた。


「リズミカルに押す系もやめろ!!」


 もう、志音ったら、本当に注文が多い。私はコントローラー達を片付けて、なんでも揃ってるなぁと感心しながら、今度は大きめのマットを持ってきた。


「踏む系も駄目に決まってんだろ!! ダンス・ダンス・エボリューションのコントローラーはしまえ!!」


 志音は眠たそうな顔をして額を押さえている。本当は早く寝たいんだろうな。


「お前は……あたしに嫌がらせしてどうすんだよ……」

「別に嫌がらせってわけじゃ……強いて言うなら富裕層への妬み?」

「もっと根深い感じのヤツやめろ」


 志音はタンクトップにジャージという、どこぞのDQNのような服装をしている。ううん、わりと普通の服装なんだろうけど、こいつが着てるとそれだけで妙にヤンキーとかDQNとか、とにかく不良っぽい。

 あんまり怒らせたらカツアゲとかされそう。大変、わざと殴られて慰謝料まきあげないと。


 しかし、その前にやっておきたい事がある。私はベッドの縁に座って志音と向き合う。学校では話しにくかったが、今なら……。


「私達、話し合わなきゃいけないことがあるよね」

「あぁ」


 志音は大きく頷く。

 やっぱりこいつもあの事について、話したいと思ってたんだ。


「お前があたしの用意した着替えを着ていないことについて、な」

「なにそれ私がしたかった話と違う」

「着ろよ! そこにあるだろ!」

「あんたの服でしょ? 絶対ぶかぶかで体格差を思い知らされるからイヤ」

「中1の頃の服をわざわざ引っぱり出してきたんだぞ、多分大丈夫だ」

「は? 屈辱なんですけど?」


 馬鹿にしてるのかこいつは。

 これ以上話しても無駄だと悟り、私はこの話題をスルーして、話したかったことを口にした。


「……私達の噂について、どう思う?」

「無視すんなよ! まぁ、もうお前がその格好で居たいならいいけどよ」

「で、どう思うの?」

「どうもこうも……何もねぇじゃねーか」


 そう、それが問題なのだ。今までは付き合っているのかもとか、一線を超えてしまったのかもという、かなりキツめの噂が流れていた。別に聞きたくないのに、私達の耳に入る規模の大きな噂だった。

 なのに今回は違った。正直、帰還したときに少し覚悟していた。「また告白したらしい」とか「やっぱりあれは付き合ってる」とか色々言われるんだろうなぁって。

 だけど、この学園に入学して数ヶ月、私の心は恐ろしいベクトルに鍛えられた。前ほど、その噂に振り回される気はしておらず、そうなってしまうであろう事を、ただの事実として認識していた。

 しかし、周囲の反応は予想外のものだった。驚くほど何も言われないのだ。私達の前でだけ配慮されるようになったとか、多分そういうのじゃない。

 あの静けさは、話題に挙げられなくなったとしか思えない。話題にされない、それはつまり、周囲の認識が、変わってしまったことを意味する。

 具体的に言うと、知恵と菜華のような、ガチなアレだと認識され始めたことを意味する、と私は思う。


 私は身振り手振りを交えて、それを志音に話した。半開きの目をしたまま、ダルそうに相づちを打ちながら、なんとか彼女は意識を保っていた。

 そして私の話を聞き終えると、志音は黙った。


「……ちょっと?」


 暗くてよく見えないけど、これだけははっきり言える。

 こいつ、目を瞑ってる。


「起きて!?」

「うをっ!?」


 なに寝とんねん。私は志音を揺さぶって叩き起こす。まるで、どうでもいいと言うように、取り合おうとすらしていない感じがする。


「……悪い、眠くて」

「私の話、聞いてた?」

「聞いてたけど……それであたしにどうしろって……」

「どうしろって話じゃないけどさ」

「んぃ……」

「起きろー!!」


 だめだ、こんなに揺さぶっても起きないんじゃ……。


「起こすには、脳天を撃ち抜くしかない、か……」

「永遠に目を覚まさなくなるからやめろ」

「あ、起きた?」

「お前が変な発言をすると、妙な義務感が湧いてついツッコんじまう……」


 そう言って、志音は私の肩に頭を置いて、再び寝息を立てた。遠くから見たら座ったまま抱き合ってるように見えるかも。寝にくくないんだろうか。いや、もうそういう次元じゃないのか。


 ふと先日の期末テストで、耳から地面に叩き付けられたことを思い出す。今なら仕返しができる。復讐は何も生まないと言う輩もいるだろう。しかし、私はそうは思わない。やられたらやり返す。何を賭してもだ。

 しなだれかかってくる志音の体を押し返して、後頭部から枕にダイブさせる。私のときは固い地面だったんだ、クッションがあるだけ優しいだろう。


「ん……」

「起きない、だと……?!」


 もう駄目か、そう思った瞬間だった。


「私としてはお前との関係を疑われることには慣れてたし周囲の認識がいまさら変わったところで何とも思わないっていうかこの間のテストでも言ったけどあたしって結構お前のこと好きだしむしろやぶさかではないっていうかなんならもっとやれとすら心の片隅で思ってるっていうか」

「どした?」


 いきなりぶつぶつ喋り出した志音に動揺して、つい優しい声色で遮ってしまった。そして流れる沈黙。

 話している間、志音はずっと目を瞑っていた。まさか、寝言……?


 とりあえず、こいつはもう駄目だ。大人しくRPGでもやろうと、視線をゲーム棚に移したところで、それは再開した。


「どうしたって夢幻が噂についてどう思うか聞いてきたから答えただけだしむしろあたしからすれば寝るって言ってる人間がいるのに専用コントローラー使う音ゲーばっかやろうとするお前がどうしたって感じだし」

「ごめんって」


 ……こいつまさか、寝ぼけてるの?

 なんで急に昔のJTのCMみたいになったの?


 にわかには信じられないけど、これは起きたら自分の発言について、全く記憶がないタイプのそれだと思う。

 私は眠っている間、暴力的になる傾向にある。これは周知の事実だ。そして、こいつはベラベラと喋る傾向にある。以上を踏まえて、一緒に寝ているところを想像してみた。


 ことあるごとに蹴ったり叩いたりする私。

 それに対して「痛いってかマジで何度も何度もしつこいってかあたし寝てんのわかんねぇのかよお前が同じことされたらどう思うよもう少しあたしを気遣ってもいいんじゃねぇの」等とブツブツ言う志音。


「地獄。まごうことなき地獄」


 普段すっかり忘れてるけど、私達は花も恥じらうJKだぞ。そんなのJKの寝姿とは思えない。でも一緒に寝たら確実にそうなる。

 っていうか、私が起きるまで隣でちょっと寝たって言ってたし、既にそうなってた可能性すらある。


 逃げるように立ち上がり、適当なゲームを選んでセットする。オープニングもすっ飛ばし主人公にムゲンという名前を付けて、始まりの村をぐるぐると歩き回る。

 そしてその最中、さっきの志音の発言を思い出す。「やぶさかではないっていうかなんならもっとやれとすら心の片隅で思ってるっていうか」。あいつはそう言った。

 やぶさかではないのはいい。多分そうだろうなぁと思ってたし。問題は後半部分だ。


 もっとやれと思ってる? ふざけるのも大概にしろよ?

 そこまで思ってるなら、”友達として好き”って段階、もう終わってない? わりとガチ恋じゃない? そうじゃない?


「……はぁ」


 でも本人にそんなこと言ったら、また面倒なことになりそう。家森さんが余計なこと吹き込んだらしい事を思い出して、私はその発言を聞かなかったことにした。


「っていうか本当はボコボコにされてもいいから夢幻と一緒に寝たいけど無意識のうちに抱きついたりしたらヤバいし」


 無意識のうちにそんな心情を吐露するのも大分ヤバいと思うんだけど。

 志音の生々しい独り言を聞き流しながら、私はやっと国王の話を聞き終えて町の外に出た。出たな雑魚モンスター。


「あたしデカいから下敷きにしたら可哀想だしそんなことしたら絶対次の日機嫌悪いしっていうかこの枕いい匂いするなもしかしてこれって夢幻の匂いなのか? すんすんすんはー……すんすんすん」

「キメぇわ!!」


 志音の顔面にコントローラーを叩き付ける。妙な声をあげて、志音は体を起こした。


「いてぇな!」

「あ、さすがにこれは起きるんだ」

「あ!? お前なぁ!」

「そっち寄って寝て」

「なっ……でも、さっき眠くないって」

「キリのいいところまで進んだら寝るに決まってるじゃん。朝まで何時間あると思ってるの? ゆうに20時間はあるよね?」

「そんなにはねぇよ」


 志音はまだ何か言いたそうにしてたけど、結局「寝返り打ったら落ちるぞ」ってくらい端まで寄った後、すぐに寝息を立てた。


 翌朝、”すんすんすんはー”について聞いてみたけど、私が寝ぼけてることにされたので、つま先を思いきり踏んづけてやった。


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