第208話 なお、マト的なリックスとする
頭の上でまきびしちゃんがふよふよと漂っている。私が意識してそうしている訳ではない。操作に慣れ過ぎて、無意識下で適当に遊ばせるようになっているだけだ。
対する志音は自分の左斜め前に板達を集めて、右側に移動させるという意味不明な遊びをしている。反応速度や移動速度を確認しているようだ。
「あんたがバグが仕掛けてきそうって言った意味、やっと分かった」
「いかにもだろ?」
私は志音の言うことを素直に肯定した。ロボみたいなバグや、車のバグだって見たことがあるのだ。磁力を自在に操りそうなバグなんて容易に想像が付く。これまで出会わなかったのが、幸運だと思えるくらいに。
だけど私だって、伊達に半年近くこのアームズと付き合ってきた訳ではない。解決法が全く思い付かないまま無様な姿を晒す気は毛頭ないのだ。
「それじゃ、行くよ」
「おう」
頭上で遊んでいたまきびしのいくつかを勢い良く志音へと向かわせる。思っていた通り、それらは板に吸われて、耳障りな大きな音を立てた。
それじゃ同じことの繰り返しだぞ、なんて言って煽る志音の斜め後ろにまきびしを大きくした状態で具現化させる。磁力を発揮した板に吸い寄せられた私のアームズは、その軌道上にいる志音を捉えかけたが、ギリギリのところで別の板がそれを阻んだ。
「っと! やるな、夢幻!」
「美の化身だからね」
「そっか」
「せめてなんかツッコミなさいよ!」
しかし戦法としては悪くないようだ。板とまきびしで志音を挟むようにして攻撃を仕掛けていく。今のところ全て防がれてしまっているけど、当たるのは時間の問題だろう。
しかも、私が志音に向けて念じなくても、勝手に強力な磁力がルートを決めてくれるのだから、慣れれば普段の攻撃よりも楽な気すらする。
私が見るべきは志音と板の動きだけだ。それ以外のことを考えなくていいなら、この勝負は私が勝ったも同然。
「志音。そういうアームズ、ブーメラン以外に使ったことある?」
「ねーよ。お前じゃあるまいし」
「それ、結構疲れない?」
「……そうだな」
志音はあっさりとそれを認めた。そう、いくつものアームズの挙動を気にかけ続けるって、慣れるまではとんでもなく疲れるのだ。
いくら志音の頭の出来がいいと言っても、さすがにこの点については私に軍配が上がると思う。しかも、私はただまきびしを空間に具現化させるだけ。対する志音は磁力を意識して自分から攻撃を避けて、さらに自分の体もそれに合わせて動かしている。
「だけど、私は手を抜かない」
私はまきびしを呼び出す。頭上から見たら、志音を中心とした円のように見えるだろう。どれか一つでもこいつに当たればいいやっていう作戦だ。下手な鉄砲も数撃ちゃなんとやらって言うけど、私の鉄砲の弾薬に限りは無い。
思い付いたらなんでも試すべきなのだ。例え相手が、相方で恋人で更に私のために慣れないアームズを頑張って操作している女でも。
……ううん、だめ。考えちゃダメ。なんか段々「絶対そこまですべきじゃないでしょ」って気持ちになってきたけど、振り返らないで。自分の過ちを認めたらそこで試合終了だよ。よし。
「いっけー!」
周囲を取り囲んだ私のまきびしちゃん達が志音を捕らえるよりも、板があいつの周りを囲むようにして守る方が早かった。
だけど気にしない。磁力で引かれたまきびしは強烈だろうし、いくら箱みたいに志音を覆っていると言っても、巨大化させたそれが何度もぶつかれば、きっと板同士はズレる。そこが綻びとなるのだ。
「……ん?」
板同士の磁力ってどうなってんの? 反発し合いそうじゃない? 箱を作る時にさ、同じ極がくっつ……あ。
感じていた違和感に気付いたとの、志音が呟いたのは、ほぼ同時だった。
「夢幻、避けろよ?」
「へ………………………ヴン!」
私はトンデモな勢いで飛んできたまきびしを、後ろに倒れてブリッジするようにして、かなりギリギリで避けた。こういう避け方する映画あったよね。すごい昔のやつ。
なんとか危機を脱した私は、尻餅を付いて志音を見つめる。円形闘技場の壁には、ほぼ等間隔でまきびしがめり込んでぱらぱらと音を立てていた。
「……その顔は、気付いてたのか。引き寄せることの他に、弾くことができるって」
「気付いてたっていうほど前もって知っていたワケじゃないけどね」
タッチの差で気付いただけだ。気付いてなかったら、危なかったかもしれない。
志音は本気の顔付きをしていた。有名な凶悪犯罪者が、塀の中でもいくつかの伝説を作ったみたいな、すごい貫禄のある顔をしている。
今の、私のアームズを磁力で飛ばしたのは、防御じゃない。明らかに攻撃だ。しかも、自分のアームズの特殊能力は金属を引き寄せるだけであるかのようなブラフを張った後の。私がこんなこと言わされるの、ちょっと悔しいけど……殺意しか感じない。
そういえば、この間も。弱点克服するときは、本気で来いって言った。これがこの武器で出来る、あいつの本気なんだ。
「……よし」
私は小さく呟いた。あいつのアームズが得意なものじゃないってことが悔しいけど。本気の志音を超えるチャンスだと思おう。
そうと決まれば。決意を胸に改めて志音を睨み付ける。直後、視界の端で何かが光った。陽に照らされた板だ。私は姿勢を低くしてそれを躱す。
「っぶな!」
「言ったろ。あたしは本気だ。本気のヤツは、ただ攻撃を受けたりなんてしねぇ」
「そうこなくっちゃ」
つまり、ホントのホントにガチンコバトルをするんだ。
私は瞬時に頭の中を切り替えて、志音が攻撃してきたことによる状況の変化について考えてみる。板は全部で6枚、私への攻撃に数枚使わせることができれば、向こうの防御が手薄になる。
「いいわ、見せてみなさいよ!」
まずは攻撃の手段を見てみよう。ぐるぐる回転しながらこちらに飛来する板をちらりと見上げて吠えた。
左前方に板。右前方にも板。ひゅるるると音を立てて向かってくるそれを見た私は、咄嗟に嫌な予感がした。すごいした。めっちゃした。
タイミングを合わせて後ろに跳ぶと、想像していた通り、二枚の板が強く引かれ合ってぶつかった。どれほどの強度か確認しようと、私の頭があった位置にまきびしをセットしておいたけど、どうなっているのかは見なくても分かる。
瞬時に理解した、彼は真っ平らになってしまった、と。
「ここまでやる!? 避けてなかったら脳髄グシャー! ってなってたんですけど!?」
「お前の攻撃だって、下手したらあたしに風穴開くだろ」
「それとこれとは話が違うじゃん!」
「そこは同じにしとけよ、あたしが怪我しても再生する生き物みたいだろ」
そうは言っても怖いものは怖い。やってやるぜと意気込んだけど、あの板同士がバン! とぶつかるときの音、近くにあった顔にかかった風、そしてぺちゃんこになったまきびし。ビビらない要素がない。
「じゃあやめるか?」
「……う、う……う」
「う?」
「……うるせー!」
ありったけのまきびしちゃんを使って志音の後方や横を狙う。前から狙わなかったのは、また弾き返されて私に直で飛んでくるのを警戒したから。何回もあんなの避けられるほど、私は自分の運動神経に自信はない。
「本気さに異議はあった、けど、やめたいなんて言ってないでしょうが」
「やめたくなったらいつでも言えよ?」
そんな風に言われたら私は引けなくなるって、多分こいつは分かってて言ってる。
意地の悪いヤツだと思ったけど、それだけ真剣に私の弱点と向き合おうとしてくれてるのかなって気付いた。でもムカつくから意地の悪いヤツだという結論にしておいた。
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